mitei お互い様記念日 | ナノ


▼ 2

「澤!おつかれー!お前今日もすんごかったなぁ!」

「マジでカッコよかったぜ!惚れちゃいそう!」

「あっはは…。俺も、楽しかったよ。誘ってくれてありが、と…?」

「澤?どした?」

タオルで顔を拭きながらふと、フェンスの向こうを見ると…あいつが居た。
女の子に囲まれてるからいつもみたいに逆ナンでもされてるのかと思った。

なんで。今日試合があるとは言ったけど、サッカーのとまでは教えてなかったのに。

じゃなくて。
なんで?

なんで、女子と笑ってんの…?

「さわぁー?大丈夫か?」

「え、あぁ、おう!全然!」

全然。大丈夫…なのに。
なんで、そんな顔してんの?
いつもは無表情じゃん。話し掛けられても、軽くあしらうじゃん。そういう態度はどうかと思うって言ったけど、言ったことは確かにあるけど、そんでも…そんな風に笑うことあるんだ。

俺、以外の前で…。

あれ、俺今なに考えた?
なんかものすっごいおかしなこと考えなかった?

…疲れてんのかも。
うん、きっとそうだよ、だってあいつがへらへらしてんのなんていつものことだし。

いつもの…ことだよな。



「澤くん!お疲れー!めっ…ちゃくちゃカッコよかったよ!」

「あぁ、ありがと」

「…なんかあった?」

「いや、別に…」

着替えて更衣室から出ると、当たり前みたいに奴が居た。さっきは遠くで見えた笑顔が、今度はいつもの距離にある。

いつもは何とも思わないのに何故か今は、今だけはそれが嫌だと思った。同じ顔を、向けないでくれなんて…思った…?
え、そんなこと思ったのか、俺?なんでまた。

「澤くん?」

「悪い、ちょっと疲れたみたいだから、今日一人で帰るわ!試合来てくれてありがとな!」

「ちょっと待っ、」

「じゃあまた、学校、で…おわっ!?」

「待った!」

逃げ足なら速いという自負があるが、そういやこいつだって運動神経が良かった。
加えて背丈も手足も俺より長い。

悔しいかな反射神経も…無駄に良いと来た。
ちくしょう。逃げられなくされた。
手首…離してくれないやつだこれ。

「藤倉さん、痛い痛い」

「あ、ゴメン。このまま逃げられると思ったらつい」

「こわいわ」

「身体じゃないですね。心の方に、何か抱えてらっしゃるのが視えます」

「占い師か」

「言って。このままうやむやにして欲しくない。どうしても言いたくないことなら、無理には訊かない」

振り返ると、もう笑顔じゃない藤倉が立っていた。手首が強く掴まれたのはほんの一瞬だったから、こいつも本当に焦ったんだろうなと思う。

なんで。
なんでなんでって、今日はそればっかり。
いや、こいつに出逢ってからずっとかもしれない。

「………お前が」

「うん」

「笑ってた…から」

「…うん?」

楽しそうに、してたから…。

人が楽しそうにしてて嫌な気持ちになっちゃうなんて、俺はなんてやな奴なんだろう。
もやっとしたなんて、笑って欲しくないなんて、そこまでは言えなくて。
だって嫌な奴すぎる。

俺にそんなことを言う権利なんて無い。
藤倉が楽しいなら、俺だって嬉しいはずなんだ。

なのに。

「ごめん、やっぱ何でもない」

「澤くん」

「忘れてくれ!じゃあ今度こそ」

今度こそ。
帰ろ…かえ…いや手が絡まってんな。

なんかすんごい…動かないな?
手錠された?あの時みたいに?そんなバカな。

「言葉足らず」

「な、お前に言われたくないわ」

「なら、ちゃんと言って?聞かせて」

お願い、と。
そんな顔で懇願されて断れる奴が、果たしているのだろうか。犬の尻尾と耳も見える…気がする。クゥンという鳴き声も。

手首…あつい。

「だ、から…その!お前が…。試合、終わった時…お前見つけたら、わ、笑ってた…から…」

「俺が笑ってた?澤くん見てたから顔にやけてたのかな」

「違うっ!俺にじゃなくて!知らん女の子達と!!」

勢いで言ってしまった…!
ちょっとカッとなって、割と大きな声を出したりして…。やだ、こんな自分。すげぇ嫌な奴じゃん!
藤倉がただ笑ってたってだけでこんなに…こんなにもやもやして、あまつさえ本人に八つ当たりみたいなことまでして…。

じわりと目頭が熱くなった。
もう、やだ。情けなさすぎる…。

俯くと、手首にスッと風が当たった。
離されたんだ。拘束が、解かれたんだ。

当たり前だ。
藤倉だって、こんな俺のこと流石に嫌になったんだろう。離したくなったんじゃないかな。
そりゃそうだよ。そう、なのに。なんで。
雫が。汗かな。汗かもしれない。

たった一滴零れそうになったところで、俺はグッと奥歯を噛み締めた。これ以上嫌な奴になりたくなかったからだ。面倒だなんて思われたくない。嫌だなんて、思われたくない…。
きらわれ、たくない…。

