「お邪魔しますっ!」
「元気が良すぎる…」
分かってた。分かってたとも。
俺はつくづくこいつに甘い。
何だかんだ、お願いされたことは大抵聞いてしまっている気がする。何故。
藤倉が犬っぽいからか?それともやけに甘え上手だからか?
いや、ただ単に俺がこいつに甘すぎるだけなのかも。やだな、認めたくないなぁ…。
というか背が高すぎて、ドアで頭を打ちそうになってるところも何かムカつく。
「ここが澤くんの部屋かぁ。生で見るとやっぱ違うな…」
「生でって?」
「いやこっちの話!それよりこの豚さん、まだ飾ってくれてるんだね。…ホント助かる」
「助かる?」
「間違えた。嬉しいよ」
「んん?」
俺の勉強机の上には、いつかこの変態から貰った豚さんが相も変わらず鎮座していた。
もういい加減別のところに片付けようかなって思うんだけど、何せめんどくさいのでそのままにしている。
勉強しててもベッドで寝転んでてもたまに目が合う気がするのにはもうすっかり慣れてしまった。
それを目敏く見つけた藤倉は嬉しそうに目を細めながら豚さんを高い高いしていた。端から見ればおかしな光景であるが、こいつの奇行に慣れきってしまっている俺は華麗にスルーして部屋に散乱する服や漫画なんかを適当に片付けることにする。
なぁんか、こいつのキレイに片付けられた部屋と比べると今更ながら恥ずかしいかも。
今更過ぎるけどさ。
「澤くんさん」
「何だそのおかしな呼び方は」
「ここ、この椅子、座ってみても…良いでしょうか…?」
「別にいいけど?」
この椅子、というのは俺がいつも使ってる勉強する時用の椅子。新しくもなく特別古くもなく、まぁ所謂普通の椅子だ。車輪みたいなのが付いてるから、勉強に飽きたらくるくる回れるところはお気に入りだけど。
許可を出したところで片付けを再開する。
こいつが座ると足の長さの違いを見せつけられそうでやだなぁなんて思っているも、一向に椅子に座る気配がない。
ふと見ると、藤倉は椅子を見つめたままぼうっと立ち尽くしていた。手には豚さんを抱いたまま…何だこの光景。
「…座んないの?」
「いや、今更なんだけどなんか俺ごときが…ちょっと調子に乗りすぎてたなって」
「どうしたんだ?なぜ突然の卑屈…」
「やっぱり無理だよ…汚してしまう」
「そんなに制服汚れてないだろ?大丈夫だよ」
何だお前は、ここに来る前に公園の砂場で遊んできたとでもいうのか。
いいやそんな訳はない。だって学校から俺と一緒に来たもん。もちろん砂場へなんて寄り道はしてない。
「というかこの部屋に踏み入れて良かったのかも分かんなくなってきた」
「お前がクソめんどくせぇってことだけは分かった」
暫く立ち尽くしていた藤倉だったが、漸く何かを振り切れたのか俺に促されるままベッドを背にして床に座ってくれた。良かった、あのままじゃぶっちゃけ邪魔だった。こいつでかいんだもん。それに立ちっぱなしって疲れるじゃん。
漫画の山などを退けたローテーブルに、妹が持ってきてくれたお菓子やお茶を置いて向かいに俺も座る。
ちなみに妹は藤倉と初対面だったが、「お邪魔してます」と丁寧に挨拶した藤倉を数秒見上げた後、興味無さそうに自室に戻っていった。ファンクラブの人なら卒倒しそうなキラキラ笑顔だったんだけどなぁ。
さすがっていうか、あいつああいうところある。淡々としてるっていうか、俺よりも大人びてるっていうか。
「さすが澤くんの妹さん。似てるね」
「そうかな?あんま言われたことないけど」
それにしても…新鮮。
ラグに座った目の前の藤倉はそわそわと落ち着かない様子で部屋のあちらこちらに視線をさ迷わせていた。やっぱり他人の部屋って落ち着かないもん?
こいつの部屋には俺も何度も行ったことあるけど、そんなに落ち着かないことなんてなかったよな…。寧ろ安心すらするし。
俺ってもしかして、結構神経図太かったのかも。
それから暫しの沈黙。
いつもはこっちが黙っててもうるさいくらいに話し掛けてくるくせに、一体どうしたというのか。もしやこれが「借りてきた猫」とかいう状況なのか。
…緊張してる?いやまさか。何に対してだよ。
「…ここが…マイナスイオンの発生地」
「なんて?」
「いや、空気がキレイだなと」
「いつも以上に大丈夫か心配だわ…山奥かここは」
何かすごい静かだなーなんて思っていたら、まさかの深呼吸してた。何故。マジで登山して山の澄んだ空気を吸うみたいに、肺いっぱいに取り込まんとするように深呼吸する変態。
俺にはちょっと、よく分からない境地に達していらっしゃるようだ…。マジで何なの。
別に自分の部屋の空気が淀んでるとは思わないけど…深呼吸する意味がちょっと謎である。
やっぱ緊張してんのかなぁ。藤倉のくせに。
「あぁー。すっ…げぇ落ち着くぅー」
「俺の部屋は温泉か何かなの?」
何だよ、緊張してたんじゃないのか。
寧ろ落ち着くのか…。ならまぁ、いい、けど…。
もう突っ込むのもめんどくさいな、と思いポリポリお菓子を頬張っていると、目の前でちょいちょいと手招きをされた。隣に来いということだろう。
何だろう。狭い部屋だし、別に隣まで行かなくたって声は十分聞こえるはずだけど。
四つん這いで近寄ると、腕を掴まれた。と思ったらぐいっと見慣れた顔が思い切り近くに見えてすぐにぼやけて…唇に何かが当たる。
何かなんて、考えるまでもなく分かるんだけど…。
「おま、な、なんで、今、」
「ごめんね、我慢できなかった」
「する気なかったの間違いでは?!」
「やだなぁ声が大きいよ?ただの『スキンシップ』じゃんか」
「うっ…。でも、ここ、家…」
「恥ずかしい?」
「恥ずいに決まってんだろ!」
「なんで?」
「え、なんでって…それは」
それは…。なんで?
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