mitei あてにならない | ナノ


▼ 45.side-シキ

side.シキ

ショウゴの生まれ育った地を窓の外に見ながら、彼の実家へはあっという間に着いてしまった。
もちろんこの場所こそ待望の聖地の原点ではあるが、周りももうちょっとゆっくり見ていたかった気もする。

ショウゴのお父さんの説明と、恥ずかしいのかそれを止めようとするショウゴも可愛かったし。
こういうツアーをあと三時間くらいやってくれてもいい。聖地巡礼ツアーみたいな。
一体いくら払えばいいんだろう…。お義父さん、いくらですか。

心の中でしか訊けないおれは遂に辿り着いたこの地に結構緊張しているのかもしれなかった。
見た目は普通に普通の家。似たような形の家がたくさん並ぶ中にある、小ぢんまりとした一軒家だ。外には庭というより車が一台止められるスペースが玄関扉のすぐ横にあるくらい。
その端っこ、恐らく普段なら車に隠れて見えないだろう場所に数台の自転車があった。一、二、三…四台か。ということは、あの中のどれかがショウゴの乗っている自転車なんだろう。
お義父さん、いくらですか。

まぁ冗談はさておき、そういうごく普通な光景がおれにはとても眩しく、愛おしいものに映った。
別に寂しい幼少期を過ごしたとかではないけれどおれの家とはやっぱり全然違うし、あらゆるものの距離が遠すぎなくて、何というか…心地好い。

玄関だけでこれなんだもんな。家の中とかショウゴの部屋とか入っちゃったら真顔保てんのかなおれ。
色々と大丈夫だろうか…と自分の身の心配をしていると、中からおれたちの姿が見えたのか、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

もしやあのお義兄さんが…?と思ったのも一瞬で、扉から顔を出したのは短い黒髪の、エプロン姿のひとだった。
もしかしてこれが。

「ただいま」

「ただいま母ちゃん」

「おかえりなさいー!ショウゴ背伸びて…ないねぇ」

「わざわざ言わなくていいよもう」

やっぱり、ショウゴのお母様か…。今度は思わず「義母上」とか口にしなくて良かったな。危ないところだった。
おれも挨拶をしようと二人に続いて口を開いた時、おれの姿を見たショウゴ母は両手で口を覆った。

「それでこちらの方は…あら。あらあらあらぁー!!まぁまぁまぁ!大変!ショウゴあんた、この人はどこのどなたなの!?」

「あぁ、この人は俺のルームメイトで、」

「やだやだやだもうー!!こんなカッコイイ子連れてくるなんてお母さん聞いてないわよもう!何で言わないの!やだすっぴん!服装も!恥ずかしいー!!」

「あの、えっと…初めまして、おれは」

「きゃあぁー!声までカッコイイわね!いけぼってやつ?あんた何でもっと早く言わなかったの!あなたも!!」

「「ご、ごめんなさい…?」」

めっ………ちゃくちゃテンションの高いひとだ…。その姿に、話し方におれはとある人物を思い浮かべたがすぐに打ち消した。
だっていくらなんでも失礼だろ、おれの親父と…ショウゴ母と重ねるなんてさ。

いや、でも似てんな…駄目だ似てるわ。いやこれは親父が悪い。アイツが年甲斐もない話し方すっから。うん。そういうことにしとこ。

「さぁさ上がって上がって!あなた、二人にお茶淹れてあげて!」

「はぁい」

「おいで、シキ」

「うん…」

この温かな家におれが入っていっていいんだろうかなんて、一瞬躊躇ってしまった。そうしたら手を。ショウゴがおれの手を握るから、それでもう全部赦されたような気になってしまった。
誰にも何にも赦してもらう必要なんてないのに。そうして手を繋いだまま、おれはナナミ家に入っていった。

「お邪魔します」

「あ」

「ん?」

玄関で靴を揃えている最中にショウゴが何かに気づいたようだから、おれもつられて顔を上げる。と、そこにはにこにこ笑顔のショウゴ母と…。

「兄ちゃん、やっぱり帰ってたんだ!久しぶりー!」

「ただいま!おかえり!俺も会いたかったよショウゴー!!」

「ちょっ、俺まだ久しぶりしか言ってない、抱きつくのはいいけどちょっと力強いよ兄ちゃん」

「………」

おお。これが、ショウゴの…お兄さん。
玄関でショウゴをぎゅううっと力一杯に抱き締めながら、彼の肩口越しにおれをこれでもかとすごい形相で睨みつけてくる。
眉間の皺がすごい。愛する弟との再会を喜んでる顔じゃない。おれへの敵対心がすごい。めっちゃ圧がすごい。

「こらこら、そこまでにして。二人とも移動で疲れてるんだから、早く上がってもらいましょう」

「そうだよ兄ちゃん、あとはリビングでゆっくり話そう?そんで紹介するね、こっちは…」

「初めまして、お邪魔します。自己紹介が遅れてすみません。おれは彼のルームメイトのヤツガミ、」

「シキくん、だろ?弟から話は聞いてるよ。俺はショウゴの兄のリュウです。よろしく」

さっきまでの般若はどこへやら、にっこりと社会人スキルであろう愛想笑いを貼り付けたショウゴ兄はすっと手を差し出してきた。
その握手に素直に応じようとするも、一瞬だけ。ほんの一瞬「あ、ちょっとゴメンね、手汗が」と言って引っ込められた手に金属の何かが見えたのはおれの気のせいか。
いやアレ、知ってる。恐らくショウゴの手前慌てて尻ポケットに兄が隠したアレは、ケンカでも何度か見た事があった。おれは使ったことねぇけど、アレ…メリケンサックだ。
久々すぎて名前忘れるとこだった。このひと多分、サンドバッグと一緒にコレもポチッたんだろうなぁ。どこで使う予定だったん。

そうしてきゅっと見た目だけは爽やかな握手を交わすも、案の定ぎりりっと力一杯握られた。痛いっちゃ痛いけど、それよりも視線がヤバい。
品定めどころか、隙あらば覚えてろよみたいな空気を隠しもしない。これ本当に兄弟ですか?雰囲気も何もかも違いすぎん?予想通り全くショウゴともショウゴ父とも違う感じがするなぁ。

「リュウ、ショウゴ。シキくんを案内してあげて。シキくん、ゆっくりしてってね!!」

「あ、はい。お邪魔します…」

がんばろ。ひりひりする手と、家に入る前にショウゴに繋がれた手。別の手で良かった。
両手に別の温もりを感じながら、おれは漸く玄関からリビングへの扉を潜った。

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