mitei あてにならない | ナノ


▼ 9.side-シキ

side.シキ

ショウゴとどうせ…じゃなくて、相部屋になってから早くも一ヶ月が経った。
学園生活にも徐々に慣れてきたようだし、おれとの生活も…慣れてきてくれているようだ。
というか、慣れすぎだろ。

彼はおれがいつ抱き締めようが頬や瞼にキスを落とそうが、本当に嫌がるどころか意に介す様子もなく、まるで犬にじゃれつかれているみたいな反応をする。
挙げ句の果てにはおれが腕を広げると条件反射で胸の中に飛び込んでくるという始末。

…誰だよ彼をこんなにしたの。おれだよ。

もしかして彼は大家族の中で多くのスキンシップに触れて育ったのかと思ったが、調べた限り兄弟は兄が一人。そして海外赴任中。

おれが顔を近づけると反射的に目を閉じる彼の顔を見る度、頬や瞼ではなくて違うところにキスしそうになるし、抱き締めている間も色んな煩悩が沸き上がってその内押し倒してしまうのではと心配になる。

何故彼は、おれがあんなに触れても嫌がらないのか。

そこでふと、おれは気がついた。
ショウゴはおれのこの下心に気づいていない、おれの気持ちを知らないからスキンシップ過多でも気にしていないのではないか、と。

つまりはハグもキスも、ただの友達同士のじゃれ合いで、彼にとってはそれ以上でも以下でもない。
意識するとかそれ以前の問題なのでは。

…そしておれは、彼のそんな鈍さや優しさに付け込んでいるだけだ。

そんなんじゃあ、おれが嫌ってきた奴らと同じなんじゃないか。
おれの本心を知ったらきっと彼だって、彼だって…おれから離れるかもしれない。

さすがに気持ち悪いと思われるかも。部屋替えを頼まれるかも。…避けられる、かも。

とても嫌な想像が脳裏を過るが、このままなぁなぁにしておく方が嫌だった。
おれはできる限り彼に嫌な思いをさせたくないし、そして自分も嫌な思いをしたくない。

だから己の本心を打ち明けることが果たして正解なのかどうか、全く、これっぽっちも分からなかったがおれは打ち明けることにした。
例え結果がどう転んでも、このまま何も気づかない彼をおれの良い様にしておきたくはなかったからだ。

もちろん傷つけたい訳がない。
嫌われたい訳でもないし、絶対に離すものかとまだしぶとく叫んでいる自分もいる。

だけど決めるのはショウゴだ。
おれが今までされて嫌だったことを、彼にもしてしまうなんて耐えられない。そんなこと、おれは望んでなんかいない。

きゅっと唇を引き結んで覚悟を決めた。
ノックをし、自分の部屋で勉強しているだろう彼に声を掛けた。

そうしてリビングに出てきた彼にソファーに座るよう促し、おれはその隣に正座する。
隣というか…下かな。

ソファーでなくラグの上に正座して下から自身を見つめてきたおれに、彼は驚いたようだった。
正座なんてやめてちゃんと隣に座るように言い聞かせられるがおれは頑なにそのままの体勢で、話を始めた。

