デコピンの痕は一瞬で消えてしまったので、証拠も消え去った。つまりは小テストの点数の言い訳ができない。
そんな心配も胃の中で溶けるかどうかの頃、いつも通り玄関で靴を履きながらシキは俺の持ち物チェックをしていた。オカンかな。
「かばん」
「持った」
「スマホ」
「ポケット!」
「ハンカチは?」
「えぇと…要る?」
「まったく…おれの貸すからいいよ」
「あ、体操着」
「おれが持ってる。お前の分も」
「おお!ありがとう!」
「別に。ほら、ここまだ寝癖なおってないな…かわいいけど」
「無造作ヘアーだよなぁ」
「は?クッソかわ…アホかわ」
「なんで馬鹿にした?」
「してない、褒めた」
シキがぐしゃぐしゃと俺の頭をかき回すから、本当に無造作もいいところな髪型になってしまった。それを彼の手がまた撫でつけて直して、やっといつも通りの髪型になる。
「ところでおにーさん」
「煽んのやめろや。なに?」
「シキのツボは未だによく分かんないな…。あのさ、いつものアレはしないの?」
「アレ」
「アレ。なんだっけ、おまじない?の、おでこにする」
「だから、煽んのやめてよ」
「何が?」
「分かったもういい。お前本当タチ悪い、知ってた。キスね、したい?」
「いやいつも登校する前してたから…しないのかなって」
「浅いのと深いの、どっちがいい?」
「深いのがあんの?浅いのって?今までのはどっち?」
「いーち、にーい、さーん…」
「どっちがいいんだ…!?」
「ヒント。浅いのは浅い。深いのは、多分…遅刻する」
「じゃあ浅いの一択じゃん」
「おっけ、じゃあ深いのは帰ってからしようね。ほら」
ちゅっと軽い、そして柔らかい感触が額に降ってきて、すぐに離れた。前髪を上げられたせいでまたちょっと寝癖が復活してきていることも知らず、俺の頬はほんのちょっと熱くなった。
なんで、今まで平気だったことが今じゃあこんなにも恥ずかしいことだったと気づくなんて。
ほんのちょっとぼうっとしていると、余裕そうな笑みで俺を見下ろしたシキがふっと微笑った。
「…なに」
「いや、そんなんで帰ってから大丈夫なのかなって」
「帰ってから…?」
「深い方、するんだろ?さぁ、いっけない、遅刻遅刻ぅー」
「えぁ、ちょっと待って、色々待って?ふか、深いのって結局なに!?」
答えは楽しそうな笑い声だけで、それだけで俺の頬はまた知らず知らず赤くなった。
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