mitei あてにならない | ナノ


▼ 52.side-the others

近くで見ても毛穴ひとつ見つからない、白磁のような艶やかな肌。
切れ長の瞳を縁取る長くカールした睫毛に、その奥に守られている黒い宝石。
そして瞳と同じような夜闇の色をした、きらきらと天使の輪を纏って風にも簡単に揺らめく絹のような髪。

顔だけではなく、立ち姿も凛々しく美しい彼はその一挙手一投足が品に溢れ、纏うオーラもその辺の奴らとは全く違う清廉なもの。
「美しい」という形容詞は、彼の為に生み出されたのだと…あ、この説明もういいって?すんません。

そこまでではないけどさ、そりゃまぁオレも初めて彼を見た時は「うわ彫刻が動いてる!」くらいの感想を持ったもんだ。そんでその彼は、マジで表情を全然崩さないから本当に彫刻か人形みたいで…。正直ちょっと不気味で、オレは苦手だった。今までは。

このクラスにナナミっち…転校生くんが来るまでは。
やっべぇ、あの彼の前でナナミっちなんて呼ぼうもんなら今までの無表情とはまた全く違った圧のすごい顔で睨みつけられるから、気をつけなければ…!まぁナナミくん本人は結構気に入ってくれてんだけどね、この呼び方。

ナナミっち…くんは転校初日から結構目立ってたなぁ。というか一緒に授業受ける前から結構な噂になってた。そりゃそうだよ、あのヤツガミくんの同室でそれどころか名前呼びを許された彼の友達、そして今では恋人になったという伝説級にすごい人物だ。と、みんな言ってる。
何で恋人ってことまで知ってるかって?そんなの、見てりゃ分かる。寧ろそうなる前から分かってなかったの、多分ナナミっち本人くらいだったわ。

彼らの雰囲気が明らかに変わったことをクラス…いや全校生徒が感じ取った時、オレらの心はほぼ一つになった。「よかったねヤツガミくん…!」と。一部のヤツガミ教の輩を除いてはだろうけど。

ちなみに、ナナミっちの転校初日に彼を泣かせた生徒数名はヤツガミくんからの制裁…もといお説教に加え、柔道部からの一本背負いの刑も受けています。体育の授業で受け身は習ったから、まぁ、うん。あいつらもめちゃめちゃ反省してるしな。ナナミっちとも仲良くしてるよ。元ヤンオーラの監視の元…。ヤツガミくん本当表情豊かになったね。

とまぁ、そんなこんなで今となっては仲良しさをどこでも見せつけてくれる歩く砂糖菓子製造機の二人。彼らの甘さっぷりはオレら同じクラスの間では最早日常のことで、些細なことなら誰も気にしない。あの鉄壁の無表情冷血ヤンキーともっぱらの噂だった彼がハムスターでも撫でてんのかっていうくらい柔らかで穏やかな笑みを見せてたって、今日も仲良いな…とほっこりするくらいだ。今更驚きやしない。たまに教室の外から「きゃああぁっ」とどっから出てんのか分からんような黄色い歓声が上がるくらいだ。声帯どうなってんだ。ちなみにヤツガミくんはハムスター撫でるよりナナミっち撫でる方がいい顔すると思う。ごめんハムスター。

とにかくまぁ、二人の邪魔をしないでほしいというのが、オレたちクラスメイトズの総意だろう。聞いたことはないが多分そう。絶対そう。

大体、授業と授業の合間のちょっとした休み時間にヤツガミくんがナナミっちの髪を撫でただけでそんな反応してたらキリがないぜ。ちなみに写真は普通に当人たちの許可が下りてないものはもちろん却下だ。
スマホを構えているギャラリーは少なからず未だに一定数いる。授業中以外はね。そんでいつも何気に、クラスメイトの誰かがわざと廊下側の窓際に立ったりドアの側に立ったりして勝手に撮ろうとしてくる奴らを妨害している。こういう時、ラグビー部のやつはガタイがよくて重宝されるんだよなぁ。

「いつも悪いな」って労ったら、彼らは無言で、しかし爽やかな笑顔で親指を上げて頷くのだ。かっけぇぜ。サンキュー、マイメン!君らの活躍もあって、今日も二人の空間は平和そのものだよ!まぁここ男子校だから運動部の奴らなんか特にガタイいいんだけどな!

それにしても、いやぁ眩しい。青春だね。オレも恋人ほしー。
ナナミっちみたいな、ほんわかした雰囲気で優しいぽやぽやした子って癒されるんだろうなぁって思う。初日にヤツガミくんの噂に怒ってたのも正直カッコいいなこいつって思ったし、あんな人が傍にいたらそりゃあ好きになる…かもしれないよな。オレだって惚れそうになったよ。

けどそんなことは言わないし、間違っても言ってはいけない。オレはナナミっちのことをかなり良い友達と思ってはいるがそれ以上の感情は断じてなく、恋愛対象ではない。とはいえ欠片でも、ほんのちょっとでも口を滑らそうもんならどうなるか、考えるまでもなく分かる。ぽやぽやした空気のすぐ後ろにはいつも恐ろしいセコ◯が控えているのだから…。

今まであの元彫刻くんは誰にも何にも関心がないのかと思ってたけど、違ったんだな。極振りしてただけだわ。極端すぎるわ。

今では、顔に全部書いてますよってくらい考えることが分かるようになっててめちゃくちゃおもしろ…興味深い。

例えば授業中、ナナミっちが先生に言われて答えを書く時。それが合ってるのか間違ってるのかはヤツガミくんの顔を見れば一発で分かるのだ。

間違ってる回答の時。
あ、これは別に全然怒ってないけど、部屋に帰ったらこの辺を重点的に教えてやろうって顔だな、とか。
具体的すぎるって思われるだろうがマジでそう書いてんだもんな。おもしろすぎる。

