mitei あてにならない | ナノ


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行き交う車、人、ちかちか変わる信号に、人、人、たまに自転車。大都会というほどじゃないんだけどな。普段道路なんかない学園で生活していてたまに街に出ると、やっぱりこの喧騒というのが目新しいものに感じるのは不思議な感覚だな。俺の地元だって、これくらいの規模はあったはずなんだけど。

そして出る感想は。

「やっぱ街は人が多い」

「まぁ学園よりかはね。あと今日は休日だし」

「そっかぁ。あとやっぱり…めっちゃ見られてるなぁ」

主にシキが。
けれど当の本人はというと。

「気にしない気にしない」

気にしないんだ…。シキが気にならないんなら全然いいんだけど、何か変わったな。初めて会った時はもっと、人の視線に敏感だった気がする。けれど今は本当に気にしていないらしい。また何度も道に迷ったらしい人たちに声を掛けられたりしたが、その度にシキは「交番はあっちでーす」と雑なのか丁寧なのか分からない対応をしていた。まぁその辺の人に尋ねるより交番で訊いた方が確実だろうけど。
それにしてもこの街は若い女の子が道に迷いやすいんかな。スマホ持ってるのに。

バスの中でも離されなかった手は最早手汗とか気にすることもなくなって、街中でも当たり前のようにずっと繋がれてる。慣れっこだけど隣を見る度に新鮮な姿が視界に映るので、恥ずかしいのは治まってくんない。シキは何ともないのかな…。

目当てのお店は事前にいくつかリサーチしていたらしく、シキは迷うことなくそこへ向かって…向かって…るのかこれ?ここどこだろ。お洒落なカフェっぽい店とか何屋さんか分からないガラス張りのお店とか並んでて、よく知らないところに迷い込んだみたい。でもどこもきらきらして見えて、色んなところに目移りしてしまう。と、隣のスニーカーがピタッと歩くのを止めた。

「あ」

「ん?」

「ほら、ショウゴくん見てみ」

「あ、クレープだ!美味そう!」

看板から既に美味しそうなクレープ屋さんを見て、それから俺の顔を見たシキがふっと吹き出した。人の顔見て笑うなんて失礼だな…。俺そんな変な顔してた?

「腹減った?」

「割と」

「クレープ好きっしょ?」

「大好き!あれ、言ったことあるっけ」

「だい、すき…」

「聞いてる?ダーリンさん」

「だーりん…」

「先にハニーとか言い出したのそっちじゃん」

繋いでない方の手で口を押さえてぷるぷる震えている彼は多分笑いを堪えてるんだろうな。失礼な。そんなに変なこと言ったかな…。ちょっと心配になる。クレープ屋さんも心配そうにしてるぞ、マイダーリンさんや。

「何にしよっかなぁ。シキはどうする?決めた?」

「うん、和装も洋装もいいけど両方にしようか」

「ん?クレープに和とか洋とかあんの?」

知らんかった。メニュー見てもそんなこと書いてないけど、物知りなんだなぁ。店員さんがめっちゃこっち見てる。今までシキを見つめてきてた人たちとはまたどこか違った、見守る?みたいな…優しい視線に感じた。
目が合うとにっこり微笑まれて、反射的に会釈してしまったらまた微笑まれた。優しい店員さんだな。

「で、結局クレープどれにすんの?シキ」

「ショウゴは決まった?」

「これとこれで悩んでる」

そうして自由な方の手で二つ順番に指を指す。一つは王道の甘い系でホイップクリームがめっちゃ乗ってるやつ、もう一つは生ハムが挟まってるめっちゃ美味そうなご飯系のやつ。両方とも捨てがたい…。

「じゃあおれはこれ」

「あ、いいな」

スッと彼が差したのは俺が気になると言った生ハムのやつだった。俺も同じのにしようかなぁと思ったその時。

「そんでもう一個はこっち頼みなよ。半分こしよ」

こっち、と言って彼がまた差したのは俺が最初に指差した王道の甘いやつ。つまり気になるもの二つとも頼んで、両方分けっこしようってことらしい。でもそれじゃあ、両方俺の好きな味になっちゃうじゃん。シキの好きなもの頼めばいいのに。

そう言うとシキは「こういうのしてみたかったから付き合ってよ」と小首を傾げた。さらりと黒髪が揺れる。こういう甘えたみたいな顔をする彼は中々引かないのを知ってる。そういうシキのがずるいと思う…。

注文で待たせちゃって悪いなと思いふと店員さんを見ると、また微笑まれて…なかった。口を手で押さえてぷるぷる震えている光景はついさっきどこかで見たのと同じ。顔はほとんど見えないけど笑われている気がする。何で?変なやり取りしてた?あ、半分こっていうのが子どもみたいだったのかな…。
心配しているとものすごく小声で「ありがとう…ございます…おせる」とお礼を言われたので、丁寧な店員さんなんだなと思った。でも最後に聞こえた「おせる」って何だ?名前か何かかな。まいっか。腹減ったし。

そうこうして終始にっこり笑顔の店員さんから二つのクレープを受け取ると、俺たちはまた歩き出した。あの店員さんの表情筋が疲れませんように。去り際に「楽しんでくださいね」と言ってくれたあの店員さんからはどこか兄ちゃんやシキと似たような空気を感じたけれど、多分いい人だ。実際シキも兄ちゃんも優しいし。

こういうのも、何かいいな。

「食べ歩きってワクワクすんね、シキ」

「溢すなよ、ここ外だから」

「分かってるよ」

「頬にクリームつけても、さすがに外で舐め取ってはあげられない…。まぁショウゴくんがいいなら別にやぶさかではないっていうか」

「それは普通に拭いてよ…。いや、ていうか自分で拭くよ」

「あ、クリームついてる」

「え、嘘」

「うそ」

「えぇ…」

「騙されてやんの、かわいい」

「そういうシキさんもついてるよ」

「ダウト、ついてないよ」

「残念、取ってあげようと思ったのにな」

「ごめんめっちゃついてたわ、取って」

「手が空いてないから無理」

「ホントだ。じゃあ口で」

「しません」

「ちぇー」

そんなバカップルもやらなさそうなこと絶対嫌だ。外でとか、手を繋ぐだけでもいっぱいいっぱいなのに。

でもまぁ、頬にクリームつけながら楽しそうにしてるシキがかわいく見えるから許してやろう。

ふと何となく振り返ってみると、あの店員さんはまだものすごくにっこり笑顔で俺たちを見守ってくれていた。いい人だなぁ。

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