mitei あてにならない | ナノ


▼ 11.side-the other

side.the other

近くで見ても毛穴ひとつ見つからない、白磁のような艶やかな肌。
切れ長の瞳を縁取る長くカールした睫毛に、その奥に守られている黒い宝石。
そして瞳と同じような夜闇の色をした、きらきらと天使の輪を纏って風にも簡単に揺らめく絹のような髪。

顔だけではなく、立ち姿も凛々しく美しい彼はその一挙手一投足が品に溢れ、纏うオーラもその辺の奴らとは全く違う清廉なもの。
「美しい」という形容詞は、彼の為に生み出されたのだと疑いなくそう思ってしまう。

「はぁ…。今日も素敵です…」

ヤツガミくん。

こうして遠くから見ているだけでも、ほう…と感嘆の溜め息が漏れるほど神々しい彼。
あの人は僕の憧れでもあり、好きな人…でもある。
「好きな人」だなんて、烏滸がましい考えかもしれない。「崇拝している」と言った方が正しいかも。

この学園には高等部から通い始め、そして入学と同時に彼の存在も知った。初めはただの対抗心みたいなものだった。
僕だって、昔から「可愛らしい」とちやほやされてきたし容姿にはそれなりの自信があったのだ。
だけど彼に出逢って、実際にその姿を直に目に映してその自信など容易に打ち砕かれた。

彼は別格だったのだ。

全てが完璧なその容姿だけではなく、日々の勉強への姿勢、抜きん出た運動神経、そして何よりも周囲を圧倒してしまうあの神々しいオーラ…。

一時期、もしかしたら自分がこの世で一番優れているのかもしれないなんて考えを持っていた自分が今は猛烈に恥ずかしい。
僕なんて彼の前ではただの観衆にすぎなかった。だけどそれでも良かった。

ただ同じ学年というだけでも奇跡なのに、二年生になって同じクラスになった時は僕はやはり神に愛されているとすら思った…のに。

二年生も後半、秋になってから、どうやら彼の様子がおかしい。
詳しく言えば、このクラスに転校生がやってきてから…だろうか。

僕の知っている彼は、笑わない。
愛想笑いのように周囲を寄せ付けない笑みは稀に見ることがあったが、思い切り歯を見せて楽しそうに笑っている姿なんて見たことがなかった。
今まで彼のルームメイトになったことのある人達に訊いてみてもみな一様に、彼の笑顔など見たことがないと言っていた。

彼の笑顔が見られるのはいい。眼福だし、彼が楽しいのなら僕だって喜ばなければ。
ただ一つどうしても解せないのは…彼が笑うのが、転校生に対してだけだということ。

名前は忘れた。ただ新しくこの学園に編入してきたというそいつは何故かヤツガミくんと相部屋だという。
今までヤツガミくんは誰とも相部屋になりながらなかった。一年生の後半から、この秋まで。
僕だって本当は何度も先生に直談判して、何かと理由をつけて彼と同じ部屋にしてもらおうとした。けどダメだった。

なのにアイツは…転校生は一体どんな手を使ったのか。まさか理事長でも脅したのか、それとも特別なコネでもあったというのか。

彼らは、朝は必ず一緒に登校し、昼休みも二人で何処かへ消え、放課後も、例えどちらかが掃除当番だったとしてもそうでない方が手伝ってほとんど必ず一緒に帰る。同じ、部屋に。

端から見れば仲良しだ。
本当に誰の入る隙もないほど、仲が良く見える。
良すぎる。

…おかしい。

絶対におかしい。
今まで誰ともつるまず固定の相手を作ることのなかった彼が、一匹狼を貫き通していた孤高のヤツガミくんが、あんな風に誰かと…もっと言えば何の特徴もない地味な奴と仲睦まじく過ごしているなんて。
何か裏があるに違いない。

だって、アレでいいなら僕だって仲良くなれるじゃないか。正直僕の方が、あんな平々凡々よりずうっと彼の隣に相応しい。
納得いかない。転校生は何かおかしな手を使ってヤツガミくんを騙しているに違いない。

そう思った僕は、暫く彼らを詳細に観察してみることにした。

観察一日目。

やっぱり彼らは今日も、一緒に教室へ入った。朝、一応彼らの部屋を遠くから覗いていたけれど出てきたタイミングも一緒だった。
寮から校舎までさほど距離はないにしろ、彼らは部屋から教室まで片時も離れることなく肩を並べていた。

