シキとともに実家へ帰省したその翌日。
昨日は騒ぎすぎて疲れ、シキには申し訳なく思いつつも先に眠ってしまった…。もしかしたら慣れない場所で彼の方が疲れていたかもしれないのに、本当に申し訳ない。
それにしてもあのプロポ…ごほん、みたいな発言にはびっくりしたが、それがきっかけで彼がみんなに歓迎されたみたいで嬉しいな。
一晩経った今でもかなり恥ずかしいけど。
…いや、思い出すほど顔が熱い。
彼は冗談であんなことを言うとは思えないから、俺は結構、いやかなり、彼に好いてもらえてるんじゃないかとか…今更実感する。恥ずかしい…。
やっぱりアレってほぼ…。や、やめよう!
朝っぱらからこんなだらしない顔してたら何考えてんだって思われてしまう。
昨日の彼の言葉や真剣な表情を思い出しては何度もにやけたり熱くなったりしてしまうだらしない顔を、冷たい水で洗って何とか平静を装う。
そうしてリビングへの扉を開けると、予想外の光景が広がっていた。
「「おはよう、ショウゴ」」
「お、はよう…?」
シキと、兄ちゃんが…。
ソファーで二人してスマホを弄っていた。向き合って何か話してたみたいだし、連絡先の交換でもしていたのだろうか。朝から?
俺が来たのに気づくと同時に、二人して俺の方を見るからまたびっくりしてしまった。
タイミングぴったりだな…。
「寝癖ついてるよ、朝からかわいい」
「朝から口説くな。ショウゴ、兄ちゃんが直してやるからな」
「いや自分でやります…。ていうか二人とも、何してたの?」
「お義兄さんに学園生活の話をしてたよ。あと色々」
「お義兄さん言うな。まぁ、お前の話を聞いてた。あと色々」
「いろいろ」
「「色々」」
色々ってのが何か分かんないけど、まさか二人がこんなに打ち解けるとは。
ここに来るまで正直そこまで仲良くなってくれるなんて思っていなかったから純粋に嬉しい。
また顔がにやけてしまいそう。やべ。
何とか表情筋に力を入れ、それでもやっぱり上がりそうになる口角をむにむに手で押さえているとカシャッと音がした。多分兄ちゃんだと思うから気にしない。
でも反射的にまたうちのソファーに座っているラフな姿の彼を見ると…何だろ、見慣れてる姿なはずなのに変な感じだな。
シキがうちにいるって変な感じ…。
何かこう、胸の辺りがそわそわするっていうか、落ち着くけど落ち着かないっていうか…とにかくおかしな、でも嫌じゃない、そんな感じ。やっぱ恥ずかしいかも…?
俺がじいっと見ていると、シキが「ん?」と小首を傾げて微笑んだ。ま、眩しいー。
隣で兄ちゃんも同じ仕草をしてた気がするが、正直ピントはシキにしか合っていなかったのでぼやけて見てなかった。まぁいいや。
どこにいても何を着てても様になるなぁ。
さすがシキ。昨日の発言のせいもあってか見惚れてしまう…。
そんな俺とシキの間に入って視界に映り込もうとする兄ちゃんゴメン、ちょっと邪魔。
「ショウゴおいで。隣座ろ」
「うん」
彼に呼ばれてソファーへと向かう。あれ、でも兄ちゃんが座っているので俺のスペースはないはずだ。どうすんだろ。
「場所ないだろ?お兄ちゃんの膝の上に座れ」
「いやそれはちょっと…」
「お義兄さん、そろそろスマホの充電が切れるんじゃないですか?ご自分の部屋で充電されてきては?」
「お義兄さん言うな。退けってか、俺に退けってかお前」
「ショウゴに立ってろって言うおつもりですか?」
「だから俺の膝に…!」
「ちょっと待って待って二人とも、ケンカだめ!仲良くなったんじゃないの?」
「「ケンカだめって言うショウゴかわいー」」
え、結局どっち?二人ともスマホ構えてくるのも何なの。
ていうか息ピッタリすぎん?ケンカしてるけど仲良いってこと?それくらい仲良くなれたってこと?そんならまぁいいけど…。盗撮はやめて欲しいけど。