そんで正解の時。
シンプルに誇らしげ。自分が正解したってそんなに自慢気にしないどころか無表情のくせに、この差だ。こんなののどこが彫刻だよ…。ちなみにナナミっちはそんなヤツガミくんのおもろい部分に多分全然気づいてないと思う。

ナナミっちのそういう鈍感なところに彼も救われたことが多いんだろうなとは思うけど、たまぁにさ、たまにね、ちょっともったいないなぁとは思う時もあるよね。

こういう元彫刻鉄壁無表情ヤンキーことヤツガミくんの表情を崩してるのはお前だけなんだぞーって、声高に叫んでやりたくなることもまぁ、なくはない。

そういうことをすると世間では馬に蹴られるとか言うらしいので、控えてるけどさ。でもオレ以外のクラスメイトも同じようなこと考えると思うぜ。自信ないな。後で誰かに訊いてみるか。

んん?おや。おやおや。

「ショウゴ、帰ろう」

「あ、俺今日掃除当番なんだった」

「おれもやる」

「いいって、先帰ってて」

「………やだ」

「あぁ、うん、えと…。早く終わらせるよう頑張るから、待ってて…くれると…」

「うん、待ってる」

ふわりと微笑った、その眩しい笑顔はたった一点しか見ていない。しかし外野がうるっせぇ。
放課後になってちらほら増えてきたギャラリーがそんな国宝級にレアすぎる彼の笑顔をカメラに収めようとするがそうはさせねぇ、主にラグビー部がな!

さっきの、シュンとして声は小さく、けれど断固として先に帰ろうとしないヤツガミくんを見てナナミっちが折れた。ヤツガミくんの後ろにはまるで犬の尻尾が見えそうだったな…。
ナナミっちは元々人が好すぎるくらい好いらしいが、彼のこの顔には特別弱いらしい。

おぉっし。これはオレたちの出番だぜ。
何も言わずとも視線を合わせこくりと頷いた数名は本日の他の掃除当番たち。任せろ、全速力で終わらせてやる。ラグビー部も部活始まっちゃうしな!!

一緒に帰りたいという二人のやり取りは、そこだけ切り取るとまるでただの一時も離れたくないバカップルだ。でもヤツガミくんの真意は何となく分かっている。彼はナナミっちを今でも、片時たりとも一人にしたくはないのだ。
何故かってそんなの、危ない目に合わせないために。まだそこかしこに残る厄介な崇拝者から、或いはそれ以外の同担拒否過激派どもからナナミっちを守るためだろう。

もうほとんどそういったことはなくなったように思うが気を付けるに越したことはない。もちろん我がクラス一同は彼らの味方だが、この学園の全員が全員そうとは限らないのだ。

それが分かっているヤツガミくんは今でも笑顔の下で周囲を警戒しているように思う。
特に体育が別クラスと合同の時とか、移動教室の時とか、他にも外に出る時は大体空気が普段の三割増しでピリついてる。って人間観察が趣味だという友人が言ってたので間違いないと思う。ちなみにそいつも同じクラスのマイメンだ。

いつもそんなんじゃ疲れるだろうな。だからせめて二人だけの空間ではゆっくりリラックスしててほしい。そしてあわよくば、本当にあわよくばこのクラスの中でも、部屋にいる時と同じとまではいかなくてもリラックスしてくれてたらいいなと思う。それがオレらクラスメイトズの総意だ。アンケート取ったことはないけどね。今度アンケート取ってみるか。気が向いたら。

そんなことを考えつつ、よし、そろそろ掃除も終わるぜ!と振り返ったら…。見慣れたはずなのに見慣れない美貌がすぐ近くに来ていた。おぅっふと思わず奇声を発しなかったオレは褒められるべき。
そしていつもはただ一人しか見ていない、と思っていた瞳がオレを見て小さくぽそりと呟いた。本当に小さく。

「いつもありがとう」と。

そのまま硬直していると話題の二人はいつも通り仲睦まじく帰っていって、その傍らでは箒を持ったまま動かないオレを心配して掃除当番だった奴らが集まってきてくれた。

…まさか、本人から直接感謝されるなんて。
気づいてたのか。オレらのあれこれ。全部頼まれたわけでもないのに勝手にやってただけの、あれやこれ。やだ泣きそう。

「大丈夫か?」

「ヤツガミくんなんて?」

「読唇術によると、いつもありがとうだって」

「へぇえ!マジで!?」

待ってこのクラス読唇術使える奴いる!?
今発言したの誰!気になるなぁ!!さっきの驚き上回らないでくれ頼むから!!!

いやまぁそれはいい、後で考える。
ふうと息を吐いて、教室の窓から二人の姿を見つめた。

あのヤツガミシキくんが、感謝してくれた。ナナミっち以外のモブに。いや、友達とまではいかなくてもいい。少なくともクラスメイトだ。
彼の瞳には、彼の世界にはただ一人しか居ないのだと思っていた。でもどうやらそれは違ったらしいのだ。オレたちも、みんな居たみたいだとさっきので分かっちゃった。それがこんなに嬉しいなんて。別にヤツガミくんとそれほど直接話したこともないのに。

そして彼をそうしたのは、彼の世界を広げたのは間違いなく隣で笑ってるナナミっちだ。
それなのに彼は多分、自分がしたことのすごさを分かってないんだろうな。もったいね。

でもいいよ。オレらが代わりに分かってるから。ちゃんと見てるからさ。

だからこれからも勝手に、二人の空間を見守ろうと思う。これも担任含めクラスの総意だ。多分。
やっぱアンケート取ろう。

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