mitei あてにならない | ナノ


▼ 43

あれから兄ちゃんとはろくに連絡も取らないまんま、遂にこの日が来てしまった。
いつ日本に帰って来てたのかとか、シキも連れてってどうするのかとか気になることはなくもないけど。

とりあえず!とにもかくにも…。

「やって来ました俺のふるさと!つっても電車で一時間ちょいくらいなんだけどね」

「わー、パチパチパチ」

「シキ、擬音まで口で表現しなくてもいいんだよ…」

「や、盛り上げようと思って」

いやいや、棒読みでしたけど?まぁ確かに無いより盛り上がるし、嬉しいのでいいか。

それにしても…。
ちらりと見上げた顔はいつもと同じなのに、シキの雰囲気がいつもと全く違っていて俺は未だに戸惑ってしまう。
朝から妙にそわそわしちゃって、いつもなら落ち着くはずの彼の隣が落ち着かないんだ。

だってラフな私服は見たことあるけど、制服姿も部屋着のスウェットも見慣れてるけどさ。こんなきっちりした私服姿は初めて見た。
黒いジャケットに細身のスラックスに、何か制服のときに履くのとはまた違うフォーマルな感じの靴。
俺なんてパーカーに履き慣れたスニーカーなのに。

とにかく語彙力が無いな。まぁ一言で言えば、彼は格好良い。今日は多分、格段に。
学園でもシキはいつも注目の的だけど、外に出てみればあれでも可愛い方だったんだと知った。

バスでも電車でも街を歩いていても、とにかく人が多いところへ行くほど視線が俺たち…というかシキに集中してたように思う。
俺の実家の最寄り駅に降りるまでは俺が転校したての頃みたいにメガネとマスクを着用していたシキだけど、それでもたくさんの視線が彼に集まってきていて…。
ここに来るまでに、一体何人に声を掛けられたことか。

でもそういえば、俺たちに話し掛けてきたほとんどの人は道に迷ってるとか友だちとはぐれちゃったとかいう人が多かったんだよな。
ということはシキはただモテるだけじゃなくて多分…そういう困ってる人を惹きつけちゃう力があるんだろうなぁ。
そういうひとに悪いひとはいないよって俺のばあちゃんも言ってた。

大体そういう話を電車の中でしたらシキは目を真ん丸く見開いた後、お腹を抱えてふるふる笑いを堪えてるようだったんだけど。何でだ。
俺何かおかしなこと言ったのかな。マスク越しでもメガネ越しでも全然笑いを隠し切れてなかったのがちょっと腹立つ。

結局笑ってた理由は教えてくれなかったけど、ただただ涙目になりながら「かわいい」を連呼していたので俺ももう放置することにした。
あの「かわいい」は褒め言葉じゃなくてほぼバカにされてた気がするけど…まぁとりあえず良しとする。一応一緒にここまで来れたんだし。

「いやぁ意外と近かった」

「まぁおれらの学園自体、別にド田舎にあるってワケでもないからねぇ」

「あれ、そういえばシキさん、メガネとマスクは?」

「さすがにご家族に会うのにちょっとどうかと思って。ここからは取るけど…」

「…?どしたんシキ。おぁ?」

「ちょっと失礼しますよー」

駅についてから、メガネもマスクも取って素顔を完全に露にした彼だったが、きょろきょろと辺りを見回すとスッと俺を抱き寄せた。と思ったら、耳が何かに覆われた。多分シキの手だと思う。
何事かと彼の顔を見ようにも彼の両手で俺の顔は固定されてるから振り返れないし、「どうしたの」だなんて訊くことができなかった。
けれどその必要もなかったらしい。すぐに近くで「きゃああっ!!」という悲鳴みたいな黄色い声が、僅かにくぐもって聞こえてきた。一体何だろう、誰か転んだのか、大丈夫なんだろうかとか思ったが、それは学園でも聞き覚えのある感じのやつだった。
つまりはまぁ、歓声である。

「うっさ」

「自分の耳塞いだら良かったのに…」

「お前のが大事に決まってんだろおバカ」

「うあぁ…」

俺の耳から手を離して隣に並び直した彼の顔は思いっ切り眉間に皺が寄っていた。おう、不機嫌。というかまぁ、耳を塞がれててもあの声量だったのだから、直で聞いたシキはもっとうるさかっただろうな。
シキはこんな歓声くらい学園でも慣れてるだろうけど、だからといってやっぱり平気なわけでもないらしい。

黄色い歓声を上げたのはどうやら駅から出てきたばかりの学生集団のようだった。私服だけど、俺たちと同年代なのか年上なのか年下なのかは全然分かんない。俺の地元は特に小さいわけでもないから、知り合いの可能性も薄い。というか俺は知らない。
彼らはシキをじいっと遠慮なく凝視しつつ、何やらこそこそと話し合っているようだった。何を喋ってるんだろう。悪口とかじゃないと思うけど…。

「ショウゴ逃げんぞ」

「えっ」

「多分また声掛けられる。…他にも」

「え、えっ?」

他ってなに。気になってシキに腕を引かれつつ辺りを見回すと、駅前には他にもシキを見つめている人がたくさんいた。まるですごい有名な芸能人が突然やって来たみたいな反応だな…。
はっ!もしかして…!

「シキ、もしかして芸能人だったっ!?」

「おれホントお前のそういうとこ好き。なんなん、何食ったらそんな風に育つの」

「えと…シキのご飯?」

「おれの飯かぁ…。かわいい…。いや、突っ込みどころが多いわ」

「なぁ、もしかしてテレビとか出てた?」

「一緒にいっぱいテレビ観てたよな?そこにおれは出てたかい」

「んー、いや、生でしか見たことないかも」

「かもじゃなくてね、出たことないんだよ。生でならずうっと見せてあげるよ」

「そっかぁ、芸能人じゃないのか。て、待って、今の何かちょっと…」

「一生お前にだけ見せてやるよ」

「あの、それはデレですか…」

「さぁ?」

俺の腕を引いてスタスタと人の少ない方へ歩いていきながら、シキは悪戯っ子みたいに笑った。
そんなんまるでプロポ…とか思ったけどそれは言わないでおく。というか、言えなかったともいう…。

だって俺の前を行くシキがあまりにも楽しそうに笑うから。小さな子どもみたいな無邪気な笑顔が午前の陽光に照らされて、あまりにも眩しかったから。
そんなに幼い笑顔も初めて見たかもしれない…。服装は大人びていて格好良いのに、笑顔は可愛いとかずるい。
シキがよく言う、「かわいい」ってこんな感情だったんだろうか。

まぁ電車でのアレは絶対違うと思うけど。

そうして漸く人気の少ないところまで来たと思ったら、見覚えのある車が俺たちの方へ近づいてきていた。
その車は道で手を繋いだままの俺たちの近くでゆっくり止まると、運転席の窓がこれまたゆっくり開く。そこに乗っていたのは…。

「ようショウゴ。と、お友だちかな?」

「あ、父ちゃん。久しぶりー!」

「ち、義父上…?」

「「ちちうえ…?」」

運転席からひょっこり顔を出したのは、俺の父だった。というか突然時代劇みたいになったシキ、どうしたんだ。
俺も父ちゃんも、一瞬きょとんとしてしまったけど父ちゃんは相変わらずの人の良い笑みを浮かべて俺たち二人を車に乗せてくれた。

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