シキが疲れて帰ってきた日の夕食の席で、俺はとんでもない発言を耳にしてしまった。気がするんだが。
「え、今なんて」
「ショウゴ、理事長に呼ばれてる」
気のせいじゃなかった。
待って、理事長って一番偉い人?で合ってる?
そんでその理事長さんが、俺を呼んでいると?
いや、全く分からん。テストは今のところほぼシキのおかげで赤点なんて取ってないが…?
「何で?俺何かした!?ま、まさか退学…?」
「違う違う。会ってみたいんだってさ」
「そっかぁ。よかったぁ。………いや、だからなんで?」
ますます分からん。
折角の美味しい夕食を半分ほど残したまま、俺は理事長との接点なんて何もなかったよな…?と自身の生い立ちやら学園生活を必死に振り返る。実は理事長って俺の親戚だったパターンか?
もしそうだとすると、兄の言った通りになる…?え、理事長って俺のおじさん?
あれやべぇ、混乱してきた。
ううむと眉間に皺を作って考え込む俺に、正面に座るシキがポツリと言葉を落とした。
「…おれの、ルームメイトだから?」
「シキの、ルームメイトだから?」
それとこれと、何の関係があるんだろう。
というか何故疑問形なんだよ。
あれちょっと待った。
理事長に呼び出されてるっていう俺的には衝撃のニュースで抜けてたが、そもそもどうしてシキがその話を持ってきたんだろう。
シキが理事長さんと何らかの繋がりがあるってことかな。二人は知り合いなのか?
視線で問い掛けてみる。
じいっと、箸を置いて俺は目の前でパチパチと瞬きを繰り返すルームメイトを見つめた。
長い時間が流れる。
体感的には数十分くらいだったが、実際時計の針が刻んだのはたったの数分だった。
その数分ののち、迷っていた唇が薄らと開かれるのを俺はじいっと見守った。
「………おれの親父。ここの理事長」
「んん?今なんて…」
「ここの理事長。おれの親父」
親父さん、理事長、親父さん…。
繰り返された言葉を咀嚼し、意味を考える。
俺の様子を窺うように揺れる不安げな瞳を視界に捉えて、そこですとんと腑に落ちた。
そっか、そういうこと。
「マジで?そうなんだぁ」
つまり、この学園の理事長がシキの親父さん。
ははあ!だから、息子のルームメイトである俺がどんな奴なのか気になると。ふむふむ。確かに変な奴が息子の同室だったら心配だもんな。
それにしても、へー。マジかびっくり。
理事長が親父さんなのかぁ…。
それで今回俺のような一般代表みたいな生徒がお呼び出しをいただいた訳だ。
なるほどなるほど。それなら、シキがその話を持ってきた理由もあっさり頷ける。
というか自分で思うが、一般代表ってなに。
俺が一人納得していると、向かいに座る彼が堪えきれないといった風に突然ふふっと声を漏らして笑い出した。
「ふっ、あはは!」
「え、何で笑ってんの」
「ふふ、あははは…。くくっ、悪い悪い。あまりにも予想通り過ぎる反応で…ふふっ」
「馬鹿にされてる?」
「してないしてない、寧ろ惚れ直したよ」
「んんーっ!またそういうこと言う!そんな要素あったか…?」
相変わらずこいつのツボが分からん。
だけど俺がいくら訝しげに見つめてみても、彼はやはり嬉しそうに頬を緩めるばかりだった。
頬が赤い。何がそんなにおかしいのか、俺は全く分からないんだけど。
「おれの父親がこの学園の理事長って知って、何か思わないワケ?」
「えぇ?何かって…。あーでも、家族が働いてる学校に通うのって何かと気まずそうっていうか…?授業参観でも気恥ずかしいのに、大変じゃないかなぁとか?」
「はぁー!もうだめだ!」
「だから何が!?」
くふふとこちらを見たまま、また笑いのツボにハマってしまった失礼な彼は笑い過ぎて瞳に涙を滲ませている。ここは怒ればいいのかそれとも一緒に笑ってしまえばいいのか、俺は一体どうしたらいいんだ。
「はぁーぁ。笑った笑った」
「あのさ、失礼って知ってる?」
「知ってる知ってる。その上で笑った」
「何て野郎だよ…」
「まぁそういうワケだからさ、付き合ってよね。親父への顔見せ」
「んー、いいけど。…顔見せ?」
「はぁー、笑いすぎたぁ」
「シキも一緒?」
「ん?もちろん」
「そっか、ならまぁ、いっか」
「………」
一人だと心細いけど、シキも一緒に行ってくれるんなら心強いな。
ふふんと少しだけ高揚する気分でまた箸を持つと、少し冷めてしまったが美味しい夕食を再び食べ始める。
その正面で、笑いなんてすっかり消えて呆気に取られているルームメイトの表情には気づきもしないで。
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