まぁヤツガミくんの身長からすればあのちっぽけな転校生なんてチビで弱そうで、並べていたといっても全然その高さには揃っていなかったけどな。
僕も、あの転校生と身長は同じくらい…いや、もしかしたらもう少し低いくらいだろうけど…さほど変わらないなら僕が隣に並んだ方が絶対見栄えが良いだろうに。
そう思いながらも観察を続ける。

背後からじゃ何を話しているのか雑踏でよく聞こえなかったが、教室に入れば彼らの会話がよりクリアに聞こえるようになった。

「………だから、」

「………だろ」

…もう少し近付こうか。

僕は彼らに怪しまれないように、友達でもない奴の席に行って座らせてもらう。
ちょっと上目遣いでお願いすればホラ、大抵の奴は簡単に言う事を聞いてくれる。

さっきよりも近くなった距離で更に聞き耳を立てていると、ヤツガミくんの見た目の印象よりも低く綺麗な声と、転校生の特徴のない声が交互に聞こえてきた。
それにしても流石ヤツガミくん、話す声までも美しい。旋律のような美声…。ずうっと聞いていたい。間に挟まってくる雑音が邪魔だけど。

「別に…ショウゴがやんなくてもおれが」

「いやだからさ、毎日お弁当作ってもらってるの申し訳なくて。たまには俺が作りたいんだって」

「ショウゴの弁当…手作り…か。………国宝」

ヤツガミくんが顎に手を当てて何かを考え込む仕草をしている。美しい…。その仕草こそ国宝級だと僕は思うが、え、今なんつった?
ヤツガミくん、何に対して「国宝」って言ったの?聞き間違えた?

彼の呟きが聞こえていなったかのように平凡な転校生が続ける。聞けよ、彼の話をちゃんと!

「まぁ、そりゃあシキの手作りには全然及ばないかもしんないよ?でもやっぱりちょっとくらいは俺も役に立ちたいっていうかさ」

「そんなのおれが好きでやってるから気にしなくていいのに」

「そんでも俺も作りたい」

「かわいいかよ」

おっとぉ。…どうやら僕の耳は今日は調子が悪いみたい。
間髪入れずの「かわいい」。何に対しての「かわいい」ですか?
あ!そうか、もしかして…日本語ではない?僕の考える「かわいい」と同じ発音の、でも何か違う国の言葉かもしれない。
英語もペラペラって聞いたことはあるけれど、まさかバイリンガルどころかマルチリンガルなんて…!流石ヤツガミくんだ…!

「やっぱ駄目っすかね…シキさん」

「駄目じゃあないけど…ショウゴ、朝苦手じゃん?ちょっとでも寝かせておいてやりたいし…でも手作り…悩むなぁ」

「そこは頑張って起きるよ!」

「おれが起こすよ?いつもみたいに」

は?なんて???

「それじゃ意味なくね?結局早起きじゃん」

「あ、それじゃあさ、一緒に作るっていうのは?時短にもなるし」

「それじゃあお返しにならないっていうか」

「初めのうちは、一緒にやった方が色々やりやすくない?その方が色々教えられるし。…ダメ?」

「んー確かに…?じゃあ、料理…教えてくれる…?」

「料理どころか何でも教えるよー」

えーと、耳鼻科…空いてるところ、検索。
情報量が多い。待って。待って?

いや、ちょ、ちょっと待って???

お昼休み、いつも二人で何処かへ消えるのは知っていた。学食にもいなかったし、もしかして二人で何処かで食べているんだろうってことは容易に想像がついていた。
だけど想像だし、現実味はなかった。そうして今、現実として突きつけられた。それもたくさんの欲しくなかった情報とともに!

まず、二人分のお弁当はいつもヤツガミくんが作ってる。
あんの野郎、何てことさせてるんだ…!と一瞬怒りを覚えたのも束の間、「好きでやっている」という彼の言葉に凍り付く。
そして彼は、あの美声で転校生野郎を、毎朝起こしている、らしい。「いつもみたいに」って…楽しそうに…。

頭の処理が追いつかない。いつも教室で度々彼らの会話を盗み聞きすることはあったが、こんなにも日常生活を匂わせる会話をがっつり聞いたのは初めてだ。
新婚生活の惚気か!と言いたくもない突っ込みが喉まで出掛かってしまうほどに…甘い。
何より会話している彼の声音が、表情が…甘い。今まで見たことどころか、想像したことだってない。いや、想像くらいなら…ちょっとはしたことあるけど…。
実際は僕の想像なんて何もかも超えていた。彼は、こうも人に尽くすタイプだったのか。…意外過ぎる。

