「触ってい?」
「だめ」
「嫌なの?」
「寧ろウェルカムだよ?でも駄目」
「意味が分かんないよ藤倉」
「澤くんこそ変だよ、急にどうしたの」
「お前にだけは変って言われたくないな…めっちゃヘコむわ」
こないだピアス痕見つけたときに思ったんだけど、藤倉の髪って一体どうなってるんだろう。この前改めて間近で見て俄然興味が湧いたのだ。
一見毛先が遊んでてツンツンしてるように見えるが、ワックスとか付けてんのかな。触ったら意外と柔らかいのかも、なんて。
「そんなに触りたいの?俺の髪」
「いや、別にめちゃくちゃ触りたいわけじゃないけど」
「澤くんの髪触らせてくれるならいいよ?」
「話聞けよ。俺の髪?別に触ってもいいけど何も面白くねーと思うよ?」
「ほら」と目の前にあった藤倉の手を取りぽんっと俺の頭に乗せる。俺の髪なんて触ったところで本当に何にも得しないと思うんだけど、これくらいで藤倉の髪が触れるんならまぁいいか、というぐらいの軽い気持ちだったのだが。
藤倉はどうやらそんな感じじゃなかったみたいだな。何かフリーズしてる。
「あ、え、うぁ…」
「何言ってんのか分かんねぇよ、大丈夫?」
「えぇ、うわぁあ…」
駄目だ。会話が成り立たなくなってしまった。
あー、もしかして潔癖だったのかな。ボディタッチとか他人に触るの無理って人たまにいるけど、藤倉もそのタイプだったのか?
そう疑うも、今までのこいつのパーソナルスペースの狭さやボディタッチの数々を思い返すとその可能性は限りなくゼロに思えた。どっちかというと割と触ってくる方だもんなぁ、こいつ。
「さ、さらさら…あぁ、生きてて良かった…」
そこまでか…?
「うぁあ…」と謎の擬音を発しつつもゆるゆると俺を撫でる手は止めない藤倉。身長差的に撫でやすいのもあるのだろうが、撫でる時間がちょっと長い。俺的には一、二回撫でて終わりくらいのイメージだったのだが、細長い指先は今やくるくると長くもない俺の横髪を弄んでいた。時折彼の指が耳輪を掠め、思わずぴくりと肩が跳ねる。さっきまで硬直していたくせに、その様子を楽しむように藤倉はすうっと瞳を細めて俺を凝視している。
わざと触っているのか、それが数回続いた。
「なぁ、もういいだろ」
「あぁ、触り心地まで記録できないのが残念だよ。また触らせてね」
「別にこれくらい構わないけど、てかちょっと屈んで」
「ん」
俺がそう頼むと藤倉は素直に頭を下げた。
そこまで身長差あるわけじゃないけどやっぱ手がしんどいからこの方が有難い。
「触るよ?」
「…どうぞ」
「うわ、ふわっふわだ…!」
お言葉に甘えて目の前の髪にそっと手を伸ばす。触れた瞬間、少し藤倉の肩が強張った気がしたが思いの外彼の頭の触り心地が良すぎて俺はそれどころじゃなかった。
彼の髪は見た目に反してするっと指通りがよくワックスなどを付けている様子はない。一本一本が細くて繊細で、少し束を分けて光にかざせば普段より明るく透き通った色を見せた。
髪が猫の毛に例えられることはよくあるがこいつのはまさにそれだ。もう今度から猫倉と呼んでやろうか。
「やらけー…すげぇ」
「あの、もういいかな…」
「あぁ!悪い悪い」
どうやら俺も時間を忘れて長く触りすぎていたらしい。人の事は言えないなぁ。俺はパッと慌てて彼の頭から手を離した。
「いや、いいよ。本当はずぅっとこうしていたかったんだけど、俺も我慢できなくなっちゃうし…」
「おぉ?ごめん」
我慢…?ああ、屈んだ体勢が辛かったってことかな。これは悪いことをした。そりゃそうだよな…触るのに夢中でそこまで気が回らなかった。
俺が撫で回したせいでぼさぼさになってしまった髪を手櫛で戻す藤倉は、心なしかいつもより頬が赤いように見えた。まさか…屈みすぎて頭に血がのぼってしまったんじゃないだろうか。大丈夫なのかな。
「藤倉?ごめんな、無理させちゃって」
「無理?いやいや!無理…はしてないけど、」
藤倉は「ここ一応学校だしな…」と何やらうんうん唸って考え込んでいる。いつも通りの意味の分からなさだ。彼はぱっと顔を上げると、何とも曇りのない眼差しで微笑んだ。
「澤くん、今日したこと、今度俺の家でやろうか」
「何を?」
「触り合いっこ」
「は?」
「さわりあいっこ」
「いや、それだけのためにお前ん家行くの?ならいいわ」
「ええー」
気になってた髪なら今日触れたしな。やっぱこいつはボディタッチとか好きな割と珍しいタイプだったのかもしれない。
残念そうに口を窄める目の前のこいつと、廊下の端から俺たちの一連のやり取りを記録しているシャッター音については気にしないことにする。
ファンクラブのみなさん、そろそろ授業始まるよ。
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