マジでヤンキーだったじゃん、こわ…。
というのが正直な感想だが、夏休みになってからルイとは全然会ってない。
会ってないから、正直気まずく思うことはなくて助かった…けど。
その代わり、あれから色々考えてしまうんだ。
本当に色々、色々、色々…。
何で俺に構うようになったのかとか、どうしてあんなに喧嘩強いのかとか、結局ルイは本当に噂通りの極悪ヤンキーさんだったのか、とか…。
疑問だらけなのに、思い浮かぶのはそんな噂とは程遠い柔らかい穏やかな表情ばかりで。
そのどれもが、全てが俺に真っ直ぐ向けられていた事実におかしな気分になる。みんなにもそうなのか、それとも…。
無意識に手が伸びたのは自分のおでこだった。
あの日…ルイがキスしたところ。
スキンシップにしてはちょっと過剰な気もする。
つまずいただけかも。わざとじゃなかったのかも。でも俺が不良に絡まれてた時はめちゃくちゃ怒ってた…ように見えた。
あの日のルイが怖かったのも本当だが、それは俺が危険な目に遭いそうになったから…とか?
そこまで考えちゃうのは自意識過剰か…。
友達として怒ってくれただけかも。
いや寧ろ、それ以外に何があるっていうんだ。
何か期待してんのかな、俺。
いやいや、期待って何を?
………。
アイスでも食べるか。あ、昨日も食べちゃったからもう無いんだった…。
夜だし面倒だけど、コンビニ行かなきゃ。
ちょっと考え過ぎた頭も冷やしたいしなぁ。
なんて、俺が浅はかだったのでしょうか。
コンビニ帰りに通った公園のベンチにヤンキー座りの人がいる。と思ったらどこか見慣れたシルエットで、案の定じいっと見ていたらひらひらと手を振られた。
確定だ。あのやる気のない感じ、ふわっとした雰囲気に…暗闇でも分かる顔立ちの美しさ。
一瞬見えなかったことにして通り過ぎようと思った。けど、ここで逃げたって何も解決しないなと思い直し…その人物の方へ近寄っていった。
「アキくんやん。コンビニ?」
「おー、まぁ」
緩いなぁ。
いっつも制服姿のルイしか見たことなかったけど、その制服姿も結構着崩されてるとは思ってたけど…。
ちょっとオーバーサイズのスウェットに黒いサンダル、部屋着そのままなのかと問いたくなるような緩ーい格好で彼は座っていた。
ベンチの上に、わざわざヤンキー座りで。
しかも何か咥えてる…。もしかしてもしかすると、タ、タバコ…?まさか、未成年だけど…?
「あのさ、ルイ…それ」
「ん?あぁコレ、飴ちゃん」
「飴ちゃん」
「タバコや思た?残念、オレ超優等生やから。てか苦いのムリ」
「吸ったことあるのか…」
「なーいしょっ」
俺が来てから普通にベンチに座り直したルイは、飴ちゃんを口で遊びながら隣をポンポン叩いてみせた。そこに座れってことなんだろうな。
仰せのままに彼の隣に大人しく収まる。なんだ…何かすごいしっくりくるな?夏休み入ってからまだ半分も経ってないのに、二週間くらいしか会ってなかっただけなのに…隣にこの温度があるのとないのとだけでこんなにも違うのか。どうして。
知り合ってからもそんなに、長い時間は経っていないのに。
「アキくん、なぁんか言いたそうなカオ」
「そう見える?」
「さあ?アイス溶けるんちゃう?」
「あ、ホントだ」
言われて思い出した。慌てて取り出した棒アイスはまだ溶けてはなかったけど、ちょっと危なかったな。
ルイはルイで飴ちゃん舐めてることだし、俺も隣でアイス食べちゃおう。
ここで暫く、謎の無言タイム。
時計はないのに、チクタクと聞こえてきそうな変な静寂が流れる。
アイスももうとっくに食べ終わって棒だけになった。それを咥えたまんま、ちらりと横目で彼を見てみる。
バチリと、視線が勢い良くぶつかった。
「オレのこと、怖い?」
「へぁ」
超直球で訊くじゃん。
え、いや、待って?めちゃくちゃ直球で来るな?何て答えればセイカイ?
