side.兄
近くで見ても毛穴ひとつ見つからなさそうな、白磁のように艶やかな肌。
切れ長の瞳を縁取る長くカールした睫毛に、その奥に守られている黒い宝石。
そして瞳と同じような夜闇の色をした、きらきらと天使の輪を纏って風にも簡単に揺らめく絹のような髪。
まるで「美しい」という形容詞は、彼の為に生み出されたのだとか何とか…。
「どっかのモブがそう形容しそうな面してんなぁコイツッ!!!」
腹立つぅ!!!
深夜、借り物の部屋の中、ベッドにバフンッとスマホをぶん投げながら思わず叫んだ。
向かい側の部屋から「Hey!」と抗議らしき声が上がるが、俺はそれどころではない。
あいつ…我が弟め、俺があれだけ言ったのに何て奴を引っ掛けてんだ…。
いや、引っ掛けるは言い方が悪かった。かも知れないが…。でもさぁ!
「絶っっっ対!独占欲!激強じゃん!!なにこのカオ!表情っ!」
あれからルームメイトと仲直り…をしたらしい弟に、一体どんな奴なのか強請りに強請って送られてきた写真がこれだ。
俺の可愛い弟と肩を組み、必要以上に近づいて頬と頬とくっつけ…からの無表情。
馴れ馴れしくも肩に添えられた手、画面越しに睨みつけ牽制するような鋭い眼差し、何より恐らくそんなことには全く気づいていないだろう俺の弟の可愛いはにかみ!
くっそかわいい!あぁ、いや違った、俺の弟が可愛いのは知ってる。本題がズレた。
………何だこのクソ憎たらしい美形野郎は。
何だこの画面越しでも伝わる圧は。誘ってる?殴りにいこうかな。
多分、ショウゴのことだから「兄ちゃんに送る写真撮ろう」とか素直に言ったんだろうな。それでこのツーショットが送られてきたんだろうな。
弟がばかわいい。しかし相手のルームメイトくんとやらがめちゃくちゃ敵意剥き出しで腹立つ。
顔が良いのも腹立つ。絶対校内にファンクラブとかあるし、片想いしてる奴だってめちゃめちゃいるだろうし、なのにそれらには一切興味ありませんけどみたいな雰囲気も腹立つ。
なにコイツ。恋人の兄貴に嫉妬してんの?狭量すぎん?いや、というかもう二人は恋人なのか?そんなことお兄ちゃんは認めていないが?
しかしこのショウゴの幸せそうな顔…。
分かるよ、もう分かりたくないけど分かる。確定じゃねぇか。だから二十歳までは早いんじゃないかなって言ったのに。言ったのにさぁ!!
『………わかってますよ。ぜってぇ離れねぇけど』
………。
「んぁあああ!腹立つなぁもう!!」
無理やり電話を切られる直前、俺が牽制した後にショウゴの向こうから聞こえた声を思い出す。無駄に美声でそれもムカついた。
本気、なんだろうなぁ。
きっと本気でショウゴに惚れ込んでんだろうなぁ。
まぁその気持ち分からんでもないけど。ルームメイトくん、見る目だけはあるな。そこだけは褒めてやるけど。
「でも絶対近いうち殴りにいこ…」
もう一度スマホを拾い上げて、可愛く微笑む弟の顔だけズームした。
もし俺が本当にこのルームメイトくんを殴ったら、殴ろうとしたら、ショウゴはどんな顔をするだろう。
多分止めに入られる。自分が代わりになろうとする。
それくらい好きなんだろうか。
いや、元々ショウゴはそういう奴だけど。お前だけ特別だと思うなよ!もう!
お兄ちゃんは寂しい。けどこの笑顔は眩しい…ここだけ切り取って待ち受けにする…。
あ、でもそしたら、コレ見る度についでに美形泥棒クソ野郎のことも思い出してしまう気がする…。どうしよ。
この笑顔を、引き出してるのが俺じゃないと思うとやっぱ寂しいし悔しい。けど俺以外に、こんな顔を引き出せる奴がいるんだと思ったら何か変な気分にもなる。
俺にだけ見せてくれていたカオを、この隣の奴にも見せるのだろうか。
俺にすら見せていなかったカオも、コイツには見せていくんだろうか…。
やっぱマジで近いうちにご挨拶せねば…。泣かせたりしたら本当にただじゃおけん。
「あー、うちの弟マジ天使…国宝…」
こんな鈍くてぽやぽやして国宝級に可愛い我が弟を射止めやがったクール美形は、中身はどんな奴なんだろう。
優しかったらいいな。ヤンデレだったらやだなぁ。
ショウゴのこと心底大切にしてくれれば、まぁ、殴るのはやめてすねに蹴りくらいで留めてやらんこともない。
今度は写真だけじゃなく、テレビ通話でもしてちょっとずつ本性探ってやろ。
そんな意地の悪いことを企みながら、横にスワイプする。
また暫く、リアルに美形なお顔をぼうっと眺めてからやっぱり腹が立つなと何度目かもう分からない舌打ちをしたのだった。
「そういや、名前訊くの忘れた気がする…まぁいっか」
とりあえず弟が幸せそうだから、まぁいっか。そういうことにしといてやる。
今のところはな!!
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