mitei あてにならない | ナノ


▼ 47.side-シキ

side.シキ

夜、ナナミ家の皆さんが寝静まったであろう時間になってもおれは寝つくことができなかった。

あれからまるで宴のようになってしまった一家はクリスマスと正月と誕生日が一斉に来たかのようなご馳走を並べ、あれこれと学園生活での話をし、ショウゴの幼少時代の貴重なエピソードをたくさん聞いたりして有意義な時間を過ごした。
風呂は一番に入れてもらったし、服は一応、万が一のためと持ってきていた自分のものがある。何も不便はなかったしショウゴも終始楽しそうだったのが何よりだ。

ただ、彼の部屋に行くことはまだ叶っていないのだけれど。
酔い潰れてしまったお義父さんとそれを介抱するお義母さんの代わりにと、おれを客室へ案内するお義兄さんの監視が未だ強かったのだ。
久々の帰省と宴で騒ぎ疲れてしまったらしいショウゴはおれに何度も謝ってから先に自分の部屋で休んでいる。別におれに今更気兼ねしなくていいのに。

まだ何かあるんだろうな…。おれは用意された客室に寝転びながら、天井を見つめぼうっと考えていた。
ベッドじゃない、直に床に布団を敷いて寝る感覚。自分の実家でもずっとベッドだったから非常に新鮮である。

けれど眠れないのは別にそのせいじゃない。

…喉、渇いたかも。

ほんのちょっと迷った末、おれは暗闇となったリビングに降りていった。
もうその角を曲がればリビングというところで、久しぶりの感覚がして足を止める。

途端、ビュッとすきま風とは思えない鋭さの風が頬を通り過ぎていった。何が起きたのか、悲しいかなおれの積み重ねてきた勘はすぐに悟る。
攻撃されたんだ。しかも暗闇から、おれが来るのを恐らく見計らって。

誰なのか、何故そんなことをとかはもうとっくに分かっていた。けれど一番に思ったのは、もしここを通ろうとしたのがおれではなくショウゴやご両親だったらどうするつもりだったんだということだ。
そう思うとちょっと怒りが湧き起こるが、それを表に出してはいけない。きっと逆撫でするだけだろうから。

おれが立ち止まったままでいると、おれを殴ろうとした人影がリビングからひょこっと姿を現した。あぁ、やっぱりなぁ。
おれが来ること、分かってたんだ。

「なんであいつなの」

「おにいさ、」

「俺は、お前の、兄じゃない」

「…なら、リュウさ、」

「気安く呼ぶな」

「はぁ…」

なら、どう呼べと。なんて思うが今はおれが何を言っても駄目な気がして口を噤んだ。
まぁあれだけ可愛がっている弟が突然見も知らない奴を連れて来て、挙句そいつが求婚じみたことをしたらお兄さんだってブチ切れるだろうなぁ。
流れとはいえ、一回電話越しにケンカ売っちゃったこともあるし。

おれはひとりっ子だから兄弟愛とかはよく分からないが、この人の弟愛はちょっと度が過ぎていることは分かる。
分かるとはいえ、完全にこの人の考えが理解できるという訳ではないので何かおかしなことを言う訳にはいかない。

もしかしたら、理性では状況を理解できていたのだとしても感情が追いついていないだけなのかもしれない。
さっきの行動だって。いや知らんけど。
制御しろよ。おれが言えたことではないけどさ。

昼間のアレで完全に許されたのかと、一瞬は思った。正直ね。だがその後のこの人の表情を見ていると何かあんな、とは思ってた。

実際殴られかけてから、まぁそうなるわな…というのが半分、ショウゴに知られたら多分悲しませてしまうから、知られたくないというのが半分くらい。

「答えろよ。なんであいつなの」

「好きになったので」

ここでおれにできるのはきっと…ただ正直でいること。で、合ってるかなぁ。
暗闇でも、おれを品定めするような眼光が鋭く光っているのが分かる。ホントどこまでもブラコン…いや、これは言わないでおこう。
正直に誠実に、だけど余計なことは言わないように…しても多分伝わっちゃってるかな。

「だから、よりにもよってなんであいつを好きになったんだ。いや好きになるのは分かるが」

「出逢ってしまったので」

「出逢わなければよかったのか」

「まさか。出逢えてよかったですし、もし逢えなかったのなら未来からでも探しにいきます」

考えたくもないけどな。だけど絶対、彼という存在を知ってしまったおれならば、彼のいない世界線でも絶対に探しに行くと思う。

「来るな」

「貴方を探すわけじゃない」

「俺はあいつの兄だぞ。どのみち俺が傍に居る」

「その役目は、俺が繋ぎます」

「頼んでない」

「頼まれなくとも」

「お前、嫌いだ」

「おれは、貴方にも好かれたいです」

「絶対むり」

「今はそうでも」

いつかは。絶対。
今までなら他人なんてどうでもよかったし、自分から誰かに関心を抱くこともなければ他者から関心を抱かれるのもうんざりだった。
一時期は…というかぶっちゃけこの家に来るまでは、ショウゴにさえ好かれていればいいと思っていた。何ならおれだけを愛していて欲しいとも。

でもちょっと変わった。おれはたくさん愛されたい。彼にも、彼の愛するひと達にも全員。そうしないとショウゴがきっと悲しんだり申し訳なく思ったりしてしまうだろうし、何よりもっともっと彼の世界を知りたい。
そう思うおれはかなり強欲なんだと、どうしようもなく我が儘なのかもしれないとここへ来て実感した。

