mitei あてにならない | ナノ


▼ 34

その後、授業中もずっと深い方とやらについて悶々と考えているうちにあっという間にお昼休みになってしまった。

浅いのと深いの。
それって絶対アレのことじゃん?
何で朝には気づかなかったんだろう。

………うわぁぁあああ。

ダメダメ、気を抜くとあの時の感覚が思い出されて、顔がぼんと赤くなる。
舌が、勝手にあの感覚を思い出して想像と記憶だけで唾液が溢れ出してくる。
俺ってもしかして結構ヘンタイだった…!?

一方シキはというと、そんな風にあたふたする俺を見てはにやりと意地悪気に口角を上げてみせたり、たまに呆れたような顔で見守っていたりした。くそう、絶対に揶揄われていることだけは分かる。

お昼休みは大体屋上って決まってる。
本当は鍵が掛かっていて普通なら入れないんだけど、そこはさすがというか。シキがどこから入手したのか分からない鍵ですんなり扉を開けてしまうので、屋上はいつしか俺達だけの特等席になっていた。雨の日は空き教室だけど。

シキに聞いたことがある。屋上はいつも学園のアレコレから逃げたい時によく来てたんだって。多分噂とか、注目とかかな…。
とにかくここは彼にとって特別な場所らしい。

そんな場所に俺が入ってもいいのって聞いたら「そんな場所だから連れてきたんだよ」なんて言われたのを覚えてる。

あれも、今考えれば中々の口説き文句だよなぁ…。たらしめ。

「…ゴ、ショウゴくんや」

「はぇっ」

「なぁショウゴくんやい。今日ずうっとぼけっとしてんね。授業聞いてた?」

「聞いてないよ…。誰のせいだよぉ…」

「卵焼きおいし?」

「んまいです…」

「よかったねぇ、好物だもんねぇ」

「絶対めちゃくちゃ楽しんでるよな」

「もちろん」

にこりと爽やかが過ぎる顔で笑った彼は、俺が美味しいと言った卵焼きを口に運んだ。自分の弁当箱から取ったそれを半分咀嚼して、ふと何かを思い付いたように半分になったそれを俺の唇に押し当ててくる。

堪らず口を開くと、雛鳥に餌付けするみたいに食べさせられた。にこにこと俺が咀嚼するのを見ていたシキが、ふっと妖しく微笑う。

「なぁ。深いの、ここでする?」

「へぁっ!?」

「や、気になってるみたいだから」

「いやでも、待って、それやると遅刻しちゃうんだろ?それってここでやって大丈夫なもんなの…?」

いや絶対大丈夫じゃないよな?
だって多分アレのことだもんな!?

「んー、さあ?授業には遅刻するかも」

「じゃあダメじゃん!あ、待って近い近い近いです」

「往生際が悪い」

まだ口の中に卵残ってる…!
腰を引き寄せられ、ぐいっと近づいた上半身。
何とか両手を彼の胸に当ててささやかな抵抗を試みるけれど、俺の表情を確認した彼は一瞬安堵したような顔をした。ほんの一瞬のことだった。

あぁ、こんな戯れでもまだ怖いんだ。
俺が本気で拒絶した瞬間にきっと、俺を解放するつもりでいたんだろうな。

そう考えると僅かに胃の辺りがもやもやして、一気に手の力を抜いた。すると自然に身体同士がゼロ距離になって、触れる。

やっぱり卵焼きの味がする。

唇を擽るようになぞって舐めて、それに反応して薄く開いた俺の中にシキの舌が入る。
あの時ベッドでしてたみたいな熱がまた身体全体を侵食してきてふわふわとした心地になる。

