有言実行、大事よな。
でも別にしなくたっていいこともあると思うんよ。
例えばほら、「手を繋いで帰る」とかね。
「なぁ、歩きにくくね?」
「あ、姫抱っこの方がよろしかったカンジ?」
「恋人繋ぎ楽しーなー」
「どきどきしちゃう?」
「そうねー」
色んな意味でねー。
あちこちから突き刺さる視線、視線、視線。
あいたたた、ちょっとは遠慮したらどうなの。
別に俺たち以外でも手繋いで歩いてる奴らなんかいるだろうし、そんな睨みつけたり羨ましそうな視線を寄越されたりしても俺にはどうしようもありませんよ。
だって繋いでるっていうより、気持ち的には連行されてるって感じのが強いからね。
俺が力を抜いたってこいつが勝手に握った手は離されなくて、しかもブラブラ無駄に揺らして俺の腕の筋力を試してくる。
やめろ、繋ぐならせめて普通に歩け。
「なぁにスミレ、手繋ぐだけじゃ不満?やっぱ今からでもお姫さま抱っこしたげよっか?」
「チッ」
「そうやってすーぐ舌打ちするのよくない癖だぞ、めっ!」
「誰のせいだよ…」
「チューする?」
「んあ"?」
耳鼻科に行こうかしら。
発言の出所を疑うより先に、俺は己の耳を疑った。でも違った。俺の耳は正常みたいだ。
「やっぱ手繋ぎぐらいイマドキ友だちでもやるじゃんね。てなったら、やっぱもっと恋人感出さなきゃじゃん?」
「別にこれで十分だと思いますけど…」
周り見て、周り。
もう皆が皆釘付けですよ、俺たちに。
いや、シオンにか。あ、でも気にせず本読んでる奴も居るな…。勝手に君の好感度上がっちゃったぜ。
「じゃあ目を閉じてー」
「するか馬鹿」
「やなの?」
「逆に訊くけど、したそうに見えるか?」
「うーん、まぁ、今はマジで嫌そう」
「分かってんじゃん」
「今は」
「今も」
「…強情だよ、スミレー」
「…?意味分からん」
段々近づいて来ていた顔が離されて、視線も真っ直ぐ前を向いた。黙ってればやっぱ整ってる造形。でも中身はしっちゃかめっちゃか。
色々辛辣に拒否したから、機嫌悪くなっちゃったのかな。
いつまでも横顔が横顔のまんま、ずうっとこっちを見ないから、それを良いことに俺は改めてまじまじとシオンを眺めた。
耳とか髪とか、鼻筋、睫毛、唇。
瞳は何を映してるんだろう。
俺には見当もつかない。
「写真撮ってもいいのだよスミレちゃん」
「ちゃん言うな。要らんし」
顔を真正面に向けたまま、唇が動く。
瞬きの度に揺れる睫毛は、あれどんくらい長いのか一回引っこ抜いて計ってみたい。気になるなぁ。
「睫毛抜くなよ」
「エスパーか」
「お前やりそうだもん、やめてよね」
「別に、ちょっと考えてみただけだし」
「んな物騒なこと考えんなし」
チェーンが揺れる。
さらさらと揺れる金色には、銀のピアスがよく似合ってる。でも数が多ければいいってもんじゃあないと思うんだよなぁ。
バチッと合った視線は、いつもの色で何だかホッとした。
「やっぱチューしたくなった?」
「いや全然。ピアス見てた」
「開けたげよっかぁ」
「要らん…。え、痛くないよな?」
「興味はあんのね、かぁわいいなぁ」
「開けないよ」
「まぁ気が変わったら言って?僕以外に頼むなよ」
「何で?」
「嫉妬しちゃう」
「ナンデ?」
「お前の身体に傷つけるのも痕残すのも、僕以外赦されてないから」
「んんんー???」
やっぱ帰りに耳鼻科行こう。
パチパチ瞬きしてみても俺の睫毛は音を立てたりしないなぁ。しかし視線の先の薄紫は花開いたまま、たった一度の瞬きでパチリと音を立てそうなほどの睫毛に守られたままで。
離されない。視線も手も、嫌じゃないけど、理解は出来ない。
言う相手を間違えてるのか、それとも練習台なのか。後者かな。多分きっと、まぁそうなんだろう。
これも練習、練習。
だからって人を勝手に練習台にすんなし、ばーーーか。
「スミレちゃん今、何考えてたん?」
「当ててみ、エスパーさん」
「うーん、分かんね!」
「そろそろ手離して欲しいなーって考えてたんだよ」
「なぁ帰り本屋寄ってい?」
「………お前も耳鼻科行こうか」
「なんで?」
「チッ」
「柄が悪くてよ、やめなさいってば」
言われても自然に出ちゃうんだよ。
駄目なのは分かってるんだけどなぁ。
舌打ちダメ、善処しよう。
舌打ちしそうになったら百円貯金するとかやってみよっかな。そんで貯まったら漫画大人買いとかしてやろう。よし。
いや、それまでに直せよって話だよな。
prev / next