「ルイのアニキ!俺強くなりたいッス!!」
「んぇ、どしたんいきなり」
ミンミン鳴く蝉の声は、段々と聞こえなくなってきた。代わりにどことなく寂しさを連れた風が吹き、そろそろ半袖じゃなくなる制服の袖を揺らす。
そして冒頭のセリフは某スキンヘッドさんのものではない。俺のものだ。
隣でシャクシャクとソーダ味のアイスを齧る無気力ヤンキーは突然の俺のお願いに一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐににやりと口角を上げた。
咥えられたままの棒アイスを器用に揺らして、ちょっと伸びてきた髪がさらさら風に遊ばれてる。
「アキのお願いやったら何でも叶えたるけどぉ、とりあえず理由訊いても?」
「それは」
どうしてこんなお願いをするに至ったか。
答えは簡単。
「ルイが強いから」
「え、オレ?」
「おう」
単純に喧嘩が強いだけでなくて、重い物を軽々と持ち上げたり、俺を簡単に抱き上げてみせたり、運動神経も良く体育でもキャーキャー言われたり…。や、体育のは別に嫉妬とかじゃなくて。
つまりまぁ、隣に並んでて常々思うんだよ。
俺もこんな風になれたらなぁって。憧れ…とまではいかないけど、純粋にそう思う。
あといつかの放課後ヤンキー集団に絡まれた時も、あれ以来あんなことは起きていないけど、自分の弱さが悔しいなんて思ってしまった…というのも正直ある。
ルイと並び立つのに恥ずかしくない俺になりたい。守られるだけでなくて俺だって守れるようになりたい。
そんであわよくば…腹筋割りたい。
何気に筋トレ始めてはみたものの、中々筋肉がつかないんだよなぁ。くっそぅ。
守りたいとかそんなことは伏せておいたが、大体そんなことを説明すると彼は何とも言えない顔になった。無表情から、徐々に目を見開いて、それから…。何故か思いっきり顔を逸らされ、挙げ句器用にも片手で俺の目を塞いできたのでどんな表情になったのか確認できなかった。
ふうっと落ち着かせるような溜め息の後、漸く手が放される。
いつものように飄々とした顔をしたルイは、もう完全に食べきった棒アイスのごみを捨ててまたにやりと笑ってみせた。
なんだ?何か企んでる?
「アキの気持ちはよぉく分かった」
「そっか!なら」
「うん。教えたる。秘伝の奥義を…」
「突然の奥義」
何もそこまでは求めてない。ただ筋トレどうしてんのかなとか、気をつけてることとかあんのかなって訊きたかっただけなんだけど。
でもなんか結構楽しそうだし、いっか。
「オレ直伝の奥義や。その名も」
「その名も?」
「ジャーマンスープレックス」
「聞いたことあるぅ」
プロレス技だぁ。
あれだ、確かあの後ろ向きに人を投げる?やつだよな。めっちゃ身体柔らかくなきゃ出来そうにもないんだが。
「まぁとりあえずオレの言う通りにしてみ。まずこう、オレの後ろ来て」
「うん…?」
「で、後ろから手回して…そうそう。腰の辺りぎゅってしてみて」
「おう…?」
今のところただ俺が後ろから抱き着いてるだけにしか見えない。しかも悲しいかな身長差で、これがバックハグと呼べるものかも分からない。
「いーよぉ、その状態。そんでそのまま、オレのこと持ち上げてみて」
「うん…うん?え?持ち上げる?」
「おー」
「え、いやムリ、全然、持ち上が…らんんん!!」
言われた通り彼の腰を抱きぎゅっと手に力を込めたまま、彼を持ち上げようとするがビクともしない。くっそ、完全には無理でもせめてちょっとだけ、ちょっとだけでも…!
見た目細い癖に筋肉がっしりだからか!
抱き着いて分かったけどこいつやっぱり、細マッチョだ!いや今更もいいとこ!
「くっくく…」
「あ!お前俺で遊んだな!」
「ごめ、だってかわいすぎて…ふふ、ムリ…」
「こっちは真剣に話してんのに!もぉお!」
「はー、ゴメンゴメン。ほら、よーしよし」
「バカにしてんだろ…」
正面を向いたルイに、抱き締められるだけでなくよしよしされた。これは子供でもあやすような感じ…。ムッカつくぅ…。
「ゴメンて、怒らんで?そや、今日から一緒に筋トレしよ」
「絶対からかう…」
「だいじょぶだいじょぶ、いうてオレも初心者やけど」
「は?」
「うん、せやねんな」
「えー」
何と。ここに来てまさかの事実。
こいつは特に筋トレもせずここまでの筋肉を得たというのか。一体どうやって。あ。
…喧嘩かぁ。
「まぁまぁ、一緒にがんばろなー」
「絶対お前より強くなるから」
「…もう十分やのになぁ」
「ん?」
「ふふっ、とりあえず毎日筋肉ついてるかチェックしよーな」
「するかバカ」
ちょっと、制服捲るのやめてください。
へそを撫でるなへそを。
全く…嬉しそうにしやがって。
夏が過ぎたのにまだあつい。
まだまだ、こいつに近づくには遠い気がするなぁ。
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