mitei 夏めく手のひら | ナノ


▼ 9

「あー、遊んだぁ…。流石に疲れたわぁ」

「久しぶりだからってちょっとはしゃぎすぎたな」

数時間後、主に絶叫系マシーンに乗りまくってたまに休憩して、とっぷり日が暮れるまで遊びまくった俺たちは二人してベンチに座り込んだ。

大盛りのハンバーグ食べた後のアトラクションはちょっとキツかったな。というか馬鹿だ。二人して。

そろそろ日が暮れそうだ。
人がまばらになり始める広場をぼんやり眺めながら、はぁーっと息を吐いた。
こんなにはしゃいだのは本当にいつ振りだってくらい、めちゃめちゃ楽しかったな。

手は、結局隙あらば握られてたんだけど。
おかげで自分の手汗が気になって仕方なかったんだけど。
俺ってそんなに迷子になりそうな感じだろうか。

それを言うならルイの方が、何回も何回も声を掛けられて一緒に回ろうとか誘われてたんだが。そんでその度に断ってたし。
美形ってのも大変なんだなぁ…。

オレンジと濃い青が遠くで混ざりだす。
またあの公園の時みたいなぬるい風が、ちょっとゴメンよと俺達の間を通り抜けていった。
涼しい。けど、手は熱い。めっちゃ握るじゃん。本当に隙あらばかよ。

あーぁ。
何かもう色んなことどうでもよくなってきちゃったなぁ。関係の名前は分かんないけど、こいつといて楽しい。今日こんなにはしゃいで思いっきり楽しめたのもきっと、隣に居るのが他でもないルイだったからだろう。
多分、きっと、知らんけど。

視界の端で、ふと何かがきらりと光った。
今度は肌色じゃない。彼は元気だろうか。腕は治ったのだろうか。じゃなくて。

カラフルな光。観覧車だ。

夜になると、きらきら光ってその存在をこれでもかと主張している。

俺がぼうっとそちらを見ていたからだろうか。
隣に座っていたルイが、ふと口を開いた。

「アキくんアレ、乗りたいん?」

「観覧車?カップルばっかだよ」

「乗りたくない?」

「乗りたくないとは言ってない」

「よっし」

遊園地の時間的にもアレで締め括りかな。
というか、こんなこと考えてんのマジで俺だけなんだろうけど…。夜の遊園地で観覧車なんて、本当の本当にデート………みたいだな。手繋いでるし。

いや、そういうのじゃないって分かってはいるんだけども。分かってっけど!

観覧車の乗り場まで行くと、思いの外人が少なかった。スタッフの人に案内されて二人して乗り込む。ちょっと揺れたけど、何とも自然な仕草でルイが支えてくれた。

どんどん離れていく地上に、比例して露になる夜の街並み。真向かいにはモデルみたいに長い脚を組んで座る無気力なヤンキー。ヤンキー座りでなく、普通に座っていらっしゃる。
というか今日は全然無気力じゃなかったな。

「ふふっ」

「どしたんアキくん」

「いや、何となく」

「ん?」

変なのって思っちゃった。
初めはこんな風に仲良くなれるなんて思ってなかったし、噂と違ってめちゃくちゃ表情豊かだし、一緒に居て飽きないし。正直怖いなと思ったこともあるけどそれでも…それも彼の一部だと思ったらしっくりきた。うん、俺はルイが好きだ。

好きだなぁ。それがどんな種類のものかとか、そこまでは分かんないけど。
好きだなぁと思う。例え冷徹極悪非道ヤンキーでも無気力ヤンキーでも超優等生でも。

どれでもいいや。そう思うと自然に顔が綻んでしまった。

「あ、もうすぐ頂上やって」

「本当に?わ、何か揺れ、」

た…。までは言えなかった。
何かに口を塞がれたみたいだったから。

すぐに離れたけど、その感覚はずっと唇に残ったままだ。これ、知ってる。俺のおでこも知ってる感覚だ。

「ほら、座らな危ないで」

「お、おう」

無言。というか、無。思考が働かない。
それから地上に下りるまでずうっと無言で、しかも俯いたままだったから肝心の景色も見られなかった。

何が起きたのか分かる。
何で起きたのかは、分からない。

「アキくん?」

「へ、」

「おいで。帰ろう」

差し出された手を、素直に握れなかったのはどうしてだろう。さっきまであんなにがっつり繋いでたじゃん。
ちょんと指先だけで触れて、やっぱり駄目だとすぐ引っ込める。何が駄目なんだ。何って。

「あの…ルイ」

「嫌、やったかな」

「え」

顔を上げると、殴られた訳でもないのに痛そうな顔をした彼が居た。俺、無意識に殴ったっけ。でも俺なんかの力じゃ、痛くも痒くもないんじゃなかったっけ。

「キス。嫌やった?」

「………アレ、やっぱそうなんだ」

「そうなんよ」

「なんで…?」

「したくなって」

「いやだから、だって…」

困惑してる。嫌かって?嫌じゃなかったよ。
嫌じゃなかったから、困ってるんだよ。

突っ立っていると、まもなく閉園になります、というアナウンスが園内に響き渡った。
もうお客さんは俺達しかいないみたいだ。

しんと静まり返った広場で、「とりあえず」とルイが口を開く。

「歩こっか」

「うん」

手は、繋がないんだなぁなんて。
まぁこんなに人がいなければ、迷子になる心配もないか。夜風が代わりに手を握ってくれたって熱くも嬉しくもなんともないや。

「アキくん、ホンマはさ」

「うん?」

「アキくんに殴られたときな、思わず声上げてもうたけど実はあんま痛くなくて」

「それ聞いた」

「続きあるよ。そんでさ、こっからは今初めて言うんやけど…。何かめっちゃカッコええなこいつって、思ったんよな」

「………え?」

何て?