困惑してると、兄ちゃんの方が徐に立ち上がった。シキの隣が空いたので、ちょいちょいと手招きされるまま俺はそこに座った。
さんきゅー兄ちゃん。
「ま、しょうがないからここは俺が退いてやる。一瞬部屋に戻るけどお兄ちゃんすぐ戻ってくるから!イチャつくんじゃないぞ!ここリビングだし!」
「リビングじゃなきゃいいんですか?」
「また殴ってやろうかクソガキ…」
「ん?シキ何で耳塞ぐん?兄ちゃん何て?」
「ゆっくりしてってねーだってさ」
そっか。
「イチャつくんじゃないぞ」のあとくらいから何故かシキに耳を塞がれてしまったので兄ちゃんの言葉は全部は聞き取れなかったけど、多分違うこと言ってた気がする。
何話してたんだろ。というか一日も経ってないのに、やっぱりこの二人は馬が合うのかなぁ。
とにかく仲良くなってくれたみたいで良かったな。
でもちょっと…ほんのちょっとだけ。
「おれがお義兄さんと仲良しになってうれし?」
「うん!もちろん」
「そ。ならよかった」
「うん。兄ちゃんちょっと過保護なところあるし昨日もちょっと態度がアレなところあったから心配してたんだけど、二人が仲良いともちろん嬉しいよ。だって家族だもん」
「そう」
「けど、ちょっと…」
「ちょっと?」
こんなこと言うと面倒くさいとか思われちゃうだろうか。それはやだな。でも思っちゃったしな。何より、この何もかもを見透かすようにじいっと見つめてくる眼差しを誤魔化せる気がしない。言葉ではそんなに催促されないけど、言うまで静かに待っててくれるこの感じも気恥ずかしくて堪らないし。
「あの…引かない?」
「引かない。多分喜ぶ」
「え、よろこ…?」
「なんでもない。ちょっと、何?」
「えと、あの、あのさ。ちょっと、ちょっとだけ、その…。しっと?しちゃった…かも」
「…おれが、お義兄さんと仲良くしてたから?」
「う、うん…」
「どっちに?」
「え?どっち?」
割と頑張って言ったのに、意地悪にも投げ返された質問にきょとんとしてしまった。そんな風に返されるなんて考えてなかった。
見れば彼は朝陽の中でうっそりと微笑っている。無意識に視線が、桜みたいな唇へ向かう。
「おれに?それとも、お義兄さんに?お義兄さんが取られちゃったみたいで嫌だった、とか?」
「そっちじゃなくて!というかもしかしてシキ」
「んー?どっちに妬いちゃったの?ねぇ?」
「ぜ、絶対分かってるくせに…!」
「分かんないなぁー」
「いじわる…!」
「「いじわるって言うショウゴかわいー」」
何か二重に聞こえた。と思ったら扉のすぐ側に兄ちゃんがにやけながら立っていた。
「あ、兄ちゃん」
「チッ、早ぇな」
「あ、今舌打ちしたか?この俺に?ん?」
「まさかぁ。そんなわけないじゃないすか」
「いいやしたね!絶対したっ!ショウゴも聞こえたよな!なっ!!」
「兄ちゃん朝から元気だね。お隣さんに迷惑だよ」
「だよねー」
「気安くうちの弟の頭を撫でるなヘンタイ野郎!」
兄ちゃんが騒ぎ、シキが微笑みながら俺の頭を撫で、気づくと両親もリビングへと降りてきていた。
「あらあら」
「おやまぁ、これはまた」
「「賑やかな朝だねぇ」」
みんなでおはようと挨拶を交わす。
本当に、こんなに賑やかな朝は久しぶりだ。
兄ちゃんの言う通りシキの舌打ちは聞こえていたけど、そんなこと別に大したことじゃないから聞こえなかったことにした。
微笑みながら俺の頭を撫で続ける彼の表情も、心なしかいつもよりそわそわと楽しそうな、嬉しそうな顔をしていたから。
そうならいいな、なんて俺が勝手に思ったせいなのかもしんないけど、彼が嬉しそうなら何でもいいやと。そんな風に思える朝だった。
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