「顔に書いてんなぁ。ゴメン、やっぱ怖かったよな」
「ちがっ、違う!」
「無理せんでえーよ、オレ、実は優等生じゃないし」
「それはぶっちゃけどっちでもいい…。そう、じゃなくてさ、」
本当は、あの日ごみ捨て場で殴ってしまった時から、今までずっと抱いていた疑問がある。
ルイが不良だとか優等生だとか冷徹極悪最凶ヤンキーだとか、そんなことは二の次で…もっと根本的に不思議に思っていたこと。
「…どうしたん。言うてみ」
「ルイ、は、なんで」
「うん」
「何でそんな、俺に構うの」
言った。言ってしまった。
確かに初めは好奇心とかだったのかもしれない。有名人なのに殴ってきた俺が物珍しかっただけかもしれない。だけど仲良くなるうち、二人でいる時間が増える度にルイは表情豊かに色んなことを俺に伝えてくれた。
ただの友達にしては、ちょっと甘過ぎるような視線も何度も感じた。それって結局俺の自意識過剰だろって何度も何度も打ち消したのにその度に上書きしてくるから、流石にちゃんと確かめたくなったんだ。
だってもし「そう」だったら、引っ掛かることがあるから。
暫く口の中の飴ちゃんを転がしてから、ルイは棒を取り出した。
そうしてゆっくりと、いつもみたいな穏やかな口調で話し出した。
「アキくんに殴られた時さぁ、」
「うん」
「オレいっっったぁーって声上げてもうたやん?でも後々になってから、やっぱそんな痛くなかったなぁ思て」
いや待って。
「もっかい殴っていい?」
「え、いいん?」
「何で食い気味?やだよ」
思わず口から出た言葉だったが、どうしてか好意的に受け取られてしまって困惑する。
何で頬差し出そうとした?何で殴られたい感じになってんだよ。
「まぁよくあるやん。ゲームしてて自分のキャラがやられた時に、自分が攻撃されたみたいに思わず声出るやつ。多分あんな感じやわ」
なるほど。つまり俺の渾身の一撃は痛くも痒くも何ともなかったと。
「やっぱもっかい殴っていいか?」
「サービス精神旺盛やなぁ」
「サービスじゃねぇわ」
「でもなぁ、頬っぺたは痛くなかってんけど、何か別のとこがチリチリして」
「え、大丈夫?」
「んー。でも妙にすっきりしたってか…溜めてた色んなもんが無くなって一気にクリアになった気がしたんよな」
「それは…新たな扉を開いたという…?」
「何で遠ざかるん?殴られるん好きなワケちゃうからな?まぁアキくんならいいけど」
「どうせ痛くも痒くもないからな」
「いや、痛くても大歓迎。アキくんからのならな」
「え、こわ…」
思考が分からん…ほわい。何でそんな優しい表情なの?何か猫ちゃんの画像でも眺めてるような慈愛に満ちた眼差しなのは何でだ。 分っっっかんねぇ。
「まぁそんであの後教室行って、オレに怯えてるふっつーのアキくん見て、この子に殴られて啖呵切られたんかぁって思たらなんか」
「なんか…?」
「めっちゃおもろいなって」
「ふぁあ」
「ん?ぎゅうする?」
「せん!!!」
「はぁい」
「しないって言ったのに!!」
腕を広げて近づいてきたと思ったらやっぱり、ぎゅうってされた。甘えたいとか頼んでねぇし、夜とはいえここ外だし!
「抵抗せんよなぁ」
「してるつもりなんですが!」
「はぁー、会いたかった…。夏休み長ぁ…」
「え?」
「ん?」
「会いたかったの?俺に?」
「他に誰がおる?アキくんに決まってるやん」
「なら別に連絡くれれば…あ」
「うん。そういや連絡先交換すんの忘れてたなぁって、休み入ってから気づいたんよなぁ」
超アホじゃん。俺ら揃ってそんなことも忘れるとは、それでも現代人か。
でもルイも、会いたいって思ってくれてたんだ…。何か嬉しい…嬉しい?え、うれしいの、俺?
