藤倉にキスされた。
それは別に珍しいことじゃないし、かなり変態ちっくではあるがこいつなりの『スキンシップ』だと思ってた。けどなんか、下に家族もいる自分の家でされるとすごい恥ずかしいというか、なんて、いうか…。
な、なんで…?
「ふはっ、澤くんかわいー」
「あ!馬鹿にした!」
「してないよ、ただ愛でてるだけ」
「だからそれが意味わか、ん!」
まただ。
今度はぎゅっと肩まで抱き寄せられて、上半身が思い切り密着してる。
キ…スも、さっきの唇に掠めるだけみたいなものじゃなくて、噛みつくような、熱くて深いものに変わっていった。
さっき食ってたお菓子、口の中に残ってんの全部舐め取られそう。なんて馬鹿なこと考えてないともってかれる…。
この雰囲気に、妖しい光を宿したその瞳に、もうすっかり慣れてしまったその体温に…身体を駆け抜ける心地好さに。
「ふっ、もっと口、あけて?」
「ばっ、あ…んぅっ!」
恥ずかしい。声抑えらんない。涙が自然と頬を伝うのに、それすら見逃さないで赤い舌が舐め取ってゆく。そうしてまた漏れそうになった声すら飲み込んで、いとも簡単に俺を捕まえてしまうんだ。
「…ん、いーこ」
「ふっ、も、や、ぅ…」
後頭部をがっしり固定され、腰まで強く引き寄せられて顔を引き離せない。熱いし恥ずかしいし、声が漏れたらって思うと気が気じゃないのに…俺の手は情けなくもこいつの肩をぎゅっと握り締めるだけ。押し返すこともせずにただ、されるがままにベッドに身体が傾いていく。
やべ、後ろ…ベッド。
何がヤバいのか、それすら考える間も無く与えられる気持ち良さに思考が溶かされていく。
「ふぅ…」
「んっ、ちょっとま、あっ」
「ふふっ。声抑えらんないね、だいじょーぶ。ぜんぶぜんぶ、飲み込んだげる」
おかしい。
いつもおかしいけど、何か今日はもっと…こう…。しつこい、気がする。
そこで俺は下半身の変化に気がついた。
これ以上されると、ヤバい…。
俺が焦り出すのとほとんど同時に唇が離される。名残惜しそうに舌と舌だけでほんの少し繋がってすぐに、離れてゆく。
その解放を寂しいだなんて思う間もなく、ベルトに手が掛けられた。俺のじゃない、手が。
「ちょ、ちょちょちょ!ちょっと待て!それはダメだろ!」
「しーっ!声聞こえちゃうよー?」
「も、そういう問題じゃ、まって、ホントまって」
「………」
無言、無表情やめて!こえーから!
さっきまでの深いキスのせいか唇を湿らせて、やけに色めいた視線が俺を見上げる。
知ってる、コレ強請る時の…しかも特別過剰な「なにか」を欲しがってる時の表情だ…。
「ダメだ、て…家族いんだから」
「そういう問題なの?二人っきりならオッケーなわけ?」
「それ、は…」
「ねえ、だめ…?」
ベルトに手を掛けたまま、どんどんと四つん這いで近寄ってくる大型犬。発情期、なんかな。
ちがう、そんなんじゃない、わかってる。
わかって…る…?なんて、俺は、何を…?
ぐるぐると混乱する思考もカチャカチャという音とベルト辺りの違和感で一気に吹き飛んだ。
ヤバい、このままだとヤバい!