「や、だから…。言葉でこう!って説明しづらいんやけど。何やろな、めちゃくちゃカッコいいなーって、思っちゃったんよなぁ」

「カッ…コいい?」

だれが?まさか俺が?

「アキくん…引いた?」

「いや、今ちょっと処理中…」

「now loading…」

「発音がいいなぁ!」

関西弁以外に英語も喋れたんだな、新発見!
じゃなくて。

「処理終わった?」

「一つエラーで引っ掛かってる」

「なぁに?言うてみ」

今更だが、俺はこの「言うてみ」が結構好きみたいだ。背の高い彼がわざわざ俺の目線に合わせて、顔を覗き込んで訊いてくる言葉。柔らかくて無理強いしなくて、それでいて優しさに満ち溢れた感じがする。

だから余計、胸がチリチリするんだよ。
だってさ。

「ルイは…心に決めた人?がいるんだろ」

出会った時に言われた言葉。
あの時はただただ腹の立つ煽り文句にしか聞こえなかったが、こいつと仲良くなるにつれて日に日に重さを増していった言葉。

心に決めた人。つまりは大事な人。
きっとこいつにとって一番、大事な人のことだ。

なのにカラリと彼は答える。
今まで悩んでいた俺がバカみたいに思えるほど、あっけらかんと。

「あーあれ?そんなことまだ覚えてくれてたんやぁ。あん時のアレはな、告白断るための嘘。アレで大体は諦める。大体は」

「大体は」

「まぁ、そういうことや」

「そっか」

あの時はブチ切れちゃったけど、こいつもこいつで色々大変だったんだなぁ。そう言えば出会い頭で告白だって決めつけられたっけ。

今日のルイを見てても思ったけど、それほど言い寄られることが多くて辟易していたのかな。

「安心した?ゴメンな」

「いや、じゃあ…今は?」

「いま?」

「心に決めた人っていうのは…」

「おるよ」

「えっ!」

おるんかい!思わず心で関西弁。
すると手が、ゆっくり伸びてきていたそれが俺の手を絡め取った。

あぁ。繋がった。

「おるよ。弱っちいクセにすぐ啖呵切って、流されやすいのに人のことちゃんと見ようとしてくれて、鈍くてアホなカッコいい奴」

「いや悪口なっが…」

ほぼ悪口じゃねえか。
きゅっと力を強められた手が、それが誰のことを指しているのか後押しと言わんばかりに教えてくれた。悪かったな弱っちくて。
筋トレ始めよ。

「分かった?アキくんのことなんやけど」

「じゃあ俺も言うけど。俺も、心に決めた人いるから」

「へぇ?どんな奴?」

「そうだな…。飄々としてて何考えてんのか分かんないってよく言われてるけど、実際すぐ感情が顔に出てたまーに手も出ちゃう、そんなちょっと凶暴な一面もある、無気力で優しいヤンキーかな」

「ほぉー?そんな風に思てたんや」

「さぁ?誰のことかは言ってないだろ」

「オレのことやろ?違ってても絶対振り向かせるし」

「ふぁあ」

マジかこいつ。

「お、出たなサイン」

「だから違うってば」

外なのにまたぎゅうってされた。
付け加えよう。甘えたいのは俺よりも、こっちの自称無気力ヤンキーの方かもしれない。

しょうがないから抱き締め返すと、耳元で鼻を啜る音が聞こえた気がした。

夏なのに、寒いのかな。そんな訳ないか。
意地っ張りってのも、付け加えておこう。

「アキくんてさぁ、」

「なに?」

「絆されやすいて、よく言われへん?」

「一回だけ、言われたことあるな。でも絆されたんじゃないよ」

うん。これはきっと本当。
俺は俺の目で、耳で、この腕でルイっていうひとのことを感じてきた。その中でぶっちゃけ「マジか」と思うことも「怖い」と思うこともあったし、何を考えてるのか分からなくなったことも何度もあるけど…。

それでも分かりたいと思ったから、どうでもいいで終わらせたくないと思ったから、もう諦めることにした。こいつを諦めることを、投げ出すことを、諦めることにしたんだ。

真正面から向き合うことは怖いし正直まだまだ分かんないことだらけだけど、ルイだからそうしたいし、俺にもそうして欲しいって、思うんだよ。我が儘かもだけどさ。

そして思い返せばいつだって俺のことを真っ直ぐ見てくれていたこいつの瞳は、いつも迷っていた。
壊れ物に触りたいのに触れない、そんな迷いがどこかにあって。どれだけ距離を詰めてきても絶対に越えない一線があったことを俺は薄々感じてたよ。

その一線を今、こいつは越えたんだ。
さっきの観覧車でだってきっと、俺を信じて越えてきてくれた。

だからって訳じゃないけど俺も、応えたいなぁなんて…思う。

何かめちゃくちゃ好かれてる自信がある奴みたいな思考だよなぁ。自意識過剰って言われたらそれまでたけど…。流石にあの視線をずうっと向けられてて何にも思わない程鈍感じゃないつもりだ。

多分。きっと。知らんけど。

「アキ」

「ん?」

「いや、男前やな」

「だろ?」

「うん。悪いけど、もう離すとか無理やから、諦めてな」

「どっかで聞いたことある台詞ー」

「これは今初めて言うたし」

「そうか」

「うん。どんまい」

「なんのどんまい」

「面倒なんに捕まったことに対して」

「自覚あるんだなぁ」

「ちゃあんと面倒見てな」

「そっちもな」

あぁ、あともう一個。
寂しがりってのも、付け加えとくか。

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