「なぁシキー」
「んー?」
「すき」
「んっ、ゴホッ!!!」
「あ、ティッシュ使う?」
「こんのやろう…」
じろりと細められる目はほんの少し涙目になっていたけれど、それすらも何だか可愛いなと思えてしまう。驚いて噴いてしまったらしいお茶が制服を汚していなくて良かった。
ちょっと俯いて顔を拭く彼の耳はほんのり赤い。それが可笑しくてふっと笑うと、息を整えたらしい彼にまたじとりと睨みつけられた。
「ごめんて」
ダメだ、かわいい。何だか不機嫌な猫みたいな彼をにやにやと見つめていると彼が諦めたようにまた溜め息を吐いて、小さく小さく小言が溢される。
「思ってないだろ…もう…」
朝ご飯の席で向かいに座る彼にたった二文字投げかけただけでこの有り様。先日からやっとシキと…まぁ重さはともかくとして…同じ気持ちなんだと自覚してから俺は決心していることがあった。
今までもらった分たくさん返そう。
俺がもらって嬉しかったものをたくさんたくさんシキにもあげよう。
いっぱいいっぱい、好きだと言おうと。
そうして、その一つ一つが、きっといつか彼の心の奥の氷を溶かす助けになればいいと思う。
自分は愛されているんだと堂々と胸を張ってくれるように。彼に触れられることが、俺はとても嬉しいのだと分かってくれますように。
あと、今までこっちがドキドキさせられてた分のお返しみたいな。そういう悪戯心もある、本音は。
「嬉しくなかった?」
「嬉しくないわけないだろ、でもタイミング考えなさいおバカ」
「ごめんてー」
「は?許すかわいい無罪」
言ってることはともかく…。
こんな真顔でじいっと真正面から見つめられると今度はこっちが何も言えなくなってしまう。
だからこそ、卑怯ではあるが不意打ちを狙うのだ。じゃないと俺だって、あんな言葉中々は言えないし伝えられない。
シキはよく今まで俺に真っ直ぐぶつかってきてくれていたものだと、本当に本当に感心する。
怖かっただろうに。簡単じゃなかっただろうに。それでも、伝えられずにはいられなかったのだろうか。
今なら少しだけ、そんな気持ちが分かる気がする。気がするってだけで実際は全然違うかもなんだけど。
「ショウゴー」
「ん?」
一瞬ぼうっとしていると、視界がぼんやりして何か…とても見慣れた顔がこれ以上ないくらいの距離に近づいてきていた。
「ん」
「んっ!?」
「よし、今日も我ながら美味いなぁ」
「………えぁ」
「口、ついてた」
「なら言ってよ…それかせめて指とかで取ってください…」
「指とかなら舌でもいいんじゃん?それにほら、普通に取ったら仕返しにならねぇだろ」
「うぁー」
「じごーじとく」
「………たらし」
「マージでショウゴにだけは言われたくない台詞だなぁ」
ほんのちょっと身を乗り出せば顔がくっつく距離の机をじろりと睨んでも一緒だった。
視線を上に戻すといつもの余裕そうな笑み。口元のほくろに自然と目がいけば、ほんの数秒前に行われたことが思い出されてポポポッと顔が赤くなるのを感じる。
視線も熱い。気がする。ずるい。
「シキ…卵焼き…」
「んー?おれは卵焼きじゃないよ」
「そうなん?」
「そうなん」
「そっかぁ。でもこれ美味しいから、お弁当にも入ってると嬉しいなぁなんて…」
「入ってますよ。朝飯、弁当の残りもあるもん」
「え、すき」
「あーうん、朝、今から学校、落ち着けおれ」
「うん。落ち着こ」
「お前のせいだよおバカ」
こてんと軽くデコピンされるが、痛くはない。
けれどもし小テストの点数が悪かったら、シキのこのデコピンのせいにしてやろうと思うのだった。
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