落ち着け自分、彼は騙されてるんだ。あのぽやぽやした何を考えているかも分からない転校生の野郎に…!
まさか催眠術か?催眠術にかけられているか、もしかしたら惚れ薬でも飲まされた…!?
あ、ありえないことじゃ…ない…よな。だってそうでなきゃ、こんなにも人が変わったヤツガミくんの説明がつかない。

まるでそう、転校生の奴に好意を持っている…みたいな。

………。
いや、決め付けるのはまだ早い。僕はもう少し、彼らの観察を続けることを決意した。

いつもなら胸をときめかせるであろう、漆黒の暗い視線には気づかずに。

観察二日目。

異常なし。
いや、あると言えばあるのだが…主に人格が変わったのかと思えるほどのヤツガミくんの転校生への相変わらずの態度とか。
だがその原因は未だ掴めない。せめてあの転校生が一人になればこちらも何かアクションを起こせるだろうが、如何せんその隙が無い。
何故ならヤツガミくんが常に、言葉の通り常に転校生の傍に居るからだ。いや、言い方を間違えた。
転校生の奴がヤツガミくんから引っ付いて離れようとしないせいだ。きっとそう。彼は…ヤツガミくんは何か事情があってあの転校生を無碍にできないに違いない。

待っててヤツガミくん。僕がその証拠を掴んで、あなたを自由にしてみせる!

そう意気込んで観察という名の監視を続けること三日、四日…。未だに確たる証拠どころか何の情報も掴めない。
帰りもそろっと二人の後をついて寮まで帰り、出来る限り彼らの会話からおかしなことはないかと探っているが…。

その結果何故か彼らのご飯事情にだけ詳しくなってしまった。昨日、一昨日何を食べたか、それが転校生にとって好みのものだったのかどうかとか。
クッッッソどうでもいい!ヤツガミくんが何を食べているのかは貴重な情報だけど、それにしては要らない情報の方が多過ぎる…!

そして一週間ほど経っても、相変わらず転校生の正体が露になる様子は無い。なんて周到な奴なんだ。ここまでしても尻尾も出さないなんて。
僕がこうしている間にも、ヤツガミくんはアイツの思うままに操られているかもしれないっていうのに!

…そろそろ強硬手段にでも出るべきだろうか。

僕がこうして一人でもだもだしていてもどうにもならない。
使えるものは何でも使おうか…。

この学園はよく創作でみる「王道学園」ではないので親衛隊とやらはない。だが、ファンクラブに近いものは存在する。
ヤツガミくんは本人が頗る嫌がるので密かに結成されたものがあるらしい。

そして、実は僕のファンクラブも存在するのだ。
彼らに「お願い」という名の命令を下せば、あの意味不明な転校生を攫って尋問できるかもしれない。

早速僕はスマホを取り出して、ファンクラブの中でも特に強力な運動部の奴らに声をかけた。
「放課後、体育館裏に転校生一人を連れてくるように」と。

にやりと口角を上げる。さて、どうしてやろうかな…。

そうしてあっという間の放課後。
今日はヤツガミくんが掃除当番なのであの金魚のフンも一緒に掃除するのだろうか。ヤツガミくんは陽動班が引きつけているはずだから、それから…。
そう頭の中で計画を練るが、教室には二人の姿はない。ヤツガミくんの姿も、陽動班とともに消えている。
予定より早いが、もう計画が始まったということだろうか。

ふふふっ、これでやっと彼らを引き離すことができる…!

喜び勇んで指定した体育館裏に向かう。アイツはどんな本性を現すだろう。どんなに性悪な奴なんだろうか。
どう尋問してやろう。そうだ、アイツが使ったであろう手を使って僕も彼の同室になれるかもしれない!
自然と口角が上がる。それを隠しもしないまま、目的地に到着した僕の目に映ったのは…。