「突然ですがショウゴくん。お話があります」

「は、はい…?」

どきどきする。
嫌われるだろうか。怖がらせてしまうだろうか。

…もう、関わってくれなくなるだろうか。

そんな不安を全て抱えたまま一度大きく深呼吸して、おれは続けた。

「単刀直入に言う。おれはショウゴが好き」

「えと、俺もシキが好きだよ?」

「恋愛感情がある。ショウゴのこと、そういう意味で好きだ」

「へぇー、恋愛感じょ…お、おぉぉ???」

「うん。すげぇ好き」

「あっ、えぇっと、これはドッキリ?」

「真剣に、告白」

「そぉ、なんだ…?え、うそでしょ」

チクリとするのは、どこか分からないところ。
彼はまだ拒否の姿勢は見せない。というより、混乱が圧勝しているようだ。

「真剣だよ。こんな嘘吐かない。好きだショウゴ。お前が好きなんだよ」

「う、え、えぇぇ???」

まだ混乱してる。
おれは正座をやめ、彼の隣に腰掛けた。
おれの体重分だけ沈んだソファーに、彼もおれが隣に来たことに漸く気づいたようだ。

「今まで黙ってて悪かった。ハグもキスも、全部下心があってやってたことなんだよ…。本当にごめ、」

「ままま待って待って、何で謝るの?」

「は?」

「いやだって、シキ何か悪いことした?俺なぁんも心当たりないよ!」

「や、だから、おれはショウゴのこと好きなんだよ?」

「えぇっと…五百歩譲ってそれが本当だったとしても…シキ何も悪いことしてなくない?」

「めちゃくちゃ譲るな?だから言ってるだろ、下心があったって」

まだ分かっていない顔をする。
本当に伝わってないのだろうか。

勝手に触れるのは…なんて今さら思いながら彼の手を取っておれの胸に当てた。多分、これで伝わるだろう。

暫くそうしていると彼もおれの意図が分かったみたいで、手の平に神経を集中させている。
それからだんだんと、ほんのりとだが頬が朱く染まった。

「うぇ、う、嘘じゃないんだ…」

「そう言ってるっしょ」

「でも、でもさ…俺なんかのどこがいいの?何の取り柄もないし、俺シキに好かれるようなことなんも」

「あ"?」

「ひっ!すいません!!」

やべ、思わず睨みつけてしまった。
おれをこんなにしておいてこいつは一体何を言っているのか。
何も取り柄がないだと?何もしていないだって?

こいつは一体、自分を何だと思っているのか。

おれの割とマジな怒り顔で怖がらせてしまったが、そう思ったのは本当。

…優しいのはそっちの癖に。
底抜けに優しくて人の感情の機微に敏感で、おれのために怒って泣いて、傍にいてくれた。

大事なんだ。
だから何の取り柄もないとかどこがいいんだとか、そんな悲しいこと言わないで。
好きなところなんて挙げればキリがないわボケ。

「…とにかく、おれは、ショウゴのこと、そういう目で見てるよ」

「う、うん…」

「返事が欲しいとかじゃない。ただこれでもし、嫌だと思ったなら…部屋を…変えてくれても…」

「やだ」

「え」

出た。彼の必殺技、無意識の「やだ」。
本心なんだろうが、彼の真意が分からない。

だっておれと同じ気持ちな訳がないのはこの一ヶ月見てても分かったし、それどころかおれの下心にも全く気づいていなかったくらいだ。

なのに「やだ」とは。一体何が「やだ」なんだ。

「あ、ゴメン。シキの気持ちは嬉しい…と思うけど、いやゴメン、やっぱまだ実感ないし何で俺なのか訳分かんないけど。でも、今の言われて嫌だとか全然思ってないし」

「つまり…?気持ち悪くないの…?」

「なにが?」

「おれが」

「はぇ?」

何を言っているんだこいつって顔された。
頬つねっていいか?
思わずつねると、「あでででで」と情けない声が漏れた。どうやら夢じゃあないらしい。

嫌じゃない?気持ち悪くも、ない?
そんで、部屋替えもしたく、ない…?

「おれ、今まで下心満載でお前に触ってたんだよ?今もすげぇキスしたいって思ってるし、もちろんそれ以上のこともしたいって思ってるんだよ」

「そうなの?マジで!?」

「何で今そんな驚いてんだよ!さっきからそう言ってるだろ馬鹿!」

「な!馬鹿は言い過ぎだろ!」

「だから!気持ち悪くないのかって訊いてんの!おれのこと、嫌になったんじゃないかって…」

今までのおれならすぐに殴ったり蹴ったりしていたかもしれない。
だからどうして彼がおれを拒否しないのか、理解できない。なのに。

「だから!なってないってば!部屋変えるのもやだ!シキと一緒がいい!」

「………アホなのか?」

なのに一生懸命に「おれと一緒がいい」なんて叫ぶ彼を見て、思わず漏れたのはそんな言葉だった。

マジで。ウソ。うれしい、けど…。
この子何言ってんの?本当に?だって、おれは今までお前のこと…え、聞き間違えた?

