mitei 秘密のひととき | ナノ


▼ 5

「オイ出てきたぞ、本当にあのガキか?」

「ああ、そうだ。外見についての情報は無ぇが恐らくな」

「そんな不確かな情報で大丈夫かぁ?違ってたらどーすんだよ」

「でも確かにあの店から出てきた。あいつが情報握ってる可能性は十分ある」

「つってもなぁ…。マジでただの店員だったら後々めんどくせぇぞ」

「お前だってあの店の噂知ってんだろ?なら違ってても無理矢理にでも吐かせればいいじゃねーか。『地下室』の奴についてさ」

「あのう、お取り込み中のところすみません」

「何だお前」

「テメェ…今の会話聞いてたとか言わねぇよな」

「あはっ、どちらでもいいでしょう。それよりあなた方にお尋ねしたいことがありまして」

「んだよ」

「まさかとは思いますが。…あの子に危害を加えるおつもりで?」



「何か暗くなるの早くなってきたなぁ」

「お疲れさまー。ヤマシタくん」

「うわっ??!あ、すみません…」

「今帰り?遅くまでご苦労さまですね」

「いえ、どうも…」

びっっっくりした…。全然気配無かった…。
店から出てすっかり暗くなった空を見上げ、視線を道に戻すとそこには俺の名前を訊いてきたあの謎の美人さんがいた。
確か窓際に座ってた人だよな…。

あの時みたいにふわりと微笑んで柔らかい雰囲気を纏ってはいるが、何だろう。
ちょっと苛々してる?分かんないけど、どことなくピリピリしているような…。

こてんと可愛らしく首を傾げるその仕草に見惚れることほんの数秒、そのピリリとした気配は煙のように消えてしまった。

やっぱ気のせいだったのかな。
俺の方が疲れていて、そう見えてしまっただけかもしれない。

「あ、じゃあ俺はこれで」

「危ないから駅まで送りましょう。僕も同じ方向なので」

「危ないって、すぐ大通りですし大丈夫ですよ?」

「…大丈夫じゃなかったら、どうするつもりだったの」

「へ?」

「ううんゴメン。意地悪なコト言っちゃいましたね。さ、行きましょうか」

「あ、いや」

帰りにスーパー寄ろうと思ってたんだけど、何だか断れる雰囲気じゃないなぁ。
別にこの人が嫌って訳じゃあないんだけど…どうしよう。
折角の厚意を無下にする訳にもいかないし…。

一度駅まで一緒に行って、帰るフリしてスーパーまで戻ろうかな。それじゃ面倒だけど、最寄り駅にあるのはコンビニくらいだし仕方無いか。

「あ、そうそう」

「へ?」

「僕そこのスーパーに行きたいんですが、駅まで行くついでにちょっと付き合ってくれます?」

「………はあ」

何かおかしなことになってしまった…。
並んで歩く隣の美人さんは、長い足で優雅に歩を進めている。
元々歩くのがゆっくりな人なのだろうか。
だけど普通に歩いたら絶対俺よりも速く歩けるだろうに、俺とこの人との距離が離れることはない。

俺の歩幅に合わせてくれてる…のかな。

「…あれ」

「あ………ヤベ」

前方を見ると、倒れている男性が二人。

何かあったのかもしれない。
焦った俺はスマホを取り出し、慌ててその人たちに駆け寄ろうとしたが…手首に巻き付いた何かがそれを阻んだ。
あの美人さんの、手だ。

「ちょっ、離してください!助けを呼ばないと、」

「大丈夫」

「え?」

「きっと酔っ払いですよ。ほうら、見ててごらん」

焦っている俺の力でも振り解けないほどの力強さで俺の手首を拘束したまま、彼は呟いた。

そして言われた通り男性たちに視線を戻して数秒、何と彼らはむくりと起き上がったではないか。

本当に酔っ払いだったのかな…?

だけどこの辺りであんなにあからさまに出来上がってる人を見るのは珍しい。
飲み屋街はもっと離れたところにあるし、そもそもこの辺りは治安が良い筈だし。

覚束無い足取りで歩き出した男性たちは今にも倒れそうで思わず心配になるが、手の拘束は解けそうにない。

彼らはそのまま大通りの人混みの中へと消えていった。
その姿をただ見送るしかなかった俺はハッと気づいて手を捻る。と、あれほど強かった拘束はいとも簡単に解かれたのだった。

痛くはなかったけど、この人が分からなくて少し怯んでしまう。
あの場面を見ても少しも焦らないのは尊敬するけれど、俺を拘束しておく必要性が果たしてあったのか。

というか、焦ってスルーしてたけどこの人「ヤベ」とか言わなかったか?
気のせいだろうか。
物腰も話し方も柔らかいこの人からそんな言葉が出るとは思えないんだけど…やっぱ空耳だったのかな。

そんなことより、どうしてこの人は俺を離してくれなかったのだろう。
どうして彼らが酔っ払いだと分かったんだろう。

「…きみは」

「…?」

「本当に、心配になるくらいお人好しだねえ」

「………あなたは」

言いかけて、飲み込んだ。
破ってはいけない御法度を破ってしまう気がしたからだ。

「それがいい。きみは聡いね」

一瞬だけ、背筋が粟立つのを感じた。
なのに。

夜闇でも分かるほどに穏やかな笑みを浮かべたその翠は、不思議なことにまるで真っ暗な道を照らす灯火のようだと思った。

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