mitei あてにならない | ナノ


▼ 17

夕食後、リビングで二人でいつものように勉強会をしているとふとシキのポケットが震えた。
彼は画面を一瞥して眉間に盛大な皺を寄せながらも、「ちょっと悪い」と俺に断りを入れて廊下へ出る。

「はい」と気怠い声で応答したシキはいかにも嫌々だという態度を、電話の向こうの相手に隠そうとしていないみたいだ。

声はかろうじて聞こえるけれど、話している内容までは分からない。シキが自室に入ってしまえば声すらも聞こえなくなって、俺はしんとした室内に取り残された。

…別に、寂しいとか思ってないけど。

シキはたまに、少なくとも週に一度くらいの頻度で誰かと電話をしている。

そう言えば初めて会った日もそうだった。
食堂で席を外したあの時も同じ人と電話をしていたのかもしれない。

毎回同じ人なのかな。誰なんだろうなんて、全く気にならないと言えば嘘になる、けど。
訊けば教えてくれるだろうか。しかし、普段なら俺が訊いてもいないことでも教えてくれる彼だ。
そんな彼がわざわざ言わないってことは、別に俺が知る必要はないと判断したということで…。まだ告白の返事もしていない俺が、ずけずけとそこまで踏み込むのは違う気がする…。

なのに彼のポケットが震える度、それに嫌々ながらも彼が応えて俺の傍を離れていく度にどこかもやっとした雲が胸を覆うようなおかしな心地になる。何だろう、誰なんだろう、気を許せる相手なんだろうか。

彼にとって大事な相手…なんだろうか。

こんなことを俺が悶々と考える権利があるのかすら分からないけど、訊いてしまえばもしかしたらこのもやもやは晴れるんだろうなってことは分かる。分かるから、訊かない。
自分の気持ちをすっきりさせたいが為にシキの秘密を暴こうとは思わない。
…秘密なのかは知らないけども。

しかし本心では気になる…でも…。
いやいや、今は勉強に集中集中っ!

俺がパンッと頬を軽く叩いて気合いを入れ直したところで、彼が戻ってきた。

それも…今まで見たことがないくらいめちゃくちゃに不機嫌そうな顔で。

「あの…大丈夫っすか」

「………」

思わず声を掛けるも、ちらりと覇気のない視線を寄越されるだけで返事はなし。本当にどうしちゃったのか。

「えと、シキさん?何かあった?」

「………んん」

「とりあえず座りなよ。あ、俺の膝に座る?なんちゃっ「座る」」

お、おう…。マジか。
何か元気がなさそうだったから心配してたんだけど、冗談で発した言葉に思いの外勢い良く食いつかれてしまった。
しかも有言実行、彼は返事をするや否やすぐに俺の膝…というかあぐらをかいていたその間に腰を下ろした。

逆ならまだしも、これは中々珍しい体勢だ。立って並ぶとシキの方が背が高いのに、こうして座ると座高に大差ないということはまぁ…そういうことなんだろうな。

やはりまだちょっとだけ元気がない背中をまじまじと眺める。さっきの電話で何かあったのかな。十中八九そうだろうな。だって電話に出るまではいつものシキだったもんな。

「…ショウゴ」

「あ、はい」

穴が開くんじゃないかってくらい背中を凝視していたら、やがてその背の向こうからポツリと声が落とされた。やっぱりいつもより覇気がなく、本当に不本意だという気持ちが滲む声だ。何に対してなのかは分からないが。

「明日、放課後…。おれと帰ったら寮で待っててくれる?ちょっと用事出来た…から」

「そうなん?わざわざ一緒に帰らなくても、そのまま用事行っていいよ?」

「いや送る。マジで、本当にすぐ帰るから待ってて。あと…これは出来ればなんだけど…」

「おう?」

「帰ってきたら、おれのこと、めちゃくちゃ甘やかしてください」

「お、おう。…へ?」

「頼んだ」

こちらを振り向かないまま話す背中はやっぱりまだ元気がなさそうで心配になる。明日、彼に一体何が待ち受けているというんだ。

「というかさ、甘やかすって具体的に何すれば…?」

「うーんと、まずおかえりのハグと、唇にはしないからめちゃくちゃキスさせて。それから、」

「へぁっ?あー、明日考えよっか」

訊くんじゃなかったぜ。
自分で墓穴を掘ったことを半ば後悔しつつ…スキンシップ自体は別に嫌とかではないんだけど…俺は一向にこちらを振り向かない背中にぽすんと頭を預けた。
ピクリと僅かな振動が伝わるが気にしない。

というか、ハグだキスだと言う奴がこれくらいの触れ合いで動揺してどうするんだ。

「あのさ、シキ」

「…なぁにぃ」

「その、何があったか知らんけど、無理はすんなよ」

「まさに今、超無理を強いられてるけどな」

「…?」

とりあえず背中から離れるとシキはすぐに俺の脚の間から立ち上がり、無言のまま隣に座り直した。こほんと一つ咳払いをしてまた勉強会を仕切り直す。

ちょっと元気になったみたいで良かったけど、無理、してんのかな。大丈夫かな。
しかし俺の心配をよそに、あとはもういつも通りのシキだった。

ただ一つ違ったことと言えば眠る前、いつもよりずっと長くきつく抱き締められた上に思いっ切り匂いも嗅がれたことくらいかな。
やっぱ疲れてんのかなと思ってされるがままにしているとやがて首筋に歯を立てられたので、それはさすがに怒ったけど。

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