「ここだよ」
「おぉー」
シキに連れて来てもらった食堂は、想像していた学校の食堂よりも結構広くて綺麗で、華やかだった。
休日だし、昼ご飯にも晩ご飯にも中途半端な時間ということもあり人はまばらだけど、もし人がいっぱいになったら一体何人座れるんだというくらい席には困らなさそう。
階段があって、聞けばどうやら二階にも席があるらしい。席も一階より少なく、赤い絨毯が敷かれたそこは高級レストランのような内装なのだとか。ここからじゃよく見えないけど。
しかしそこを使っていいのは暗黙の了解で成績上位者…各学年で五番以内の人、とその人が許した者だけとなっているらしく、俺には関係無さそうだなと小さく溜め息を吐いた。
まぁそこはいいや。一階だけでも十分な広さとワクワク感があるし、何よりメニューの写真がどれも美味しそうなのだ。
適当に窓際の席を陣取ってタッチパネルを操作する。どうやらどのテーブルにも同じようなパネルがあって、自分から受け付け的なところに行かなくてもこれだけで注文が出来るらしい。
しかもさすがは学食、値段も破格でお財布にも優しい。
俺はちらりと向かいに視線をやってから、小さめのカレーライスの注文画面を見せた。晩ご飯にはまだちょっと早いから、間食ということで。
彼はこくりと頷いただけで注文確定のボタンを押し、それからすぐに注文したカレーがやってくる。
「写真より美味しそう!」
「よかったな」
「んまぁ…。あれ、シキは?何も食わないの?」
「うん。腹減ってないから後で部屋で食う」
「コーヒーとか…」
「さっき飲んだし」
「そっか…。じゃあ本当に俺の為に付き合わせちゃったんだな…ごめ、」
「別に、気にしなくていい」
そういうシキは頬杖をついてずうっと窓の外ではなくカレーを頬張る俺を見ていた。
マスクも眼鏡も外さないでいるから表情はよく分からないけど…楽しいのかな。
そこでふと、気になったことを尋ねてみる。
「あのさ、晩ご飯は部屋で食べるって…?」
「うん」
「食堂じゃなくて?」
「人が増えるしなぁ」
「じゃあ、自分で作るの?」
「まぁ」
「人混み、苦手なんだ?」
「それもある…落ち着かないから」
「…そっか?」
今は…そんなに人がいないから大丈夫なのかな。人が多いのが苦手。覚えておこう。
「お前の分も作ってやるよ」
「え、何を?」
カレーを頬張っている最中に、突然の申し出。思わず顔を上げると、やっぱり頬杖をついたまんまのマスクさんがいた。
「晩飯。何がいい?」
「えぇー、何か申し訳ないんだけど」
「嫌ならいいけど」
「やじゃない、やじゃないです。寧ろありがたい」
「ならよかった」
「食費は半分出すから」
「いいよ、とりあえず今日は。転入祝い?ってことで」
「はぁ」
やっぱりシキはいい奴だ。なんて感心していると彼が不意に視線を落とした。
するとポケットから震えるスマホを出して、「ちょっと電話」と席を外してしまった。
うーん、やっぱり第一印象に違わずいい奴…。カレー美味い…。
窓の外が段々と暮れ初め、オレンジの光がそろそろ夜が来ることを主張し始める。
それほど量の多くなかったカレーは、彼が席を立ってすぐに無くなってしまった。
これって返却口とかあるのかなと視線を彷徨わせていると、数人の生徒がこちらに近づいてきているのが見えた。
「おー!見ない顔がいる!」
「転校生くんじゃね?他校の制服着てるし」
「制服でカレーとか猛者だな」
けらけらと笑いながら、彼らは勝手に俺の周りの席に座った。私服姿の彼らは何年生か分からない。けど態度や身体の大きさからして、同学年か先輩かなと思った。
「なぁ転校生くん、さっきここにもう一人座ってなかった?お友達?」
「…まぁ、はい」
友達…と言っていいのかまだ微妙な気がするが、一応頷いておく。俺に近づいてきた三人組はにやにやしながら、俺の学年を尋ねてきた。
「で、二年?一年生って言われても納得だけど」
「二年生ですが」
失敬だな。童顔とは言われることもなくはないけど、初対面の相手に向かってこうもはっきり言うことか?
ちょっと苛立ち始めていると、俺の右隣に座っていた人が口を開いた。
「二年ってことはさぁ…アレと同学年じゃん」
「「あぁー。それな」」
はて。アレ、とは?
