「ホントに何も変わらないなっ!?」
「うっさ…。だから夜ですよって」
「あぁ悪い、うん…いや、うん」
頻繁に泊まりに来ていた友人とルームシェアするようになってからはや一ヶ月。
泊まりに来ていた時とホントに何にも変わらない。いや、寧ろ何が変わると思ってたんだ俺は。
「なぁに?何か期待してたの?」
「きたい?」
「え、無自覚ですか?」
「え、何の自覚?」
「うっそぉ…マ?」
「ま?」
こてんと首を傾げると、ナズナも揃えて首を傾げた。さらりと風呂上がりの黒髪が揺れる。
髪が細いからか、乾くの早いよなぁ。
と言うかナズナの言う通り、俺は何が変わると思ってたんだろう。
期待?何に期待してたのだろうか。
確かに家族以外の誰かと暮らすなんて初めての体験だったし、友達が稀に泊まりに来ることはあってもこんなに長い間他人と一緒に居ることなんてなかった。
ナズナと出逢ってからは、他の友達が泊まりに来ることもなくなってたんだけど。
アレ、何か期待してたのかなぁ俺。
これ以上親密な仲になれる…みたいな?
唯一無二の親友になれるみたいな?
ナズナとこれ以上仲良くなれるのでは…みたいなこと?これ以上ってなに。
今でも結構…自分で言うけど仲が良いんじゃないかと思ってるんだけど…。んん?
「なぁナズナ、俺って何の期待してたの?」
「それおれに訊いちゃうんだ、おもろいねぇ」
「馬鹿にされてることだけは分かった…」
「してないよ。バカだなぁと思ってるだけで」
「それを馬鹿にしていると言うのでは」
「ははっ、ウケる」
「ウケない」
そんな薄っぺらい笑みで言われましても。
変わったことといえば本当、思い浮かばない。
強いて言うなら生活の一部に絶対こいつの姿があるということ。だって大学同じだし、帰る家も同じだから必然的に一緒に居ることが普通になる。
でもこれはナズナが引っ越してくる前からも割とそうだったから、あまりそこまで変わった感じはしない。
あとはちょびっとナズナの荷物が俺の部屋に増えたこと。服とか教材とか、ほんのちょっとだけ。それもそんなに量がある訳ではないので、そこまで気になるようなことでもない。
朝起きて背中に体温を感じるのも今更だしな…。
「あっ」
「んー?」
「昼間も一緒に居られることが増えたから、雨の日もちょこっとだけ話せる」
「…ほう」
「あぁいや、無理して欲しいとかじゃなくてなっ!その、ナズナの声を聞ける機会が増えたかなぁ、と…」
「…ほほう」
「なに、その反応」
「別に」
ふいと視線を逸らされてしまったのだが、俺は何かこいつの気に障ることを言ってしまったのだろうか。やっぱり雨の日でも話すの辛いのに、それを嬉しいみたいに言っちゃったからかな。申し訳ない。
でもこいつの…ナズナの声を聞ける機会が増えたのは本当だから、それを嬉しいと感じてしまっているのも本当だから、伝えてしまった。
無理して話して欲しい訳じゃないけど、夜以外でも声を聞くことができるってことが…嬉しいんだ。
俺ってどこまでもワガママでやな奴かも知れない。一緒に暮らしてて嫌だとか思われてないだろうか。今更気になってきたな。
「ユウガ」
「はい」
「ばぁか」
「直球!」
相変わらず彼の声は涼やかで耳に心地好い。
それにやっとこちらを向いた太陽のような瞳も、やっぱりキレイだけれど、その奥で何を考えているのかまではまるで分かりはしなかった。
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