俺の腰と、後頭部に回った手も心なしか熱い。
俺の手は行き場なく彼の肩を掴んで、制服がシワになりそうなのも構わず縋りついた。

段々深くなる、キス。
さっきまで普通にシキの作ったお弁当を食べていたのに、それを奪い返す勢いでシキの舌が俺の歯列も舌も舐めては吸って絡みつく。

腰が疼く。触れている全てが熱い。自然に涙が浮かんでは、頬からつうっと流れそうになった、その時。

シキのポケットがブーッと震えた。
何だかデジャヴだな…。

「ん、ふぁっ…あぅ」

「ん…」

伝えたいのに、中々シキが離してくれない。
多分彼も気づいているのに、気づかない振りをしようとしてる。

「あ、シキ、まっ…」

「待たない」

「ちが…う…んんっ!」

ぢゅっと強く舌を吸われれば、反射的に腰が浮かんだ。零れ落ちそうだった滴が頬を流れる。
当たり前のようにシキがそれを舐め取った。

漸く離れた顔は明らかに、いつもの彼よりも…何ていうかその…夜の雰囲気がした。

俺は何とか息を整えて彼に告げる。
だって彼のポケットはまだ震え続けてるのだ。

「はぁっ、はぁっ…。もう…シキ、スマホ」

「ん?気のせいだろ。気のせいだわ、続き」

「待って待って!絶対電話だよ!親父さんじゃあ…」

「はぁ?いやこれ、たま○っち」

「た○ごっち!?まだあったの!?というか震えんの?それ」

「んー、最新版。みたいな」

「なら尚更早くご飯あげなよ…」

「あとでねー」

ぐいぐい近づいてくる顔にまた頬が熱くなってくるのを感じていると、今度は俺のポケットが震えた。

「あ」

「あ?」

「ほらぁ…。シキが早く見ないから」

「チッ」

まぁた舌打ちする。でも画面に映った文字を見た俺は、何だかうきうきしてしまった。いや、タイミングはもうちょっと考えて欲しいだなんて思っちゃったけど…。

「やっぱり親父さんじゃん…」

「ハゲさせる」

「物騒なこと言わないで。読むよ?えーっと、ショウゴくんへ。シキと一緒でしょ?今すぐスマホ見るよう言ってくれない?だって」

「あのクソ親父…」

「緊急の連絡かもよ。ほら」

「分かった分かった」

「あ、また何か来た。俺にまた会いたいって、理事長が」

「………」

渋々と画面を覗き込んでいたシキが無表情になっている。何か嫌なメッセージだったのだろうか。

「シキ?」

「あー、ゴメン。聞いてたよ。それで、いつ会うの」

「えと、出来るだけ早い方が良いから明日…だって」

「明日、ね…」

「シキは?一緒に行く?」

「おれはちょうど、その日に用事ができたから見送りだけするよ」

「そうなん?」

「ん。帰りも迎えに行くから、悪いけど親父の相手よろしくな。すげー不本意だけど」

「相変わらず過保護だなぁ…」

お互い理事長に返事をしてから、スマホをポケットにしまう。やっぱりた○ごっちじゃないんじゃん。

「まぁた邪魔が入ったなぁ…」

「まぁまぁ。帰ってからすればいいし」

「………は?」

「………ん?あ!いや違くて!いや違わない…ちょっと待って今のは…!」

「そうだなぁ、帰ってから存分にすればいいもんなぁ?短期間で随分積極的になっちゃってまぁ」

「もぉおお!だから違くて!」

「違うん?じゃあしない?」

「あ、うぁ…えと…!シ、シキが意地悪するからしない!」

「じゃあ、するね。おれ意地悪だから」

「………ひぇっ」

結局約束は守るらしい。そういうところ、嫌いじゃない。ただめっちゃ恥ずかしい。
形勢逆転ってやつかな。
俺の方が恥ずかしがってるの、なんかめちゃくちゃ悔しいんだけど。

「というか何で連絡先交換してんの、親父と」

「理事長の方から連絡来た。登録しといてねって」

「あんの野郎…」

「ホント親父さんに厳しいね…」

そんでそろそろ腰を離して欲しいかな、なんて。本心じゃないからか、言えなかった俺は情けないな…。

「ショウゴくん、そろそろ予鈴鳴るよ」

「行動と言動が合ってないんだよなぁ」

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