俺が訊く前に、彼らは一斉に嬉々として説明を始める。
「転校生くんは知らないよな。この学園にはな、すんごーい有名な奴がいるんだよ」
「そうそう。めっっっちゃ美人で、成績優秀どころか毎回一番で、運動も出来て」
「絵に描いたような完璧超人。だけどクールで超愛想悪くてだぁれも近寄らせないって噂の」
ヤツガミくん。
三人が口を揃えて言う。それでも未だによく話についていけていない俺は、「へぇ」と気のない返事を打った。
「転校生くん、興味無さそう」
「そりゃあ、何と言うか…ないですね」
正直に言うと、三人に爆笑された。これは…明らかに馬鹿にされているな。流石にちょっと怒っちゃうぞ。
ムッとしていると、今度は左隣の人が囁くように言った。
「だが気をつけたまえよ転校生君。そいつ、怒らせるとめっちゃ怖いらしいから」
「そうなんすか」
「そうそう!あの見た目に惹かれて告った奴らが数人、病院送りにされたって噂もある」
「ただの噂でしょ」
そんなので人を決め付けたり冷やかしたりするのはどうかと思うけど…。
「火のないところに煙は立たないってな。とにかくめちゃくちゃ美人なんだって!笑わないのが惜しいくらい!」
「そうそう。口元にほくろのある、ウェーブがかった黒髪の背が高い子」
「そんでスラッとしてて、超スタイル良いよな!でも騒がれるのに嫌気が差したのか、授業以外では滅多にお目にかかれない。学年が違えば尚更」
「………はぁ」
そうっすか。ということは、この人たちは三年生っていう認識でいいのかな。
しかしどうでもいい。兄ちゃんが聞いたらちょっと喜びそうだとか思っちゃったけど、やっぱり俺には関係ないし。
例え同じ学年で同じクラスだったとしても、関わり合いになるかも分かんないし。
なったとして、そいつがいい奴だったらいいなぁくらいには思うけど。
それにしても、シキの奴遅いなぁ。先に部屋に戻ってるのも忍びないし、早く戻ってきてくれないだろうか…。
「転校生くーん!俺らにも興味ない素振りやめてよね!悲しくなっちゃう!」
「…さーせん」
「覇気がないぞ!まぁでももしヤツガミくんとお友達になったら、俺らにも紹介してよね!」
「はぁ…」
「つっても無理だと思うけど!あ、晩飯もここで食う?ところで聞いてなかったけど転校生くんのお名前は?」
いや近い近い近い。真正面に座る先輩がずいと俺の方に身を乗り出して、うきうきと名前を尋ねてくる。
だがそれに答える間もなく、先輩の背後が暗く翳った。
バァンッ!!!と机が揺れる音に、全員が一斉に振り向く。
俺は誰が近づいてきていたのか見えていたから特に驚かなかったけど、大きい音には単純にびっくりした。
「ごめん。お待たせ」
「遅かったね、おかえり」
シキが、漸く電話を終えて戻ってきたらしい。らしいのだが…何でそんな怒ってんの?
相変わらずマスクに眼鏡、おまけにワカメみたいに垂れ下がらせた前髪で表情どころか顔も全然見えないのだが…。
怒ってるんだなってのは俺じゃなくても誰が見ても一目瞭然だと思う。じゃなきゃ机バーンってする?しないよなぁ。
さっきの音に驚いたらしい先輩三人組は、シキから視線を逸らさないままそうっと席から立った。
そろりそろりと離れていき、やっと俺は彼らの包囲網から解放されて内心安堵する。
「えと、転校生くん…その人は…?」
あ、まだ帰んないんだ。一応席からちょっと距離を保ったまま、俺の正面に座っていた先輩が恐る恐る訊いてきた。
「この人は、俺のルーム、」
「ルームメイトで、友達です………………今は」
「えぁ」
俺が言う前にシキに先を越されてしまった。
あ、というか、ともだち?友達って言ってくれた?
最後の方何かボソッと呟いてた気もするけどそっかそっか、シキは俺のこと友達だと思ってくれてたんだぁ…嬉しいな。
何だか照れちゃうな。
「そっ…か、ていうか、君って」
「ちょっ!深追いすんな!もう行こう!!」
「じゃあね転校生くん!また!!」
ドタバタと去って行く先輩方。騒がしいけど、結局良い人たちなのかどうか分かんなかったな。距離近かったことと何か噂の話しか覚えてない。
その噂の彼の話も、話半分にしか聞いていなかったから何となくしか覚えてないし。
何だっけ、ものすんごい美人で俺と同じ二年生で、ケンカが強くて口元にほくろがあって、黒髪ウェーブの…んん?
「またなんてねぇよクソが…チッ」
髪を掻き上げ眼鏡をズラしたシキが、鋭い眼光で彼らを睨んでいた。やっぱりイライラしてる?というか。
「シキ、今、舌打ち」
「してないよ?待たせてごめんな。じゃ、部屋帰ろうか。ショウゴ」
「おー。ん、んんー?」
「どうした?やっぱり何か嫌がらせされた?」
「違う違う!やっぱりって何?そうじゃなくて」
「ん?」
「俺名前、言ったっけ…?」
「今日越してくるルームメイトの名前くらい、普通教えられるだろ」
「あ、そっか」
俺は謎が解けてなるほどと納得した。そっかそっか。事前に知らされるよな、そりゃ。
「で?」
「ん?なに?」
「晩飯、何がいいか決まった?嫌いな食べ物とか、アレルギーとかある?」
「ないよ!何でも食える!そうだなぁ…何が良いかまだ考えてなかった」
「いいよ。部屋戻ってから二人で決めよう」
「うん」
部屋に戻ったシキは、完全に上機嫌だった。さっきのイライラは結局何だったんだってくらい嬉しそう。
彼は部屋に戻った途端マスクも眼鏡も外し、楽な格好に着替えキッチンへ向かう。
二人して冷蔵庫を覗き込み、あれやこれやと晩ご飯のメニューについて話し合う。
ふと隣を見ると…。
あぁ、そういやシキも、口元にほくろがあったんだなぁなんて今更気づいた。
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