side.シキ
ぶっちゃけ初デートがご実家訪問になるとは思わなかったじゃんね。そりゃもう、気合も入るよ。
それにあのブラコン兄貴がおれを呼んだってことは、まぁ有り体に言っちゃえば品定めされるんだろうな。
分かってるけど、そりゃ緊張もするけど、それ以上にショウゴの生まれ育った家や場所を見られるのが嬉しくないわけがない。
どんなところでどんな風に育ったのか、何を見て、何を聞いて、どんなものに囲まれて育ってきたのか。
何一つ漏らすことなくすべて知りたいと思う。だってまだおれは、おれと出逢ってからの彼しか知らないのだから。
そんなこんなでおれは緊張半分、楽しみ半分で彼と一緒にご実家へ向かった。
学園の外に出たのは久しぶりな気がしたが、彼が隣に居るってだけでどこでも聖地みたいなもんだ。
が、しかし。
そんなおれらのデートを邪魔する奴らがいるわいるわ、そこら中に。学園ではおれの良くない方の噂も少なからず広まっていたからこんなことはそうそうなかったけれど、外は違う。
皆おれの外見だけで判断して、少しでも近寄らんというぎらついた欲望がちらほらしていた。うぜぇのなんの…。
遠目に見てくるだけならまぁ良し。だけどおれとショウゴの貴重な時間に割り入ってまで近づこうとしてくるのがまた鬱陶しくて…。
そういう奴らは直接は言わず、常套句で誘おうとしてくるのだが。
その言葉をそのまんま受け取るショウゴが可愛くて心配でおバカで可愛くて、おれは笑いを堪え切れなかった。たまらん。めちゃくちゃおもしろいこの子。
そいつらをあまりに邪険に扱うとショウゴが訝しく思うかもしれなかったので適当に近くの交番を教えたり聞こえなかった振りをしたりしてやり過ごしたんだが…あの子一体マジでどういう育ち方したらあんなにばかわいくなるの…マジで…。
やっぱり彼といると飽きるということがない。おもしろい。これからご実家訪問でご挨拶という大イベントが待ち構えているってのに、それすらも楽しみで仕方ない。
おれたちを車に乗せてくれたショウゴのお父様…義父上って思わず呼んだらきょとんとさせてしまったのでおれは心の中だけでそう呼んだ。
ショウゴのお父さんはめちゃくちゃ人の良い感じがして、雰囲気がどこかショウゴとも似ていた。あぁ、ショウゴっぽいという感じ。ぽやぽやというか…ふわふわ?してて落ち着いている。
車の中で簡単に自己紹介をし合った後、お義父さんはナナミ家やその辺りの地域についてちらほらと話してくれた。この辺りには昔商業施設があったんだとか、この公園でショウゴはよく遊んでいたんだとか。
おれにとってはどれも宝物みたいなお話ばっかりだった。そんな中、ショウゴが気になっていたらしいことを訊いた。
「なぁ、兄ちゃんって日本に帰ってきてるんだよな?いつ帰ってきたん?」
「んーと、一週間くらい前かなぁ」
「へぇ。………じゃあ連絡くれたときはまだアメリカだったんかな」
「ん?ショウゴ何て?」
「何でもないよ父ちゃん。そんで?兄ちゃんは元気そう?」
「それがなぁ。あいつネットでサンドバッグなんか買って、日夜どこどこやってるよ。これがうるさいったら…」
「ヘェ、ソウナンデスネ…」
「ボクシングでも始めたんかなぁ、あはは」なんてショウゴ父が無邪気に笑うが、おれは素直に笑えない。
その情報は要らなかったかな。それ絶対おれのこと思い浮かべてるやつじゃね。とは言えないが。
「へーぇ。筋トレかな。急にどしたんだろうな。なぁシキ」
「サァ、ドウシタンダロウネ」
「あれ、シキ緊張してきた?大丈夫だよ、うち結構フランクだから!」
「うん、お二人見てたらそんな感じする」
「あははっ!シキくんは良い子だなぁ!ショウゴと仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、おれの台詞です」
マジで。
不安半分楽しみ半分。サンドバッグで恐らくおれへの鬱憤を晴らしているのだろうショウゴ兄は、この親子と同じくぽやぽやした雰囲気を受け継いでいるのだろうか。
絶対違うだろうな…。まぁこんな弟がいたら可愛くて守ってやりたくなるだろうが…。それにしてもサンドバッグて。
殴りかかられたらどうしよう。反射的におれもやり返してしまったら、なんて…。それだけは絶対に、何としても避けねば。
おれは密かにきゅっと拳を握り締めて、待望のナナミ家へと向かった。
それにしてもお義父さん、運転超お上手ですね。
「あ、お土産買うの忘れた」
「おれが持ってるよ」
「さすがシキ…ありがとう」
この日の為に密かに買っておいた菓子を渡すと、ショウゴの目がきらきらと輝いた。うん、お前これ好きだもんな。おれもすきだよ。
がんばろ。お義兄さんにも好きに…とまではいかなくても、せめて認めてもらえるように。
ショウゴの大切なひとたちに、ちゃんと認めてもらえるように。
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