あいつがまた学校を休みだしてから、何日経ったろう。そんなに経ってない気もするし、めちゃめちゃ長い間いないような気もする。
毎日鬱陶しいほどに一緒にいたからか、独りで帰る道はやけに広いし、電車だって嫌なほど静かで…。相変わらずメッセージには既読もつかないし、連絡もできない。
今どこにいるんだろ。
何してんの。
今回は大丈夫って、何が大丈夫なんだよ。
もっとちゃんと分かるように説明しろよあのバカ。変態。…クソ野郎。 だから不安になるんだよ…。
…こんなにあいつのことばっか考えんのも腹立つな。
という訳で無理やりにでも思考を切り替えようと出掛けた、とある休日。
下りのエスカレーターで俺の前に並ぶカップルがいた。
彼らはきっと恋人同士なのだろう。
そう思ったのは彼らの表情からだった。
一人は後ろ姿しか見えないが、一つ下の段から相手を見上げる彼の姿、その眼差し。
それはとても柔らかくて、穏やかなもので。
他人の俺から見ても分かるくらい、相手のことが大好きでしょうがないんだろう。
いいなぁ、何だかこっちまでほわほわするなぁ。別ににこにこ笑っている訳じゃなかったけれど、それでもその眼差しだけで本当に相手を大切に想ってるんだろうと分かってしまう。
本当に心から相手を愛してるんだ。
それくらい甘い表情をしていた。
そうしてその表情から、俺は自然と一人の人物を連想してしまった。
いつもヘラヘラしてて、無駄に背が高くて、猫っ毛をふわふわ揺らして、いつもいつもあんな風に笑いかけてくる変態。
そうだなぁ。あの変態も、いつもあんな表情で俺、を…。俺を?
………ん?
何であの人とあの変態が重なったんだ?
何で、あの表情で奴を連想した?
笑い合うカップルがやがて離れていった。
小さな子どもとそれを叱る親御さんの声が遠くに聞こえてくる。
「ママー!あのおにーちゃん、お顔真っ赤だよ!」
「こら、指ささないの!」
本当に、心から、相手を…。
『ねぇ』
耳に残ってる、声が囁く。
そのたった数文字だけで、何故だか顔が熱くなった、のに…。
「うそ…だろ…」
芽生えたものに、気づいた瞬間。
いや、いつからか芽生えていたそれは、もう結構な大きさに育って知らぬ間に心ごと覆っていたらしい。
いやでも、ほんとに?わかんない。勘違いかも。思い過ごしかも。…そうじゃ、ないかも。
なぁ、教えて。おしえてよ。
「ふじくらぁ…」
目頭が熱くなる。あんの馬鹿…。
なぁ、何で今、お前は隣にいないんだよ。
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