コツコツと無機質な廊下に規則的に響く二人分の固い音は、エレベーターに乗って最上階へ上がると柔い絨毯に吸い込まれて聞こえなくなった。 深い赤の絨毯…レッドカーペットってやつかな。
映画スターが闊歩するやつじゃん。ハリウッドスターじゃん…。それよりかは、もうちょい深い色かもだけど。
慣れた様子でスタスタと歩くルームメイトの背中を追うが、何せ学園の中でも初めて入る場所で緊張する。
職員室や普段使用している一般教室がある棟も、特別教室がある特別棟も、各部活の部室がある部室棟も、俺たちが普段生活している寮もこことは反対の位置にある。何だか、遠い。
物理的な距離よりも、何というか心理的?とでも言えばいいのか。
だって俺たちが今居る場所は一般の生徒なら本来立ち入りできる区域じゃないらしいし、特別な許可と権限が与えられて初めて入れる場所だった。普通ならこんなところ通るどころか知らないまんま卒業するんじゃないかな…。
ていうかレッドカーペットどこまで続くの。
シキもずっと無言だし、緊張するし…。
早く着かないかな。なんて思った矢先に突然立ち止まった背中にぽすんとぶつかった。
「なに、着いたん?」
「…ショウゴさ」
「うん?」
「手、繋いでて」
「うん。…うん?」
言われるや否や直ぐに俺の左手さんがシキの右手さんに拘束される。そのままスタスタと歩き出して、また暫く無言の時間が続いた。
さっきよりも歩くスピードがゆっくりだ。
ちらりと隣を覗き見ると、久しぶりの無表情。
シキも緊張してんのかな。
手汗かいたらどうしよ。いや、今更だけど。
手、繋いでるせいか初めてのお使いみたいな気分だな…。身長的にシキがお兄さんだろうかなんて現実逃避していると、やがて存在感のある重厚な扉の前に辿り着いた。
ここじゃん。
絶対ここじゃん。
というか書いてるもんな、『理事長室』って。
ここじゃなきゃどこだよってくらい理事長室だよ。駄目だ俺も結構緊張してて訳が分からん。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、シキが繋いでいない方の手で軽く扉を叩いた。
コンコンと軽快な音が廊下に鳴り響き、割と直ぐに、中から「どうぞ」と声が掛けられる。
知らず握られる手にきゅっと力が込められた、気がした。
理事長…シキのお父さん。
一体どんな人なんだろう。厳しい人なのかな。怖い人だったらどうよう。めちゃくちゃ緊張してきたな…。
でももし、シキに似てるのなら…。
優しい人だったら、いいなぁ。
扉が開く。その向こうに、俺たちを呼んだ人物が立っていた。
すらりとした長身の紳士は、シキと俺を見るとにっと口角を上げ…繋いでいる手に視線を下ろすと、少しだけ目を見開いた。
あ、ヤバい?怒られる?
息子と手を繋ぐなんて、的な…?
ちらりとまた隣を見遣るも、彼はやはり固い表情のまま。繋ぐ手の力も緩められるどころかまたきゅっと強くなった気がした。
え、どうすんの。親父さん怒ってない?これ。
シキも親父さん…理事長さんも無表情で、何も言わない。何これ、なんの時間…!?
一人あわあわと視線を彷徨わせていると、ふと部屋の隅で俺たちを見守る影に気がついた。
彼もまたすらりとした体型で、まるで執事のように背を伸ばし、ピタリと壁に張り付いて控えている。
い、一体どういう状況なんだ…。ていうか二人、親子だけあって結構目付きが似てるな…?
手汗がそろそろヤバいと思い始めたその時、遂に理事長さんの方が口を開いた。
「あら、あらあらあらぁー!!」
「………言われた通り連れてきたぞ。もう帰っていいか」
「やだやだやだぁ!シキくんったらもうー!入ってそうそうそんな姿見せつけてくるとか、お父さんびっくりして固まっちゃったじゃん!てかそれ同意?ナナミくん大丈夫?こいつに嫌なことされてない???」
「は、えぇ、ええ?」
何がなんだかさっぱりである。
厳しそうだと思っていた理事長もといシキの親父さんはめちゃくちゃフランクだし、親父さんに対するシキはいつにも増してめちゃくちゃ辛辣だし、影で控えていた執事さんは俺の反応が面白いのか僅かに笑いを堪えている。
というかやっぱり理事長のキャラが、一番のびっくり要素である。
これマジでシキの親父さん?
テンションどしたん?めっちゃくちゃニヤニヤしてるし、女子高生みたいな仕草で両手を口元に寄せてシキに詰め寄っている。
「えぇー!てかめっちゃ不機嫌!ねぇ見てナナミくん!こいつめっちゃ不機嫌ー!あ、ソファー座って座って、ごめんねぇ突然呼び出しちゃって!びっくりしたでしょー!?」
「………チッ」
「ちょっとシキ!舌打ちは…!あ、すいませんありがとうございます座ります」
近所のおばちゃんかな。
手を繋いだまま、シキはめちゃくちゃ嫌そうに、俺は戸惑いを隠せないままふかふかのソファーに腰掛けた。
その正面に理事長も座って、すぐに執事さんらしき人が三人分の紅茶を持ってきてくれる。
いい匂いだ。ほっとする…けど。
置かれている状況との…というかシキと親父さんの態度の温度差がすごい。
「ショウゴくん、嫌なことはちゃんと嫌っていいな?手、離して欲しかったらちゃんとそう言うんだよ?」
「あぅ、えと…」
「うるせえ勝手に名前呼ぶなっつったろ」
「こらシキ!またそんな口の聞き方をして!お父さんが泣いてもいいのか!」
「勝手に泣けよめんどくせえ」
「ちょ、シキ…!親父さんだろ!?」
「いいもん!ショウゴくんに慰めてもらうもん!」
「え、えぇー」
「チッ」
あぁもうどうしたらいいやら…。
本当に泣くわけではないだろうが、こんなにフランク過ぎる人だとは思わなかった。
濃い。キャラが濃いよ。
元々突っ込みに冴えている訳でもない俺ごときにはとても捌ききれない…。し、執事さぁん!
視線で助けを求めるがやはり彼は壁に寄り添って、子猫のじゃれ合いでも見守るかのような温かい眼差しで此方を見つめるばかりだった。
ちくしょう、あてにならん!
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