mitei あてにならない | ナノ


▼ 22

「こほん!さて、ショウゴくん」

「馴れ馴れしい…」

「シキ、落ち着いて…!」

この部屋に入ってからもずっと手は離されないまま、寧ろ絶対離さないとばかりに指と指がしっかり絡み合っている。
そんな彼の苛立ちを肌で感じながら、そんな空気をものともしない親父さんが俺に話し掛けた。

「息子が勝手に君の名前を呼ぶなってうるさくてねぇ…。まぁともかく、ナナミくん!君、学園生活はどうだい?楽しいかい?」

「あ、はい!毎日楽しいです」

「何か不便はない?嫌な目に遭ったりしてない?」

嫌な目…。思い当たることといえば教室行った初日にシキの噂に怒ってしまったことくらいかな。でもあれは俺が勝手に怒ったみたいなところもあるし、何だかんだあれからあの三人とも結構仲良くなれたと思うし、泣いちゃったのが恥ずかしいくらいでそんなに嫌な思いをしたとは今は思わない。

あとは全然、快適もいいとこ。
楽しいし、ご飯は美味しいし、シキが始めに心配していた注目とやらも全然されてないっぽいし。されてたとしても、気にならないし。

思えば俺がこうして楽しく学園生活を送れているのは、隣で無表情のまま手を握り続ける彼のおかげだろうなぁ。シキがいなきゃ、こんなに楽しくなかったかもしれない。
まぁ単純に楽しい、だけではないこともあるけど。悩むこともあるし自問自答もいっぱいするけど、それも含めて「楽しい」に分類されると思う。

問われてみて初めて実感したが、それくらいシキの存在は俺にとって大きかった。

「…理事長。俺、毎日楽しいですよ。心配されてるようなことは何にもないです。全部全部、シキ…くんのおかげです」

「ショウゴ…」

「そっか。不肖の息子が君に迷惑をかけたりしてないかね?」

「全然!迷惑どころかめちゃくちゃお世話になってて!いつも起こしてくれるしめっちゃ美味しいご飯も作ってくれるし、勉強も教えてくれるし…俺なんてしてもらってばっかりで」

何も返せてない。あの返事どころか、まだ、同じだけの想いだって…。

「ふうん…。シキが、他人の世話を、ねぇ…」

「親父」

感慨深い表情でふむと頷く理事長に、シキが続きを促すように低い声で言った。
もしかして、俺の推測なので合ってる自信ないんだけどもしかしてシキ、照れてる?

…いやぁ、まさかな。

「ゴメンゴメン、ちょっとびっくりしただけ。でもそっか、その様子ならひとまず安心かな!」

「はぁ…?」

「まぁ色々大変かもしんないけど、我が息子をよろしくね、ショウゴくん!」

「は、はぁ…」

からりとした笑顔で告げられ、フランクな雰囲気を纏った理事長に握手を求められるも、繋いでいる方の手がくいと引っ張られて俺は思わずシキの方を見た。
やっと、目が合った。何だか少し拗ねているようにも見えるその表情は、今まで見た中でも幼い印象が強く残っていて…。
その光景を見ていたらしい理事長が差し出した手を宙に浮かべたまま、やがて声を出して笑った。

場を和ませる為でも相手を試すようなものでもない、こちらもまた子供みたいな無邪気な笑みだった。
心なしか、壁際で気配を消していた執事さんのような人もちょっとだけ微笑っているように見える。

そうして俺はただ、この雰囲気が、好きだなぁと思った。

「理事長。そろそろお時間です」

「えぇ、もう?もうちょっと話したいなぁ」

「後日また予定を組まれてはいかがでしょう」

「うーん、しょうがないなぁ」

結局握手はシキに止められてできなかったが、もう少し続くと思っていた理事長とのお茶会は意外にも結構早く切り上げられた。
まぁ、理事長だもんな。忙しい中俺に時間を取ってこうして会ってくれたんだろう。それもきっと、シキの為だろうけど。

ソファーから立ち上がり、何度も何度も理事長と執事さんにお礼を言って、それを見届けたシキが俺の手を引いて歩き出す。
そうして扉から外へ出る瞬間、理事長が…シキの親父さんがいつの間にか近づいてきて俺の耳元でこそっと囁いた。

「何かあったらいつでも僕に言うんだよ?君にもここに入る許可出しとくからいつでも来なさい。それからコレ、僕の連絡先」

そっと手渡された紙切れを俺のではない手がひったくる。それを半ば乱雑にポケットに入れて、彼はぶっきらぼうに言った。

「親父、もういいだろ」

「あの!色々ありがとうございます。理事長」

「ショウゴくんはいい子だなぁ。お義父さんって呼んでくれても」

「帰るぞショウゴ」

「え、親父さんまだ話してるけど」

「ほっといて大丈夫」

何やら言葉を続けようとした理事長を余所に、早く帰りたいと全身で告げるシキが歩き出す。手汗とかもうどうでもよくなるくらいずっと繋いでたな。
今更ながら恥ずかしい…。

「息子が冷たぁい!」

「理事長。そろそろ」

「はいはい。じゃあまたね!ショウゴくん!」

「はい、また!」

「もう満足だろ。じゃな」

パタンと閉じた扉の向こう、振り返るともう重厚な扉は入る前のように重々しくは見えなくて、俺の頬は勝手に緩んでいた。

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