有言実行、不言実行。
こいつのそういう律儀である意味誠実なところ、俺はいいと思う。いいと思うよ。だけど何ていうかな、ちょっとそれを発揮するところは、その、考えてもいいと思うんだよね。
つまりは何が言いたいかっていうと…。
「んんっ、ふぁっ…ちょっ、まっ」
「またない」
「ふぁ…お、おひる、も…し…んん」
「昼は…は、邪魔が…入ったろ…ほら、ちゃんとくちあけて」
「あっ…」
着替えも宿題もまだなのに。
くちゅくちゅと響く水音と衣擦れの音、どちらのものか分からない荒い呼吸の音とたまに漏れる情けない声だけが聞こえる。
帰宅してから、荷物も乱雑に玄関に置かれたまま俺はシキにリビングへ連行されていた。
そうして座らされたソファーはすぐに俺以外の重さで沈んで、隣に座ったと思った彼にぐいと腰を引き寄せられる。
そこで屋上での出来事と自身の発言を思い出した俺は彼の意図が分かってしまって、ボンッと顔を赤くしながら近づいてくる顔を避けられないでいた。
お昼休みに屋上でしたものよりも次第に深くなっていくそれに、二人して広いソファーに倒れ込む。
シキに押し倒されたみたいになった俺はただ与えられる快楽にどうしたらいいか分からなくて、またシワになるかも知れないのにシキの背を掻き抱いていた。二人分の上着はハンガーにかけられることもなく荷物と一緒に玄関に放られたまんま。
昼に掴んだ生地よりも薄いシャツからは、シキの体温がより強く感じられた。
カチコチと時計が鳴っているだろうけれど、今の俺たちにはそれは聞こえない。ただこんなにも密着して貪るみたいに互いの唾液を分け合うことに必死な俺たちには、お互いの音だけが世界だった。
屋上でしたように、シキの手が俺の後頭部を固定しているので顔を思うように動かせない。もう片方の手はずっと俺の腰とソファーの間に入れられていたが、やがてそれがすっと引き抜かれた。ふわふわとした世界の中で何となくそれを感じ取った俺はそれまでシキの手があった場所に寂しさを感じたが、すぐにまた違うところに焦がれた温度が降りてくる。
咥内を好きにしながら、シキのその手は俺の腹辺りを擦るとやがてシャツを捲り始めた。
薄いシャツは簡単にまぐれ上がって、俺の特に筋肉も脂肪もない脇腹が外気に晒される。
空調がついているはずなのにやけにひんやりとした脇腹に、熱い手が伸びてきてするりと撫でた。そっか、空気が冷たく感じたのは俺たちの方が熱くなっていたからなんだと変なところで感心しているとその手はするすると上に伸びてくる。
口づけは止まらないのに、また別のところで与えられ始めた感覚に無意識に腰が浮いた。
こんなにも密着した状態で腰が浮いては自然に、シキのそれと俺のが擦れる。
初めての刺激に更に身体に熱が集まって下腹部が特に熱を持ち始めた頃、俺の肌に直に触れていたシキの手が胸の突起に辿り着いた。
指先がそこにほんのちょっと触れただけで、敏感になった俺の身体がピクリと反応する。
俺の上で一瞬だけ目を細めたシキはその反応を確かめるように何度もそこを摘まんだり弾いたりした。
自分でだってそんな風に触ったことなんてない。ましてや人に触られることなんて。
しかも、好きな、ひとに。
「ん、んーっ!ふっ、あ…」
「は…ショウ…ゴ…」
ずるい。俺だって名前を呼びたいのに。声を出したいのに、しっかり塞がれた口からは僅かに息が漏れるだけ。
ただの飾りだと思っていたのに、触れられていることをやけに強く実感してしまって、俺は彼のせいでまたずくずくと疼く腰を浮かせる羽目になった。
このまま触れられていたらどうなるんだろうとぼんやり考え始めた頃、一瞬シキの口が離される。本当は数分かそこらだったかもしれないのに、体感的には一時間はずうっと口づけ合っていた気がしたそれが離れただけで自身の口からは情けない声が漏れた。
「ふぁ…しき…」
「………ん」
「あっ、やっ、そこだめ…!」
「…は、ここ?」
顔をじいっと覗き込まれながら、ピンと胸の尖りを弾かれる。そんなところ性感帯ではないはずなのに、見られている、シキの手が触れているというだけで下半身がより一層深く疼いた。
顔もきっと、この上なく赤い。
目からは生理的な涙が零れて、それがソファーに辿り着く前にシキが律儀に舐め取った。
近づく吐息が熱い。俺のも、きっと。
「シキィ…くすぐったい…」
「くすぐったいだけ?」
「いじわる…きらい…」
「かわいー…それは困るなぁ…」
首に腕を回すと、機嫌を取るみたいにちゅっと触れるだけのキスが落とされる。
顔中に降ってくるそれは先程までの情欲が混じったものとは全然違っていて、幼い子を嗜めるような優しさが混じっていた。
シキが上半身を上げる。と、二人の間に空気が通っていく。そのひやりとした感じが寂しくて、もう一度くっついて欲しくて視線で訴えるけれどそうすればまた額に唇を落とされるだけ。
首に回した腕は勝手に力が抜けて、ソファーに落ちる前にシキの頬を包み込んだ。
「も、おわり…?」
「ん。今日は、ここまで」
「おれ、俺、嫌がってないよ…?」
「知ってるよ。でも、色々やることあるでしょ」
「………勃ってるくせに」
「んんんーっ!まさかショウゴくんからそんな単語が聞ける日が来るとは…煽るなよ…」
「なんで?」
「とめらんなくなる」
「とめなくていーのに」
「だめなの。まだ、だめ。ほら、立てるか?」
「シキのあほう。たらし。へんたい。ばぁか」
「だから煽るなて」
「今のどこが?」
「ぜんぶ。とにかく今日は終わり。な?」
「自分から始めたくせに…」
「うっ…そうだけど…」
「………」
また、何か考えてる。
顔には出してないつもりなんだろうけど、何か楽しそうでないことを考えてる。俺には言えないことなのかな。分からないけど、その何かがシキを不安にさせてる気がしてもやっとした。
だから俺も上半身を持ち上げてそこにある体温を抱き締める。正面から、ふわりと嗅ぎ慣れた匂いを感じながら。
「ねぇシキ、すきだよ」
「うん」
「だいすきだよ」
「ん、信じてるよ」
「うそ。シキは自分を信じてない」
「うっ…それは…」
「だいじょうぶ。お前が信じなくても、俺が信じてるよ。だいすきだから」
「は、ホント、そういう………」
抱き締めた温度にぎゅううっと抱き締められた。顔が見れないな、なんて思いながらまぁ今はいいかと肩に顔を埋める。俺の肩にも、似たような感触がして笑いそうになった。
大分前進してると思うんだ。
ゆっくりでいいよ。でも、信じてるから信じてね。
そう言葉にする代わりに俺もきゅうっと腕の力を強めた。
『まだ、だめ』
それはきっと自分自身に言い聞かせた言葉。
棘のついた鎖の向こう。そこできっと泣いている気がした。
そんな寒いところにいつまでも居ないで欲しい。俺が待ってるって、顔を上げたらきっと気づけるから。泣いてもいいから、泣いた顔のままでいいから、ここまで走ってきてね。
ねぇシキ、俺はずうっと待ってるから。
背中をそうっと撫でると、同じように俺の背に回された腕もするりと動いて思わず微笑ってしまった。
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