mitei あてにならない | ナノ


▼ 56.side-シキ

side.シキ

何も、本当に全く、全然これっぽっちも気にならないと言ったらになる。
でも以前よりずっと何とも思わなくなってきたのは本当。

そしてそれは確実に、この一見ぽやぽやした彼のおかげである。

バスに乗った時から、いや私服で学園を歩いている時からいつもより視線を感じるなとは思ってた。
バスにいた少数の人も、街に着いてから道案内と称して近づいてきた奴らも、その他大勢も。じろじろと遠慮もなく、探るような、話し掛ける機会を窺うような視線を投げつけてきてた。
ついこの前の自分なら不快で堪らなかっただろう。現在も不快ではあるが。でもそれ以上に、おれの関心を惹きつけてやまないものがすぐ側にある。
そんなものがすぐそばにあるっていうのに、おれに不快感を投げつけてくる有象無象に構っている暇も体力も気力もない。おれの全てはこのぽやぽやした笑顔を守るためにあるからだ。

以前ふたりでショウゴの実家にお邪魔した時は、学園とはまた違った注目のされ方に「芸能人だったのか」と驚かれた。アホすぎておもろかわいい。もしそうだったらまた今とは桁違いな視線を浴びることになるだろう、まっぴらごめんすぎる。めっちゃ嫌だ。でも困惑してるショウゴもあほかわいかったな…。

道に迷った振りをして話し掛けてくる下心で満ちたクソみたいな奴らを、おれらの貴重な時間と空間を邪魔しに来る奴らを、彼は本当に道に迷って困っていると思っているみたいでそれもあほかわいかった。そんでもって今回もそういう輩は後を絶たず、その度に適当にあしらった。無視することもできたけど、そうしなかったのは何故か。何と純粋無垢でおばかわいいおれの恋人くんは、まだそういう奴らが本当に道に迷ってるんだと思っていたからだ。ねぇ聞いて、めっちゃかわいくない?ここまで染まらないバカ…純粋無垢な子いる?いるんですよ、まぁおれの恋人なんですけどね。おれの。

そういう訳で数メートル歩く度に何かしらの邪魔を受けてはいたが、おれは以前ほど気にすることはなくなっていた。世界のほとんどが何も考えてなさそうなぽやぽやした笑顔で満たされたら本当それだけでいっぱいになるし、あとのことはまぁどうでもいいやってなる。なるんだって、マジで。そして彼はそんなことにはきっと微塵も気づいていないので、そこまでがセットであほ愛しい。
気づいたら気づいたでめっちゃ褒める。おれの恋人くんはもっと自分のすごさに気づくべき。

それはさておき「日用品の買い出し」という名目のデートは彼の実家に伺った時とは全然違って、デートって感じのデートだ。語彙力なんて無い。そんなものはこの笑顔に吸い込まれた。

こうもずっと手を繋ぐことに最早何の違和感も抱かなくなったショウゴはやっぱりあほでかわいい。普通のデートでも多分こんなにずっと繋がない。普通のデートなんて知らないが。

だがおれからすれば、この一見ぽやぽやした子はおれのもんだよってアピールになるし、何より世界に繋ぎとめてくれる大事な手だ。無遠慮な視線も下心丸見えの音の羅列も、彼の手とおれの手が中心になってシールドが張られたみたいにまるで届かない。

いつもみたいに出掛ける時に眼鏡を掛けなかったのはショウゴの顔と、一挙手一投足をよく見たかったから。裸眼で視力が良いので、いくら度が入ってないとはいえフレームがある眼鏡はちょっと視界が狭くなるんだ。そしてマスクをしなかったのは、おれの顔もよく見て欲しかったから。もちろんたった一人、彼にである。

