逢いたかったのだと、そう呟いた彼の頬は濡れていた。
雨だと思う。多分、雨で濡れたんだろう。
空から落ちる透明が傘を伝って彼の靴元を濡らすように。俺の靴を濡らすように。
傘を差していたけれど、恐らく跳ねた雫が頬まで飛んだのだろう。
俺の頬が濡れているのもきっと、同じ理由なのだろう。
手を伸ばす。
その前に、伸びてくる。
身体の性に見合ったそれは、骨張ったその手は見覚えがないはずなのにやけに俺を安心させた。
傘を上げて見つめてくる漆黒も見慣れたものじゃないけれどずうっと見ていたい引力を、確かに俺に向けていて。
また雨が、頬を濡らすのを感じた。
なぁ、知ってるか?
あの雨のあと、虹が出たんだよ。
二つの虹が、重なるように出たんだよ。
SNSには色んな角度から撮られた虹の写真がたくさん上がって、夕方のニュースにも取り上げられた。
俺はビルの隙間から、ちらりと覗いただけだったけれど。
屋上まで上って見てみたかったけどさ、ドラマとかではよくあるけれど、実際部外者が勝手に入って屋上まで上れるビルなんてそうそうないんだ。
観光客が来るような展望タワーならまだしも、ただの都会のビルじゃあそう上手くもいかなかった。
それでも見られたよ、一応な。
隙間からでも、ほんの少しでも。確かにそれはふたつの虹だった。
あの時に感じた懐かしさを、たった一粒の寂しさを、たった今取り戻している。
あなたの瞳を見た瞬間から、確かに何かを取り戻しかけている。
逢いたかったのだと、あなたは言った。
濡れている頬を慰めるように伝う指先に自分のを重ねて、俺も、と小さな声で呟いた。
知ってるか?
この雨が上がったらきっとまた、虹が出るんだ。
ドラマみたいに何処かの屋上で見ることは多分難しいから、坂道を登ろう。
そうして街中が見渡せるところからきっと、その虹を見よう。
今度は、ふたりで。
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