「いやでも、友達なら当然か…」
「友達なん?オレら」
あ、思考が漏れてた。
離れた身体の間に夏の夜風が通り抜けて、少し汗ばんでいたのだと気づかされる。
そんなにくっついてたかなぁ。というか、友達ってこんなことするもんだっけ。
「俺とルイは友達…じゃねーの?」
「いやぁ、オレは…いや、うん。トモダチトモダチ」
「何か言い聞かせた?」
「気のせい気のせい」
嘘吐くの下手過ぎか。
友達じゃない。とすると、じゃあ何なんだ。
まだただの知り合いってこと?それとも…。
関係性って言葉で括ると一気に狭苦しいものになるなぁ。一言で説明がつかない関係だって、たくさんあるだろうに…。
それでもやっぱり求めてしまう。しっくりくる言葉の呪縛を。
俺とルイはどうなんだろう。
俺が悩んでいるうちにスッとポケットから自分のスマホを取り出したルイは、華麗に俺のスマホもポケットから引っ張り出した。右ポケットに入ってるなんて一言も言ってないのに。
そうして無言で何かを操作するとすぐにポイとスマホを返される。にやりと上がる口角がどこかあの不思議の国の猫みたいだなんて思った。
「これでいつでも会えるよ、アキくん」
「あぁ、連絡先」
勝手に交換されていたらしい。
まぁ、いいけど。
「電話も、アキくんからなら24時間受付中」
「コンビニか」
「そして今ならなんと!この無気力ヤンキーも付いてきます」
「あらやだお買い得!…どゆこと?」
「まだ教えてへんのにノリ突っ込み習得するとは、流石やでアキくん」
「いや、嬉しくねーわ」
普通に会話できてる。よかった…。
なんて安堵していると、ふと公園の外を見たルイの視線が急に刃物のように鋭くなった。
いやだから、それが怖いんだって…なんて突っ込む前に、俺の視界の端にもきらりと何かが光る。
気になってルイと同じ方向を見ると…あ。
「悪い、アキくん。オレちょっと用事」
「待った待った待った。ステイ!もう大丈夫だから!」
公園の外で俺たちに気づき怯えている彼の頭部は、街灯できらりと光り輝いていた。
いや、こないだのスキンヘッドの人!!!
家この辺だったの?お前もコンビニ帰りかよ!
というかまだ腕に包帯巻いてる…ちょっと本格的に可哀想なんだが。
「何で止めるんアキくん。仕留め損なったのをちょっと」
「ちょっと何!?もう十分だって、落ち着け無気力ヤンキー、無気力に戻れ!」
ベンチから立ち上がろうとするルイと、彼の服を引っ張って何とか止めようとする俺と…恐らく恐怖で動けなくなっているスキンヘッド。
夜の公園ですごい絵面だな。
ここは俺が食い止めるから、早く逃げろよスキンヘッド!
視線で合図を送ると、スキンヘッドがペコリと綺麗なお辞儀をして去っていった。え、律儀か…?
案外悪い人じゃない…のかも?
「あんにゃろう、お辞儀だけで許される思てんのか…!」
「いやいや、お辞儀以上のことこの前させてただろ!もう本当に全然何ともないんだってば」
顎掴まれただけだし!
そうこうしているうちにやっとスキンヘッドの姿が見えなくなる。するとストンと諦めたようにベンチに座り直したルイは、はぁーっと長い長い溜め息を吐いた。
「お人好しすぎんねん…ホンマ…」
「ふつうだと思う…多分」
「あーあ!せーっかくアキくんに会えて連絡先も交換できて、ご機嫌やったのになぁー」
「またいつでも会えるじゃん」
「そ?そんなら」
「ん?」
ざあっと夜風が公園の木々と遊んでいく。
そんな中暗闇で彼の眼が光ったように見えたのは、きっと幻だと思いたい。
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