「さわくん…」
「ふ、じくら…」
やけに艶っぽい声が耳元に響いて、さっきまで好きに俺の咥内を蹂躙していた舌が耳朶をなぞる。「ひっ」と漏れた声にもならない声はただ猫っ毛を揺らして、ベルトが外れたスラックスにキレイな指先が滑り込んでくる。
「…かわいい」
「んっ!」
耳を甘噛みされれば、背筋にぞわぞわとしたものが走り抜けてゆく。力が…抜けそう、だけど。
「ね、さわりたい」
「ダメだって………言ってんだろうがっ!!」
と、思い切り頭突きをかますと藤倉が後ろに仰け反った。おぅ、顎を抑えてプルプルしてる。すまん。これでも加減はしたつもりなんだよ。
危うく何かヤバい雰囲気に飲まれそうになったけど、理性は強かった。決して嫌とかだった訳じゃ…ない、けど、流石に家族にこいつとキスしてるところとか…触られまくってるところを見られても平気なほど俺は図太くない。
ごめん。でもこれはお前も悪いんだからな。
「相変わらず…頭…強いですね…」
「悪かったよ、でもその…妹もいるし」
「分かってるよ。や、分かってなかったかも。ありがとう目を覚ましてくれて…そういうところもカッコいい…」
「あの、頭も打った?いやいつも通りか…?とにかくその、ごめんな?」
「澤くんが謝るんだ。やだったんじゃないの?」
「嫌で止めた訳じゃあ」
「嫌じゃなかったんだ?」
「うぁ」
「ん?」
顎、もう大丈夫なんですか…。
こてんと首を傾げた変態は未だやたらと色っぽくはあるものの、もうおかしなことをしてくるつもりはないらしい。それでも意地悪な質問を投げ掛けてくる。
まるで答えなんて分かっているみたいに。
手が伸びてきて、思わず身構えたけれどすぐに頭を撫でられた。そんなことで単純にも安堵してしまっていると、いつの間にやらベルトを元に戻される。手品師かな…。
けれどそこはまぁ、元気なままで…。
自分の下半身を見て、顔が一気に熱を持ったのが分かった。恥ずかしい。もしかしたら今までで一番恥ずかしい…のでは。
「さて、俺もう帰るね」
「え、あの」
送るよって言おうとして、言葉に詰まる。
………無理じゃね。ちょっとトイレ行くから待っててーとか?いやいや、さすがの藤倉相手でもそれはちょっと…無理じゃね。
「気にしないで?俺はもうめちゃくちゃ堪能したから」
「堪能って」
「ワガママ聞いてくれてありがとね?俺ももうこれ以上ここにいると我慢できなそうだから!楽しかったよ、じゃね!」
「がまん…?あ、おい!」
「あ、そだ」
「あいしてる」、なんて。
聞き慣れたその言葉がやけにずんと重く、そのせいで余計身動きが取れなくなってしまった理由も…あいつは知ってるんだろうか。
「やりすぎた…でもかわいかった…」
あんな可愛いことある?あります?ないだろ。
拒否られたけど、まぁそれは当然っていうか迫りすぎた俺が悪いからいいっていうか拒否り方ももうさ…もうさぁ…。
顔あっつ。
なにあれマジで、俺今かなーり変な顔してる自信ある。ヤバい。語彙力も彼の中に吸い込まれたかもしんない…。
部屋…あそこで澤くんが生活してんのかと思うとたまんなかったなぁ。聖地じゃん。ヤバいよ。
彼だけの匂いの中に、俺の匂いも少し混じってしまった…。それがとてつもなく嬉しくもあり、背徳的でもある。だからなのか、いや言い訳にしかなんねぇけどいつもより自制が効かなくて…困らせちゃったかな。
いやでも困り顔も…などと考えてしまう俺は大分結構かなりヤバいなぁというのは自覚済みである。
そんな風に幸せを噛み締めていたのに。
家に着くと、ある人影が俺の前に現れた。それとほぼ同時に眉間に盛大に皺が寄る。最早条件反射みたいなものだ。
「随分遅かったじゃないか、一織」
クッソが幸せな余韻掻き消しやがって…。
ぶん殴りたい衝動に駆られながら、俺は二人の姿に何かを察し大きな溜め息を吐くしかなかった。
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