mitei 笑ってくれたら | ナノ


▼ 3_俺だけに

「秀」

「へぁ、え、なんで」

夜、何となく小腹が空いてコンビニに寄った帰りに青山と会った。
うそ、本当はちょっと頭を冷やしたくて気晴らしに散歩したかっただけ。

それなのに、どうしてもやもやの元凶と出くわしてしまうんだ…。

「コンビニ行ってたの?」

「まぁ」

俺の手元のビニール袋に視線を落として彼が言う。零は?こんな時間までバイトしてたの?
あの喫茶店って、そんなに夜遅くまでやってるのかな。

「秀、バイト終わったから、一緒に帰ろ」

「………」

「秀?」

「あ、おお!遅くまで大変だな!」

「ん。なんか、元気ない?」

「そんなことないよ」

いけない、また考え込んじゃった。
何度打ち消そうとしてもちらつく、あの光景、あの表情。零がほんのちょっと微笑んだだけで頬を赤らめる店内のお客さん達と、それを思い出すだけで複雑な気持ちになってしまう変な自分。

いやいや、こいつの顔なんていつも見てるじゃん。笑った顔だって、何回か見てるじゃんか。
それこそ隣で、誰より近くで…。

「…しゅう、秀」

「え!なに?悪い聞いてなかった」

「やっぱり今日、変。体調良くない?」

「そんなことないって!ちょっと…考え事してただけ!」

あははっと笑ってみせるも、零の表情は変わんないまま。いつもと同じ、無表情のままだ。
夜道じゃ暗く見える灰色の瞳も、何を考えているのか分からない。
ただ…その色を冷たいとかは思わなくて、俺だけを映すそれに安堵してしまった。

俺を見てる。
この綺麗な鏡が、奥の奥に優しい光を灯す瞳が、今は俺だけを映してる。
そんなことにほっとするなんて。
嬉しいとか、思っちゃうなんて…。何だか頬が熱い気がする。

これじゃあ昼間のお客さん達と同じだよ、俺。
なんて思っていると滑らかな手が頬に下りてきた。すっと目元を撫でた指先が、確かめるようにするりと俺の輪郭をなぞる。

「顔、熱いね。寒気は?」

「熱なんてないよ、ちょっとその…歩いたからかな」

手を振り払えないまま視線を逸らすと、頭上でふっと息が漏れた。何だ?今どこか笑うところあったか?

「秀、もしかして妬いてた?」

「………は?」

「嫉妬、してくれてたのかな…とか」

「しっと?」

「やきもち」

「やきもち?誰が?」

「秀が」

「な、何に?」

「んー、例えば…お客さんとか」

「お客さん…」

お客さん…お客さん?
それって喫茶店の?どのお客さんだろう。

何て言葉で隠しながらも、脳裏に過るのは笑顔で接客する青山と、それに嬉しそうにはしゃいでいたあの人たちだ。

他にいたっけ。
いや、お客さんなら他にもたくさんいただろうに…どうして何度もその光景が浮かぶんだろう。

「秀?」

「あのさ、零。俺、が…。俺がもし、やきもちやいてたって言ったらお前は…」

零は、どう思うの。
言いかけてやめた。そんなことを訊く時点で、何が言いたいのか分かりきってる。
俺は自分でも気づかなかった胸の奥の奥の僅かな熱に漸く気づいて、どうしたらいいか分からなくなってまた俯いた。

気づかなかったなんて嘘だ。隠してたんだ。
だって俺は、あの時お前で…。

なのに頭上ではまたあの穏やかな声がする。
多分だけど、ちゃんと見上げなきゃ分かんないけど、微笑ってる。

わらってる…?
さっきもだけど、今日は本当によく笑う。
だけどどうして。

「秀がもし嫉妬してくれたなら…。そうならうれしい。うれしいなぁ」

う、わ…。見上げるんじゃなかったかも。

それは店で見たものとも、先ほどまでのものとも全然違っていた。

こんな、こんなカオ…。
初めて見た、かもしれない。

そんな、蕩けるような表情。本当に嬉しくてしょうがないみたいな表情…。
俺だけを映していた灰色の中いっぱいに花が咲いて、目元の泣きぼくろが柔く歪んだ。

「それは…反則だろ」

「ん?」

「まさか無自覚なの?」

「さぁ?どう思う?」

「…ずるい」

聞かなくても分かる。
いつの間にか繋がれていた手から、俺の本音まで全てが伝わってしまいそうな気がした。

「帰ろ、秀」

「…ばか零」

こんな顔、他の人には見せないでほしいって思うのはきっと、きっと。

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