「何だよ失礼な。そもそも何でシキが俺を好きだと気持ち悪いってことになんの!俺はそんなこと思ってないって言ってんじゃんバカ!アホ!」

「へぁ、待って、ちょっと待って」

「なんだよもぉお」

「一応訊くけど、ショウゴはおれのこと好きなわけ?もちろん恋愛対象として」

「あ、悪い。それは多分違うけど」

「バッサリ振るなや」

「さーせん」

違うんかい。
関西人でもないのに思わず関西弁で突っ込んでしまった。でも、なら、尚更訳が分からん。

両想いなら部屋が一緒がいいってのも分かるけど、特にそうでもないならどうして。

おれはショウゴのこと守るって誓った。
だからできるなら…おれ自身からも守ってやりたいのに。そう思って、吐露したのに。
こいつはそれでも離れようとしないらしい。

心底理解ができない、のに…。

どうしようもなく嬉しいと喜んでいるおれがいる。うれしい、すき、だいすき。なんで?
でも、何でだってはなれたくない。はなしたくない。すきなんだ、どうしたらいい?

守りたいのに。傷つけたくないのに。
お前から離してくれなけりゃ、おれから離せる訳もないのに。

「…おれと、部屋一緒のままで、いいの?」

「だからそう言ってる」

「なんで?あ、一回襲う?」

「おそ…?あ!もしかしてシキは俺と一緒だと気まずいとか…?なら、」

「気まずくないけど」

「そっか…。シキは、部屋変えたい?」

「変えたくない。おれも…お前と一緒がいい」

「ならいいじゃん」

「よくない」

「堂々巡りだなぁ」

確かに。これじゃあいつまで経っても「なんで?」の攻防戦が終わらなさそうだ。

そこで、おれは自分の過去をショウゴに話すことにした。と言っても軽く、色々かいつまんで簡潔に。ただ部屋替えが多かったことと、その理由としてほとんどの奴がおれに好意を持ってきたこと、それからおれはそれが嫌だったこと。
そうして今はそれと同じようなことを、お前にしてしまっているんじゃないかってことを。

そんなことを話すと彼は目をパチクリさせて、しみじみと呟いた。

「シキは、なんも悪くないじゃん…」

「………っ」

泣きそうに、なった。誰かにずっと言って欲しかった言葉を、彼はこんな風に簡単に言う。
さらりと何でもないような調子で、心を直接撫でるようなことを言うんだ。

「…すきだ」

「うん」

「すきだよ」

「…うん」

「傷つけたく、ないんだ」

「俺は全然、傷ついてないよ」

「嫌われたく、ない」

「言ったろ。シキのこと好きだって。恋愛対象かは、分からないけど…」

「一緒に、いたい」

「俺もだよ。だから部屋は変えない」

「でもおれ、またお前に触るよ?一緒にいて、絶対我慢できないよ」

「それは…まぁ、今までくらいのスキンシップなら、いいかな。キスとかは…したことないから分かんないけど」

「下心あるよ?触っていいの?」

「んー、嫌悪感はないよ?」

「………馬鹿すぎんか?」

「今、殴っていいか?」

いいよって笑って言ったら、ちょっと引いた顔をされたので再び頬をつねった。

まだ一緒にいていいのか。
部屋、変えなくていいのか。

おれのこと、まだ「好き」でいてくれるのか。

アホすぎる。だけどヤバいな、泣きそうだ。
拒否されるかも、もう話してさえくれないかもって思ってたからなぁ。

こいつ優しすぎて心配になる。
どうしよ。もう本当に、変な奴に引っ掛からないか心底心配だ。

おれだけで十分。
こいつにこんなに振り回されるのも、振り回すのも…おれだけでいい。おれだけがいい。

「ショウゴ、覚悟しろよ」

「な、なにを…?」

「公認『スキンシップ』、おれはちゃんと警告したからな」

「お手柔らかに…お願いします」

そこはお願いしちゃいけないと思う。
ぷっと吹き出すと、彼も緊張が解けたのかふっと顔を綻ばせた。

どうやら下心アリでも触っていいらしいから、遠慮なく顔を引き寄せてキスをする。
頬でもなく、瞼でもなく。

ギリギリ唇の端に。

顔を離すと彼はきょとんとしていたが、徐々に頬を赤らめた。

それでいい。ちょっとずつでもこの意味を、重さを分かってくれれば。

いいって言ったのはそっちだぞ。
絶っっっ対…離さねぇかんな。

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