mitei あてにならない | ナノ


▼ 41

「よっしゃ。やぁっと着いたぁ…。待ってろよ」










「脱いで」

「やだ」

「脱いでください」

「いやです」

「なんで?」

「きみが状況をきちんと分かってないからだよ…」

状況。状況…。
いつもの寮の部屋。リビング。でっかいソファーの上。

俺がシキの上に馬乗りになって、部屋着のラフな格好に着替えた彼に「服を脱げ」と迫っているこの状況。

「………いや、把握してるよ?」

「してないんだよなぁあああ!」

俺の下に大人しく組み敷かれて…あ、この言い方なんか違うわ。
とにかくソファーにごろりと寝転がって諦めたような表情をしたシキはまた盛大に溜め息を吐いた。最近多いね。

「なんでやなの?」

「逆に何でそんな脱がせたがるの?」

「え、腹筋見たいから」

「わざわざ?いま?夜に?ふたりきりの部屋で?」

「え、時間帯関係あった?朝の方がいいとか?」

「そういうことじゃないんだわぁぁあああ!お義兄さぁん!弟さんがぽやぽやですよ!」

「どったん急に。うちの兄ちゃんと仲良かったっけ?」

「いくない。今は多分」

「ふうん?」

よく分からん。シキが俺の兄ちゃんと話してるのとか一回も見たことないし、あの電話以来まともな会話どころか面識もないはずだけど。
それにあれも会話って言っていいのかも分かんないしなぁ。
というかみんなぽやぽやって言う。俺だけ知らないのかな、その擬音。

「というかねぇショウゴくんや。なんで今おれの腹筋に興味示したん」

「体育の着替えの時にみんなが噂してて。そんなにすごかったっけって思ったらシキもう着替え終わってて」

「そんで改めて確認したくなったと」

「うん」

「はぁー!!おばかわいいー!」

「おばけ?」

「うんもう全然違ぇけどかわいいから許すかわいいは正義。いやでも待って、別にいつでも見れるチャンスあるじゃん」

「ある?」

「同室でしょ」

「んー、シキはうちの兄ちゃんみたいに上半身裸で部屋でくつろいだりしないから分かんない」

「そっかぁー、かわいい」

これは多分、シキが思考するのを投げた。かわいいしか言わなくなっちゃった…。
相変わらず俺が上に乗っている体勢は変わらないまま、シキは文句を言うどころか今は楽しそうに俺を見上げてきていた。
ちょっと犬みたいで可愛い…かも。なんて。

「で?」

「で?」

「おれの裸が見たいんだろ」

「いや、腹筋だけでいい」

「まぁまぁそう言わずに」

あれ。あれれ。
あんなに嫌がってたはずのシキが急に乗り気になってきてしまった。どうやら何がしかのスイッチが入ってしまったらしい…。
もう相変わらずシキさんスイッチが分かんないんだよなぁ。俺さっきから「分かんない」ばっか言ってない?

俺の下で、ぺらりとスウェットの上を捲し上げたシキは見せつけるようにその腹筋を晒け出した。
おぉ、こうして改めて見てみると…。

「やっぱり割れてる!すごい!格好良いー!!」

「今更そんなにはしゃがれると思わなかったけど…かわいいからいっか」

「なぁなぁ、触ってい?」

「んー、言うと思った!………いいよ」

「おぉ、硬い…俺もこんな風に…ん?」

シキが許可を出してくれたのをいいことにぺたぺたと彼の弾力のある肌に触っていると、ふと自分のお腹にもひやりとした何かが触れた気がした。
見なくても分かる、もうすっかり触れられ慣れた、彼の手だ。

「んー、割とふにふに」

「ちょちょちょっ!何で俺まで!?」

「何でって、おれにだけ要求して自分だけ何もしないってフェアじゃないじゃんね。あと下心」

「素直!あ、ちょっと待って手冷たい…ひぁっ」

「うーん…想定はしてたけどこりゃやばい…」

いつの間にか形成逆転…。俺がシキの上に乗ってたはずなのに、気づけば天井を仰ぎ見ることになっていた。
眩しい灯りを見慣れた人影が遮る。逆光になった表情はよく見えないのに、瞳だけ一瞬ぎらりと光った、気がした。

「というか、もうそこお腹じゃな…うひっ!」

「何て色気のない…でもそれもかぁいい」

「か…?んっ!」

「………」

「無言やだっ!何か言って、あぅ、くすぐった、い」

俺のお腹を撫で回していた手が、俺の温度を奪ったみたいに冷たくなくなった手がやがてどんどんと上へ上へとあがってくる。
そうして胸まで辿り着くと、ただの飾りであるはずの突起を摘むみたいな動きを始めて…。擽ったくて何でか恥ずかしくて、やめて欲しくて身を捩るのに上手く逃げられなくて。

羞恥からか涙が眦から零れそうになった。その瞬間。

「ごめんごめん、やり過ぎた。ここはまた今度しよーね」

「んっ」

シキが涙を舐め取って、そのままちゅっと慰めるみたいなキスを顔中に落とした。額に、頬に、唇にも。

「これに懲りたらもう変なことは言わないことだな」

「別に、いやだったわけじゃ、ない…」

「分かってるよ。分かってるけど…」

俯いちゃった。別に嫌で泣いたわけじゃないのに。生理的な涙なのに。何にも気にしなくていいのに。

「というか、止めなくても、良かったのに」

「んんん、そうね、そうだよな。ただおれが、臆病なんだ」

怖くてごめん、臆病でごめんなって、シキが言うから今度は俺から顔を近づけた。

「悪いことしてない。謝ることなんてなにもないよ。ただ…」

「ただ…?」

「無表情ちょっと怖かった」

「そこ?悪い、顔真っ赤にしてるショウゴがあまりにもえろ…かわいくて。今度から笑うようにするわ」

「それもそれでやだわ」

服を丁寧に直し直しされて、乱れた髪まで梳いて直して、ひょいと抱き上げられる。ソファーに座る、シキの膝の上。
この距離もほとんどゼロ距離なのになぁ。何が違うんだろう。ふむ…。

「なぁシキ兄さん」

「その呼び方勃つからヤメテ。既に危ないのに」

「なんであんな腹筋割れてんの」

「多分、ケンカかなぁ」

「ケンカかぁ」

じゃあ俺には無理だな。これは地道に筋トレを頑張るしかなさそうだ。

「おれも一緒に筋トレするよ」

「心読んだ?というか俺の匂い、落ち着くの?」

「ううん、今は逆効果」

「逆効果かぁ」

ならめっちゃ首筋吸うの、やめればいいのに。別にやじゃないけど。
今度は溜め息でなく正真正銘の深呼吸をわざわざ俺の首元で繰り返すシキの腹筋を思い出して、道のりは中々に遠そうだなと今度は俺が小さく溜め息を吐いた。

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