けれどそれが悪いとか、申し訳ないことだとは微塵も思わない。おれは愛されたいし、愛していたい。出来れば、じゃなくて。出来る限り。
それが押し付けにならないように。けれど望まずにはいられない。
彼の世界に、その中心におれがいたい。他の誰でもなく、おれが。その資格があるのだと実感したいのだ。

彼のためなんかでは一ミリもなく、おれはどこまでも自分本位だ。

この人はそれを見抜いていたのかもしれない。だからこうして真剣な眼差しでおれを逃がすまいとしているのだろうか。
家族の前で打ち解けた風に振る舞う辺り、この人もショウゴの気持ちを考えていたんだろうな。さすが、だてにブラコンじゃないや。

「というか殴られろよ、一発くらい」

「つい反射で。今から殴りますか」

「いい。何かそういうのは腹立つから」

「それがいいと思いますよ」

「どこまでもムカつくなお前…」

「どうも」

「チッ」

別に本当に殴られたって構わないし、何なら絶対そう来るだろうなって思ってた。
さっきは身体が反応して咄嗟に避けてしまったが、よくよく考えれば殴られるのが得策とは思えない。
だって痕がついたら確実に心配させてしまうし、余計な考え事をさせてしまう。それはおれもこの人も、望んでいないだろうから。

「というかやけにケンカ慣れしてんのな。あの学園は不良校じゃないはずだが」

「色々ありまして」

「ほおん。そんでショウゴに会って改心しましたってか」

「まぁそんなところです。完全に変われた訳ではありませんが」

「当たり前だバァカ。んな簡単に変われるか」

「その通りですね」

本当に。その通り過ぎて胸に刺さる言葉だ。おれは、変われていない。さっきだっていかにおれが自分のことしか考えられていないか実感したところだっていうのに。
俯いたおれの腕を、ショウゴ兄が掴んだ。ソファーのところまで引っ張って座らせ、自分は台所に行って何かカチャカチャやっている。
と思ったらすぐに戻ってきて、グラスに入った水をおれに差し出した。向かいに、ショウゴ兄も座る。手に持っているのが酒なのか水なのか、薄暗がりではよく分からなかった。
でも匂いがしないので、きっと水なのだと思う。
飲み明かすだなんて言ってた癖にな。

「………さっきは、悪かったな」

「えっ」

「急に殴ろうとしてさ。試そうとしたりガン飛ばしたりして。居心地悪かったろ。わざとだけど」

「はぁ」

「あと、さっきの続き」

「はい?」

「そんな簡単に変われないよ。俺もお前も、ショウゴだって。けど」

「けど…?」

「変わりたいって、あいつの隣に居ても恥ずかしくない自分になりたいって。思えたんなら、まぁ…だいじょーぶなんじゃない」

「いいんですか…おれが隣に居ても。変わりたいって、望んでも」

「無理。とか言っても絶対諦めないんだろ。お前どうせ執着粘着策略系一途なんだろうし」

「しゅうちゃ…なんて?」

「知らんでいい」

そういや喉渇いてたんだった。飲み込んだ水はやけに冷たくて、気持ち良い。その水のせいか、それとも執着粘着急襲系不器用ブラコンの下手な慰めのせいか、さっき胸に刺さった棘みたいな言葉は柔らかく溶けていった気がした。
似てるんだか似てないんだか。優しいんだかそうでもないんだか。
よく分からない。けれど黙っている時の空気感は何となく、彼のそれに似ている気もした。気がしただけで、同じでは決してないが。

「おにい…リュウさん。おれ、頑張りますね」

「無駄な努力乙」

「いや、無駄にはならないので。絶対に貴方にも好いてもらえるように努力します」

「ふうん…。じゃあ俺も頑張るよ。お前があいつを諦めるように」

「それこそ無駄な努力っすね」

「段々素が出てくるよなお前」

「そうですかね」

「おう。猫被ってるよりかはマシじゃね。嫌いだけど」

「どうも。おれも正直貴方のことはまだ好きじゃないですけど」

「正直に言やいいってもんじゃないぜ若造よ」

「でも嘘吐きよりいいでしょ。お義兄さん的には」

「お義兄さん言うなクソガキ」

「まだ駄目か…」

「何でイケると思ったん」

「兄弟揃って流されやすかったらワンチャンあるかなって」

「てめぇもっかい立て。今度こそ殴る」

「はははっ。嫌です」

「腹の立つ…。ショウゴはこれのどこがいいんだか」

「それはおれもまだ不思議です」

「正直過ぎ。せめてもうちょい自信満々で傲岸不遜な態度見せてみろよな」

でかいでかい溜め息を吐いてから、お義兄さんはおれの分のグラスまで台所に持っていって一緒に洗ってくれた。
本当に似てるんだか似てないんだか分からない兄弟である。
まぁ確かにまだ好きとまではいかないけど、この人。何かと邪魔してくるし。

でもまぁ、嫌いじゃないなと思うのも確かで、ふと合った視線でこの人もそうなんじゃないのかななんて感じた。
そう、思ってくれているのならいいなぁと思った。知らんけどね。

「ちなみにショウゴの部屋には」

「入らせるワケないだろ」

「チッ。やっぱわざとか」

「素を出せばいいってもんでもないぞ、クソガキが」

「さーせん」

自分だって何回も舌打ちしてた癖にな。
まぁいっか。おれの性格、どうせバレてるみたいだし。

「あーあ、制服姿のショウゴの写真たくさんあるのになぁ」

「買収すりゃいいってもんでもないが…見せろ」

「学園入る前の彼の写真動画くれるなら」

「やっぱお前すげー嫌い」

「どうも」

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