mitei あてにならない | ナノ


▼ 50.side-シキ

side.シキ

「本当にもう帰っちゃうのシキくん?本当に?もういっそここに住まない?」

「めちゃくちゃ魅力的な提案ですね…」

「いやいや何真剣に悩んでんのシキ。こっからじゃ通学大変だよ?俺朝弱いのに…」

「あぁゴメン、本当に一瞬想像しちゃって」

こんな賑やかで温かい家庭での生活、いいなぁなんて。そこに彼が居て、おれが居ることも赦されるならどれだけいいだろう。
どれだけ心地好いだろう、なんて。

とは言え彼と二人きりのあの部屋もとてもかなりすごく気に入っているので、おれにはとても選べないし、そもそもお義母さまの提案を本気にした訳じゃない。

この家は確かに彼のように温かでフレンドリーだけど、それでもおれはまだまだ「他人」なのだから。それくらい分かっているつもりだ。
だからそんな睨んでくるなブラコン変態兄貴。

「シキくん、君が帰るのは良いとしてショウゴも連れてくの?何で?傲慢すぎん?」

「連れてくっていうか…俺たちルームメイトだよ兄ちゃん」

「運命共同体ですし」

「なぁ俺もやっぱ着いていっていい?ショウゴだけじゃあすごい心配」

「おれが居ますってば」

「それが心配なんだよ」

何を言ってもどんだけ経っても駄々を捏ねるんだろうなぁこのブラコンさんは。
まぁでも、実際に会う前よりこの人のことが分かって良かったかもしれない。対処法とか今後練りやすいし。だってこれからも絶対邪魔してくんじゃん。

「兄ちゃんはいつまで日本いるの?」

「んんー。来週…」

いつまでもおれを睨みつけていた兄に向かって、ショウゴが無邪気に訊いた。
そういやこの人海外から帰ってきてたんだった。そんでまたアメリカに帰るのか。
またねおにーさん。何だかんだ言って優しいところもあるショウゴのお兄さん。また幼少期の彼の写真くださいね。

「来週。そっかぁ」

「寂しいよな!毎晩電話しようね!言ってくれれば兄ちゃんいつでも飛んでくからね」

「毎晩は迷惑ですよお義兄さん」

「お前ホント言うようになったな…。調子乗ってたらマジで邪魔しに行くから」

「はは、お菓子用意して待ってますね」

「クッソ腹の立つ…。ショウゴはホントこれのどこがいいの」

「えと、いっぱいあるけど…。や、優しいとこ、とか?」

「お兄ちゃん心配」

「あはは、おれが居ますって」

「嬉しそうにすんな!ちょっとマジでホント表出ろてめぇ」

「ここ玄関ですよ」

「クッソ!!!」

「あははっ」

本当に楽しい。
おれの笑い声にショウゴがふと驚いたように顔を上げて、視線が重なった。そんなに珍しかったのだろうか。彼を見るとふわりと自然に漏れる笑みとはまた違ったもの。声を上げて笑うおれの姿なんて何度も見てるだろうに、どうして驚いたような顔をしてるんだろう。そんな表情もかわいいな。

「シキ本当、楽しそうで良かった」

「うん。楽しい。また来たい」

「来んな」

「いつでも来てねシキくん!今度シキくんの料理も教えて!」

「またドライブ付き合ってくれシキくん」

「喜んで。お義母さん、レシピありがとうございました。お義父さん、また聖地巡礼連れてってくださいね」

「もちろんだよ」

ショウゴの部屋を堪能した後、おれはしっかりお義父さんの車に乗せてもらって彼が育った場所の聖地巡礼という目的も果たしていた。それもありがたいことにお義父さんの解説付きで。

ショウゴが初めて自転車に乗れた公園、週末によく行くスーパーに、よく撫でさせてくれる近所の犬のところまで。

もちろんいくら見ても見飽きることはないので、できるならまた色々と案内してもらいたいものである。

「せいち…?もしかして俺の中学とかのこと…?あれが聖地巡礼、だったん…?」

「ショウゴくん大正解。また語彙が増えたね」

車の中、おれの隣でひたすらに恥ずかしがるショウゴもかわいかったな。堪らん。
ありがとう大地。ありがとう彼の地元。

よしよしと頭を撫でると、鋭い視線ががっつりおれを捉えた。いやまぁほぼずっと睨まれてたのは知ってんだけどね。目、疲れますよお義兄さん。

「またおれも連れてきてね」

「もちろん!」

離れがたい、彼の生まれ育った家。場所。空気。おれで汚してしまわないように、だけどおれも少しでも馴染めますように。
矛盾した想いを抱えて、隣にあった手を握った。当たり前みたいにきゅっと握り返されたそれを離さないように、痛くないくらいに力を込めた。

目元はお義母さん似、雰囲気や穏やかさはお義父さん似、似てはいないかもしれないけど、根が優しいところは兄弟で同じ。

こんな場所が存在することを想像したことはあっても、あまり経験してきたことのなかったおれには全てが眩しく、怖かった。
嘘だよって、実は全部偽りだよって言われたら、誰にかなんて分からないけど、そんな風に突き付けられたらどうしようだなんて思うくらいには、非現実的な日常で。

彼がこんな風に育った理由がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ分かった気がした。

それからおれも、ちゃんと向き合おうと思えたよ。きみのおかげで。きみと、きみの大切なもののおかげだよ。

気づかない、甘えただけの奴にはなりたくないから。怖くてもおれもちゃんと向き合おうと思うよ。この手を離さない限り、きっと大丈夫だから。

「シキ」

「うん」

「帰ろう。もういっこの家にさ」

「…うん」

たくさんの優しい言葉と温かい視線と、無視したけどほんのちょっとお義兄さんの後ろで聞こえた金属音と。

深く深くお辞儀しながら、この場の全てに感謝した。メリケンサック以外。

帰りの電車では彼はすっかり疲れたようでまた眠ってしまっていて、おれの肩に凭れかかってすうすうと寝息を立てていた。
繋いでいない方の手で前髪を梳いて、覗いたおでこに唇を落とす。陽が傾いて夜が近づく車内にはほとんど人がいなかったけれど、彼が知ったらきっと恥ずかしがって怒られるだろうなと微笑んだ。

手はずっと、繋いだまんま。
ずっと。ずうっと。

きっと部屋に着いても、すぐには離せないだろう。

同室になってからこんなに離れがたく、怖いくらい大事な存在になるなんて思ってなかったよ。

「ほうらね」って、理事長室で笑うムカつく顔が浮かんだ気がしたがすぐに掻き消した。気のせいだな。

ねぇショウゴ。

「おれを連れてってくれて、ありがとうね」

彼の頭にこつんと頭を乗せながら呟くと、寝ているはずなのにきゅっとまた手に力が込められた気がした。

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