mitei 夏めく手のひら | ナノ


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ごみを捨てに行く途中、人気のない日陰で寝転がる姿があった。近寄るとパチリと分かっていたかのように目が開いて、視線がぶつかる。

「なぁに?告白?」

「違いますけど」

「ゴメンけどオレもう心に決めた人がおるから、遊びでも無理やで」

「そっすか、残念」

「でもキミなら大歓迎かなぁ」

「浮気ですか?さぁいてーい」

「今日は殴ってくれへんのなぁ」

「いつも殴ってるみたいに言うなし」

手が出たのはあん時だけだし。

大体そんなに暇そうにしてんならごみ捨て手伝って。と言おうとしたら、スッと立ち上がった彼は無言でごみ袋を持ってくれた。半分どころか、全部。
流石にそれは申し訳ないなと思ったので一つだけ奪い取って、並んで歩く。

残暑の中まだ鳴いているセミの声が、どこか遠くから聞こえてくる。
夏休み前よりもっとずっと近くなった体温は正直暑いのでもうちょっと離れて欲しいけど、そんなこと言ったら変な泣き真似をされるか余計くっつかれるのが目に見えているのでとりあえず黙っておくことにしよう。

「あっつ…誰なん今年は残暑マシとか言うた奴」

「離れたらいいのでは…」

あ、言っちゃった。口に出ちった。
隣を見ると、えぇ…と。無表情?こっわ。

「あーぁ、アキくんが意地悪言うー!泣きそう!ハグしてくれんと泣きそうー」

「あぁもうやっぱり!それが暑い原因だよ!」

言う前からもう手が肩に回ってるし、頭をグリグリ押し付けてくるし、あっついんだってマジで!

「つら…塩対応つら…」

「甘過ぎるんだよルイが」

「自分に優しく他人に厳しく、アキには極甘」

「適度でいい…マジで」

同じ学校の人は多分俺達のこういう光景にも慣れただろうけど、外ではなぁ。
道行く人々の視線もあるし、まだまだ暑いしで抱き着いたりするのはもうちょっと控えて欲しいところだ。

「もう掃除終わったろ?早よ帰ろー」

「おー、アレ」

ポタリと頭上から何かが落ちてきた。
空を見上げるとさっきまで青々と晴れ渡っていた空が一気に灰色に、暗くなっている。

夕立かなぁ。困った。傘持ってきてないわ。

「雨やん」

「雨だな」

教室から荷物を取ってきてもまだ、ザアザアと降り続いている。止むのかコレ。
チラリと玄関口にある傘立てに目をやると、ビニール傘が何本か置いてあった。まぁ、他人のなんて使わないけど。
それからルイに視線を遣ると、彼は俺の思考を読んだかのようにふるふると首を振った。

「や、誰のか分からん傘は使わんよ。持ち主おったら困るやん」

「お前ホントにヤンキーなの」

偏見たっぷりなご意見申し訳ない。
なら、職員室からでも借りてくればいいのでは。まだ降ってるし。
名案を思い付いたので、ちょっと職員室行ってくると彼に言うと引き留められてしまった。ほわい。

「だーいじょぶ。わざわざアキが動かんでもオレに任しとけ」

「はい?」

そう言うとトトトッとスマホを操作して何処かに電話を掛け、彼はたった一言「傘」とだけ単語を発して、電話を切った。

相手は誰だ?アレクサか?
アレクサ、傘持ってきて的な?そんな馬鹿な。

見つめていると、スマホをしまった彼と目が合う。黒よりちょっと明るい、灰色に近い瞳。
外の明るさによってたまーに色合いが変化する、見てると不思議な安心感に包まれる瞳だ。

髪も…今更だけど黒髪なんだよなぁ、すげぇキレイ。
ちょこっと濡れたそれは、烏の濡れ羽色っていうやつかな。艶がすごい。撫でてみたい。

「髪?喜んでー、撫でて撫でて」

「何も言ってねーのに怖ぇわ」

「視線が言うてた」

「嘘だー」

「ホントダヨー」

「カタコト」

「ふふっ。お、来た来た」

数分もすると校門に人影が現れた。
それは段々と近づいてきて、シルエットもハッキリしてくる。

自分用の傘を差している他に手にも二本傘を持っていた。
雨が少しずつ小雨になり、地面を踊っていた土や霧が薄くなってその人物の輪郭をハッキリと捉えることができた。が、その正体に俺は口を開けて暫く固まってしまった。

「よー、ごくろうさん」

「アニキのためなら!喜んで!!」

「アキ、傘来たでー。あ、ちゃんと持つとこ消毒しとこな」

「除菌シートあります!!!」

「ほい、さんきゅー。もうええで」

「うっす!!!」

「よっし、もう小雨やし濡れんと帰れるやろ。アキ?どしたん?相合い傘する?」

「いや、あの、今の…人って…」

いつかのスキンヘッドの人!!!

何でパシられてんだ?いや、「アニキ」って何!ちょっと嬉しそうじゃなかった!?腕治って良かったね!?じゃなくてさ!

「あぁアレ?使えるもんは使わんとな」

「いや突っ込みが追いつかねえわ!」

諸々、前言撤回していいだろうか。
ヤンキー怖い。俺の斜め上で緩やかに口角を上げた無気力ヤンキーについては、やっぱりまだまだ分からないことだらけだ。

「そんな怯えんでも、アキのことはパシったりせんよ?」

「そういう問題じゃない」

結局二本の内一本だけを差して、小雨の中相合い傘で帰ることになった訳だが…。

「前途多難すぎる…」

「あっはは!ええやん、楽しみがいっぱいってことで」

「ふぁあー」

「おけ、サインもらいましたー」

「だから違うって」

やっと晴れてきた空の下、一つの傘の中で抱き締めてくる彼は心底嬉しそうな顔で。
やっぱ絆されたのかな俺は。

あぁもう。
せっかく雨の中スキンヘッドさんが持ってきてくれた傘が、きらりと雫を飛ばして空を泳いでいった。

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