「あ、やっと来た。主犯さん」

「ヤ、ツガミ、くん…?」

箒を持ったまま、地面に横たわる数人の上に遠慮なく仁王立ちする憧れの人の姿だった。
美しい…と、彼を見て思えなかったのはこれが初めてだった。

「さっさと終わらせよう。部屋でショウゴが待ってる。早よ帰って抱き締めたい」

「あ、えっと…な、なにを…」

「ちょっとお掃除ー。てかそれはこっちの台詞。お前ら、ショウゴに何しようとした?」

「そ、れは…」

言葉を上手く紡げない。箒を持って僕に近付いてくる彼はいつも通り気高く美しいもののはずなのに、清廉なオーラを纏っている…はず、なのに。

怖い。

その感情が僕の身体を支配していた。
無表情だ。無機質で、漆黒の眼差しは僕を見ているようで何も映してはいない。

疑問形なのに、答えなど初めから分かっているみたいな…。

「あいつに危害を加えるならそれなりの覚悟をしてもらわないと。なぁ?…」

「ひぃっ!」

初めて名前を呼ばれた。僕の名前を。あの美声で。
なのに漏れたのは感嘆の溜め息でも喜びの涙でもなく、情けない叫びにもならない声だった。

笑っていない彼なんてずうっと見てきた。これが、彼の在るべき姿なんだと勝手に思っていた。
その彼が実際目の前にいて、多分手を伸ばせば届く距離まで近づいてきて…僕の名前を呼んでくれた、なのに。
どうしてこんなに怖いんだ。震えが止まらないんだ。勝手に涙まで溢れてきてしまいそう。

憧れ、なのに…。

白磁のような白い頬には、赤がよく映えるなんて場違いなことを考えて僕は現実逃避していた。
地面に転がる数人の生徒は僕が命令した運動部の奴ら。それを小枝みたいに踏みつけて、にじり寄ってくる彼の瞳はブラックホールのようだった。

「ずーっと、気づいてたよ。おれらのこと監視してること。すっげうざかったけど、尻尾出すまで敢えて泳がせてやってたんだよ」

「えと、ぼ、僕は…その!」

「言い訳は要らない。何?どうせ今までと別人みたくなったおれを見て、勝手に幻滅とかして勝手にショウゴのせいにしたんだろ」

「うっ」

言い返せない。幻滅をしているつもりはなかった。だけどこんなの僕が知ってるヤツガミくんじゃないと決めつけて、それで転校生に危害を加えようとしていたのは確かだったからだ。
全てを見透かしたような顔で彼は笑う。でもあの笑顔とは全然、似ても似つかない。
見る者を威圧し、凍り付かせるような笑みだ。

「うぜ。もうそういうのいいから、放っといてくんない。まぁショウゴのせいっちゃせいなんだけど」

「やっぱり…!」

「『せい』というより、『おかげ』かな。お前らに話す体力もったいねぇ」

「そんな、ヤツガミくん!騙されてるんじゃないの?あの転校生に、脅されてたり」

「チッ」

「………っ!!」

舌打ち一つで、僕を黙らせるのなんて容易だった。
彼はやはり何も映さない瞳で僕を見下ろしながら、心底面倒臭そうに言う。

「頼むから邪魔しないで。ショウゴに手出したらおれ…マジでなにするか自分でも分かんねえよ?」

「それだけの覚悟、ある?」と問う彼の頬には、真っ赤な返り血。
彼の瞳ではなく、その赤をぼうっと眺めながら僕は無意識に「…ごめんなさい」と呟いていた。彼が、笑う。もちろんそこに温度などない。

「謝るくらいなら最初っからすんなよ」

「…はい」

「てめぇん中のおれがどんなに神聖化されてっか知らんしどうでもいーけど、おれの言いたいことはひとつだけ」

今度は嫌でも顔が見えるように屈んで、僕と顔を合わせた彼が言う。こんなに近づいたのはもちろん初めてで、いつもなら嬉しさで胸が高鳴ってしょうがないはずなのに…。
今は不思議と鼓動は落ち着いていた。現実味が、なかったからかもしれない。

「ショウゴに、手を、出すな」

一文字一文字が呪いみたいに絡まって僕に降りかかってくる。
彼の後ろで、倒れて呻き声を上げている奴らがぼやけて見える。

そうしているうちにも「見てるからな」と言い置いて去って行く後ろ姿。いつもみたいに感嘆の溜め息は出てこない。

代わりに零れるのは一筋の涙と…今までの自身への問い。
僕は結局…何をしたかったのだろう。

「…ごめんなさい」

誰に対する謝罪だろう。

ここに倒れているのは僕の勝手で傷ついた人たち。
僕も同じように殴ってくれた方が、幾分かこの罪悪感もマシだったかもしれないのに。

そうして翌朝。
いつも通り二人は仲睦まじく登校してきた。彼らをチラリと見た僕は、転校生の首筋のソレに気づいて動揺した。
そうしてそれを「自分がつけたのだ」と見せつけるように、転校生の肩越しに僕を見つめる彼に、僕は…。

僕が今まで「神聖視」していたあのひとは、初めからどこにもいなかったのだと漸く気づいた。

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