おれはきみといるとこんなに楽しいんだと、言葉だけでなくて視覚でも知ってほしいから。彼は普段あほなくせに芯のところで自信が無いので、嫌というほど思い知ればいい。
他の何でもない、誰でもない自分が、つまりはきみ自身がおれにこんなカオをさせてるんだってこと。思い知ればいいんだ、自分のすごさ、尊さを。それに関しては、彼が泣いてもういいって言ってもおれは伝えまくっていく所存だ。いじめたいからじゃない。確かに泣き顔も嫌いじゃないが、いやガチの泣き顔は見たくないが、そうじゃなくて。

これはおれの欲で、ショウゴはもっと自分のことを褒めて褒めて褒めちぎって、せめておれが彼にするのと同じくらいに自分を大事にするということを知ってほしい。その方がおれの心身の健康にも良いと言ったら、ちょっとは聞いてくれるかもな。

そんなことを考えながら片手でクレープをかじっていると横から「あ」と間抜けな声が聞こえた。何か見つけたらしい。

「どしたん?クリーム口についた?取ってやろうか」

「いやついてない。えっ、ついてないよな…?」

「…ううん」

「え、どっち?ていうか顔近いなシキさんやい」

「残念ながらついてないな。そこはべったりつけとけよ…全く」

「ごめんなさい?いや何で怒られてんの?」

「ばかわいー。そんで、どしたん」

「あぁいや、ああいう服、似合いそうかな…って…」

「服?あれか」

ちょっと先を見ると、服が飾ってある店はひとつしか見当たらなかったからすぐに分かった。隣では言ったあとに恥ずかしくなったらしいおれの恋人くんが耳まで赤くなりながら俯いて頷く。はー?勘弁してくれ。ここ外だって分かってる?おれの被ってるキャップでその顔を隠したくなったがあいにく両手とも塞がってるので諦めた。そういうカオ見ていいのはおれだけだってのに、困ったもんだ。

「ごめん忘れて…」

「え、何を?誰に似合うって思ったわけ?」

「えぇと、だから」

「誰のこと想像した?はっ、まさかハニー、このおれがいるというのに…」

「シキだよバカ!分かってるくせに!」

「ごめんごめん、いじめすぎた。おもろかわいくてつい」

「おもろ…?」

「まぁ、おもしろそうだね。これ食べたら次あそこ行こう」

「いいの?シャンプーとかは?」

「そんなのあとあと」

というかそんなものはついでのついでのついでで、何なら帰ってからネットで買えばいいし。
でもこの時間は、きみとのこの時間はネットでもどこでも買えないので、おれは彼の手を引いて笑った。彼と居ると自然に笑顔になることが多いから、表情筋がよく仕事をする。

俺の顔を見たショウゴはまた頬が赤くなって、でも今度は俯かなくて。じっとおれの心の奥まで探るような、見透かそうとするような光を向けてくる。…こういう仕草は多分無意識なんだよなぁ。じいっと本当に奥の奥の、自分さえ知らないところまで知られてしまいそう。いいけど、汚くなきゃいいな。彼の瞳に映っても大丈夫なくらい、綺麗とまではいかなくても。汚くなければいいんだが…自信はない。

じっと見つめ返すと彼も安心したみたいにふっと微笑った。心配してくれてたんだろう。それで本当に大丈夫か、じっと守ってくれてたんだろうな。マジで、どうしようもなくあほで、ばかわいい。
…早く思い知ればいいのに。

「ショウゴくんクレープ食った?ごみ、持っておくから貸して」

「いや、自分で持ってるよ」

「いいからほら、ちゃんと後で捨てるから」

「えぇ」

「格好良いことさせてよ」

ごみ持ったくらいで格好良いとは言えないかもしれないけれど。

「?シキはいつもカッコいいじゃん」

「は?あぁもう、全くこの子は…」

「え、なに、どしたんダーリン」

「無自覚って厄介だよなぁ」

「なにが?」

「別に?服見に行くぞー」

厄介上等。きょとんとしてる彼を引き摺って服屋に入った。丁度いいから全身コーデしてやろうっと。

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