mitei あてにならない | ナノ


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スーツケースは汚れているだろうから床から少し持ち上げて自分の部屋らしき場所へと運ぶ。
さっきの彼が閉じ篭ってしまった扉のすぐ隣に開けっ放しの部屋があって、ダンボールだらけのそこを見るにどうやらここだと確信した。

先に送っていた荷物たちがもう届けられてる。いくつか積み重なったダンボールを差し引いても、綺麗な部屋だなぁと思った。
ここに来る前に住んでいた自分の部屋と広さは大差ないかもしれないが、角部屋で二箇所に窓があるのもいいな。
ベッドも綺麗。白くて柔らかそうで、気持ちよく眠れそう。

ちょっと嬉しくなった俺はやっと重い荷物を置いてとりあえず部屋から出た。全体の間取りを把握しておきたかったのと、それから…。

「おぁっ」

「………」

さっき鍵を開けてくれた人だ。そう、彼にお礼と、挨拶をしておきたかったのだ。
しかし俺の部屋を出るとすぐ近くに居たのは驚いたなぁ。これでも「表情筋仕事してんの?」とよく突っ込まれる方なんだけど…。

「あのー」

「………」

さっきの人は何も言わず、観察するように俺を下から上へ見てくるだけ。それから面倒臭そうに眉間に皺を寄せるとはぁっとこれまた面倒そうに溜め息を吐いた。

あぁ、もしかして折角の悠々自適な一人部屋だったのに、俺が来てしまったことが嫌なんだろうか。まぁそうだよな、角部屋取っちゃったみたいだし。

「初めまして、さっきは鍵を開けてくれてありがとう。今日からここでお世話になります、俺は」

「こっち」

「はぇ」

こっち、と言われてくいと腕を引っ張られ、連れて来られたのはどうやらリビングだった。
俺まだ自己紹介最後までしてない。さっきのお礼は言えたけど。

結構な広さを誇るリビングの真ん中にはL字型のソファがあって、そのすぐ横にはダイニングテーブルと備え付けのキッチンがある。
ここだけ見るとお金持ちの私立学校ですって感じがすごい。他の部屋も、そうなんだろうか…。

同部屋の彼がキッチンに入り無言でカチャカチャやっているのをぼうっと見ながら、俺は何となくソファに腰を下ろした。うわ、やぁらかーい…。
ここまで結構な長旅だったもんな。ちょっと寝ちゃいそう…。

なんてぽやぽやしているうちにも目の前のローテーブルに湯気の経ったカップが置かれて、気づけば隣が別の重さで沈んだ。

「あ、ありがとう」

「………」

「えと、君がこの部屋の人?だよな…?あれ、間違ってる?」

「………いや」

あ、間違ってなかった良かった。ぶっきらぼうに隣でコーヒーを啜る彼は、座ったままやっぱりとじろじろ俺を睨んでくる。
まるで品定めでもされているようで落ち着かない心地だ。

「もしかして勝手にソファー座っちゃいけないとかあった…?」

「いや、ない」

「あの、自己紹介…」

「お前さ」

「ハイ!」

自己紹介の続きをしようとすると、隣に座っていた彼が突然ぐいっと身を乗り出してきて思わずまた高い声で驚いてしまった。
だって近えんだもん。さっきまでツンツン?してた人がいきなりこんなにパーソナルスペースに押し入ってきたら俺じゃなくてもびっくりするんじゃないかな。多分。

ほとんど鼻先が触れそうな距離でやっぱり訝しげに俺を見ていた彼が、漸く口を開いた。

「お前…おれのこと見ても何も思わないわけ?」

「………へぇ?」

「だから、おれのこと、見えてるよな?」

「え、え、もしかして…幽霊なんですか?」

恐る恐る訊くと、彼は一瞬下を向いた。肩が震えているあたりを見るに寒いのだろうか。でも部屋の温度は俺にとっては快適だしなぁ。
寒がりなのかなぁ。ならもっと、厚着すればいいのでは。

「お前…バカ。ってよく言われねぇ?」

「失礼な。言われ………ますけど。たまに」

「ん"っ!そうか…」

「何すか…」

また震えてやんの…。エアコンの温度上げます?

「で?おれを見たご感想は?」

「感想?なんで?」

「いいから。なんでも」

「なんでも、かぁ。そうだなぁ…」

おかしなことを訊く人だなぁ。この人の第一印象といえば、そう…。

「優しそう、かなぁ」

「………なんで?」

「だって、鍵開けてくれたでしょ。それから、不器用そう。人見知りなのかなって思ったけど、そうでもないっぽいし…」

「そんだけ?」

「えぇ?そうだなぁ、あとは…仲良くなったらめちゃめちゃ優しくしてくれそう?いや、優しいのは今でもか」

「ふぅん…そう」

「何かおかしなこと言った?あ、そう言えば名前」

「シキ」

「えぁ」

「シキ。そう呼んで」

シキ。そう名乗った彼は何だかすごく満足そうに笑みを零した。なんだ。何がそんなに嬉しいのか。
あ、というか俺も自分の名前…。

「あの、俺は、」

ぐぅぅぅー。

お約束かな…と突っ込みたくなるくらいのタイミングで、俺じゃなくて俺の腹の虫が大声を上げた。
シキは一瞬驚いたような顔をしていたけれど、すぐにふっと破顔して何か作ろうかと提案してくれる。
料理できるんだ。すごいなぁ。だけど…。

「あの…食堂、行ってみたい」

「食堂」

だってここに来てまだ半日、いや数時間。今日は休みの日なので、今の内に色々見て回っておきたいという気持ちもある。もちろん腹も減ったけど。
俺が食堂に行きたいと提案すると、シキはまたきょとんとした顔をして、「そっか」と呟いた。
一瞬、ほんの一瞬だけ考え込むような…どこか嫌そうな顔をしたのは気のせいなんだろうか。まだよく分かんないな。

「えと、シキは腹減ってない?今日休みだし、俺の面倒とかいいからシキはゆっくりしてて、」

「いや、おれも行くよ」

「いいの?」

「もちろん。場所とかシステムとか分かんないだろ?」

「ありがとう」

俺がお礼を言うとシキは短い笑顔で返事をして、また自身の部屋の奥へ引っ込んでしまった。ラフな部屋着みたいだったし、きっと外出用に着替えるのだろう。
俺は淹れてもらったコーヒーを飲んでシンクに置いて、きちんと洗って拭いて…しまう場所は分からないから後でシキに聞こう。

そう思っていると案外すぐに部屋から彼が出てきた。準備が早いなぁ。
けど、出てきた彼の姿を見てちょっと驚く。今日何回目の驚きだろう。

「あの…シキ、花粉症とか?」

「いや」

「じゃあその、マスクと眼鏡は?」

「ちょっとね」

「そっか…?」

「じゃあ行こうか。寒くない?」

「うん。大丈夫」

やっぱり優しいんじゃん。
寒さは大丈夫、だけど。…まるで芸能人の変装だな、なんて思ったのは黙っておこう。
寮の部屋はカードキーで、俺が出たのを確認してシキが鍵を閉める。
そうして俺は背の高い彼の後ろに着いていった。

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