しかし暫くの沈黙がすぎても、藤倉からは何の反応もなかった。空気が動く気配すらない。
その場にはまだ、彼の温度が残ったままだ。

恐る恐る見上げると…え、何してんの。

見上げるとそこには何故か、腕で顔を半分隠した藤倉がいた。顔…なんか赤くないか。
というか、僅かに見える目が有り得ないものでも見たかのようにぱちくりと何度も瞬きしていた。

…いつもおかしいけど、これは初めてのパターンでは。いや、似たような反応は何度かあったかも。なかった…かも。

顔を隠していない方の手は俺の手首を掴んでいた方で、僅かに俺の手から距離を取ったまま固まってしまっている。
好奇心からツンツン小突くと、我に返ったのか藤倉の身体全体がビクンと揺れて俺も一緒に驚いてしまった。

なんだ、大丈夫か?
心配なのは今やお前の方だ藤倉。

「藤倉?それはどういった感情…?」

「え、うぁ…」

「駄目だ、人の言葉を失ってる…」

「いや、あの、その…」

「おぉ、徐々に取り戻して来ている…!」

「さ、わくんはその、あの…えぇとですね、」

「落ち着こ?ゆっくりでいいから」

あまりに心配になったので今度はこっちから手を握ると、すーはーと深呼吸した彼が俺の目を見据えた。奥にとんでもなくキレイな光が見える。気がする。

「あの、さ、澤くんは…」

「うん」

「俺が、女の子達と、話して、た、楽しそうにしてたのを、見た、と」

「おう」

「それで、その、ここテストに出るんですけど、その時に…イヤな気持ちになっちゃった…とか…?」

テスト出るんだ…。覚えとこう。

「嫌っていうか…何かこう…?いつもはお前の笑ってる顔見てると嬉しくなるのに、あの時は違くて…」

どんな感じだったのか思い出すのも正直やなんだけど、今はいつも以上に挙動不審になってしまった藤倉が純粋に心配なので、出来るだけ詳細に伝えることにした。
と言っても俺にもよく分かんないんだが。

「どんな感じ…だった…?」

「いや、だからこう…もやっとしたっつーか、何でそんなに嬉しそうな顔してんのって…思ったというか…」

言うとぎゅっと手の力が強められた。
僅かに、手汗が滲んでいる。どっちのだろ。

「おれ、そんな嬉しそうな顔してたの…」

「遠くからだからそこまでは見えなかったけど…とりあえずもやっとした?のかな」

なんで俺の前以外でそんな顔するの、だなんて。そこまで言いかかってやっぱり飲み込んだ。なのにこいつには聞こえてしまったような気がした。心の声まで拾われてしまいそうだ。
こいつなら有り得るかもしれない…。

「つまり、女の子達と笑顔で話してるおれを見て、嫌な気持ちになったと…」

「そこまでハッキリと…」

いや間違ってない、間違ってないけど。

「そしてそれを、ついに自覚した、と…?」

「ついにって何だ」

「今までも何度かあったけど…やっと…?え、ドッキリとかではなく?」

「ドッキリ…ではないけど」

何だか嬉しそうという言葉じゃ足りないくらい感情が昂っているみたいだ。瞳の奥の光がこれでもかと強くなってる。ま、眩しい…!
それに…こいつが本当に犬なら今千切れんばかりに尻尾がブンブンと振られているんじゃなかろうか。

「さわくんが………しっと」

「しっと?クソってこと?」

「日本語だよ、ジャパニーズだよ澤くん」

「にほんご」

「そしてそれを遂に…自覚した…?え、赤飯炊く?ヤバいな…」

「えと、藤倉…さん?」

「なぁに?」

「俺のこと、嫌な奴とかおも」

「思うわけなくないっ!!?」

「急に声デカッ!!」

被せ気味に全否定からの、全力での抱擁。
顔が見えなくなってしまった。

もうすっかり馴染んでしまった腕の中で、色々と思考をまとめようとするが…つまりどういうこと?

「うれしい…」

「ふっ…ん」

折角考えようとしたのに、答えが出る前に落とされた唇への感触で考えていたことが吹き飛んでしまった。
さっきまで全身を抱き締めていた手で顔を固定されてるから、動くに動けない。

スキンシップ過剰にしても、犬に舐められたんだと思うにしても余りにこれは…。これは。

「ちょちょちょ、ストップ!ストップ!!」

「…はぁあ。今日は記念日だよなぁ。これはお祝いなんですよ澤くん」

「なんの記念日だよ」

「これでもちゃんと進んでるんだっていうことが、確認できた記念日」

「意味が分から…、ちょっ、もう一回しようとすんな馬鹿!」

「愛いわぁ…ムリ…えぇもう…」

「うい…?藤倉がおかしくなった…」

あ、それならいつも通りか。
やべ、何だっけ。

こいつの過剰なスキンシップのせいで、俺が何に悩んでいたのかさっぱり忘れてしまった。
うん。忘れたマジで。本当に。キレイさっぱり。
…顔が、ちょっと熱いけど。

耳元で落とされる言の葉の羅列も、きっとすごく重要なことを言っているのに頭に入ってこなかったのはきっと…耳を噛まれたからだと思う。

「おれが心から笑うのはきみの前でだけだよ」

透明な水に一滴の絵の具を落とすように。

厄介な甘い声が、ふっと妖艶に微笑む音が耳元で溶けていった。

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