「ルイー、宿題あった。あと言われた通り顎、も…?」
「おっかえりー!アキくん。ちゃんと隅々まで消毒したかぁ?偉い偉い」
「や、あの…」
「んー?どったん?」
「いや、どったんじゃなくてその…」
「うん?」
「ルイ…さんはその、何に座って…?」
「あーね、アキくん待つ間休憩しよー思たから、イス座って待ってたんよ」
「い、す…?」
「イス。ちょーっと耐久性に心配なとこあるけどなぁ」
や、確かにプルプルしてるけど。
というか、所々赤いし、何か液体が、漏れ…?いや、音というか、声?も、漏れて…?
「ルイ…さん?あの、言いにくいんですけど…」
「なんやアキくん、敬語とかよそよそしいわぁー」
「いやあの、それ、イスじゃなくて…」
さっきのスキンヘッドの人!!!
しかも至るところ青アザや赤く腫れ上がってるところがあって、痛そうで見てられない…!
腕とか特に、さっき抑えて蹲ってなかった?!俺の見間違い?そんな訳ないよな、だってめちゃくちゃ見覚えのある頭皮だもん!
あぁぁ痛そう…腕めちゃくちゃプルプルしてるし足もプルプルしてる…。生まれたての小鹿ならぬ、イス…?その上に飄々と座るルイはいつも通り朗らかな笑みを俺に向けるけれど、今はそれが逆に怖い。
彼が長いおみ足を組み替える度にイス…と呼ばれた先程の不良スキンヘッドさんが「うぐっ」と痛々しい声を上げているのも見てられない…。どこのお嬢様、いや女王様だよ!
他の人は…居ないみたいだけど…。
遠くに、不自然に折れ曲がった金属バットが転がってるのも見える。あとそこかしこにちょこっと赤い、血の跡…みたいな…。ルイは無傷そうだし、主にこのスキンヘッドさんのものだろうか…。
「あのー、ルイ?俺も戻ってきたことだし、そろそろ立ち上がってみては…どうだろうか」
「せやなぁ、このイス不安定で座り心地最低やし」
なら早く解放してあげて!
「だろ?早く帰ろう、な!」
「うーん、でもアキくん痛かったんちゃう?」
「え、何が?」
殴られた訳でもないのに?
「顎掴まれたやん?怖かったろ?」
こてんと首を傾げたルイは、いつも通り朗らかな笑みの中に何かを飼っていた。ひゅっと思わず喉が鳴るのが俺以外に聞こえなかったことを祈る。
ヤバい。
俺の返答次第で、スキンヘッドさんの命運が決まってしまう…!
「いや!全然!全く!?ちょっとびっくりしただけだし!」
「ほんまぁ?」
「ほんま!マジで!」
寧ろ今の状況の方が圧倒的恐怖!とまでは言えない。
「はぁー、アキくんが天使で良かったなぁお前。そんでもなんか余計腹立ってきたわぁ…。こーんな優しい子に手ぇ出すとか、どないしたろか…」
あわわわわ、ヤバいヤバいヤバい!目が!刃物より鋭い…!!さっきの不良グループの視線なんてかわいいもんだったと思えるくらい、今のルイは殺気がすごい…!
「あのさルイ!俺腹減った!色々あったし、その、疲れたから…だから、は、早く帰ろ…?」
くいと手を引っ張ると、少し驚いた顔をしたもののルイは簡単に立ち上がった。
持ってきた宿題を渡すと素直に受け取って、自分の鞄に仕舞い込んでいる。
「そんなに言うなら帰ろっかぁ」
「おう!」
「でーも、」
「お前覚えとけよ」と。
地面に転がってしまったスキンヘッドさんに、彼がそう耳打ちしたのを確かに俺の耳は拾った。
いつも聞くのとは違う、低くて地を這うような恐ろしい声。身体の芯まで凍えさせるような低音に、俺もスキンヘッドさんもビクリと同時に肩を揺らした。
完全に立ち上がってこちらを振り返った彼がニコリと微笑む。なんて綺麗な微笑み。だが…。
ルイが最凶の冷徹極悪ヤンキーなんて噂されてる理由が、ほんのちょっと分かった気がする。
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