「さてさて、この状況もデジャヴだねぇ」
「ごめんなさい…」
「一応訊くけど、なにが?」
「俺、馬鹿だった。アンタの忠告無視して結局危ない目に遭ったのに…助けてくれてありがとう」
「好きな子助けるのは当然でしょう」
「………」
好きな子。
好き。好き…かぁ。
この人にそんな風に言って貰える価値って、俺にあるのかな。
例えあったとして、それってどんなものなのかな。
あの時たまたま俺がこの人の話を聞いただけで、それが俺じゃなければこの人は俺なんて知らなかったままで。街ですれ違ったりしてもきっと見向きもしないだろう。
そんなものだ。
そんなものなんだよ。
俺なんて、きっと。
「………なら、おれにちょうだい」
「は?」
「蓮くんが要らないのなら、おれがもらってもいいでしょう?だから蓮くんの全部、おれにちょうだい。絶対めちゃくちゃこれ以上なく大事にする」
俯いた俺に降ってきた声はとても優しく、それでいてやっぱり寂しげな色を帯びていた。
なのにしっかりとした芯がある。
確信があるというより、太陽が東から昇ることを疑いもしないような当たり前さがあった。
「ふっ、ははは、あはははっ!嫌です」
「嫌なんかい」
真剣な瞳でそんなこと言われるもんだから、何だか可笑しくなってしまったなぁ。
変なの。
何も笑うところなんてないのに。
俺のこと、こんな風に想ってくれるこの人にさえすっごく迷惑をかけてしまったっていうのに。
忠告までしてくれたのに結局また、助けられちゃったんだよなぁ。
「そんなカオしないで。あの自称殺し屋はちゃあんと始末しといたからさ?依頼主も一緒に」
「えっ?!まさか殺して、」
「ないない。あんなのにわざわざそんなコトしない。蓮くんが後々気に病むのもやだし。ちょっとお仕置きしただけだよ。一応、心配ならちらっと様子見に行く?」
「や、なんか…いいです」
そんなちょっとコンビニ行く?みたいな…。というかお仕置きってなに…。
この人がこの満面の笑みで言う四文字がやけに不穏に思えたのだが、その事実はテレビをつければすぐに分かった。
出るわ出るわ、大物政治家の不正の情報。
リーク元は不明、しかし明らかに俺と無関係とは思えない、聞いたことのある話もいくつか混じっていた。
ネットニュースにもなってる。
「ちなみにあの自称殺し屋は…」
「ちゃんと(ボッコボコにして)全裸で交番の前に転がしといたよ?」
「全裸にする必要あった?」
この寒空の下で?鬼畜かよ…。
というかちょっと間があったのは何だろう。
「言っておくけど、別におれが見たくてそうしたワケじゃあないからね」
「そんなこと思ってませんけど」
てか俺もこの人怒らせたら全裸にされんのかな…普通に怖い。
「いや、怒らせなくても全裸にはするよ?」
「え、するの?」
何も悪いことしてなくても?
それで、俺も路上に転がされたりなんてことは…。
「いやいや!蓮くんの裸見ていいのはおれだけだし、蓮くんを路上に寝かせるなんて有り得ないから!!そんなコトしないしない」
「でも全裸にはするんだ…」
「します。主にベッドの上で」
「ひぇっ…」
「でもそれは今じゃない。だから安心してね」
「安心できない…」
にこにこ笑う雪花さんの笑顔を見ていて、笑顔というものにも色々種類があるんだなと俺は学んだ。
例えばいつもの柔らかな表情は、恐らく感情が溢れ出たもの。それから寂しげに自嘲するようなものに、相手を威嚇するためのもの。そして俺に今向けられているこれは恐らく…良からぬことを企んでるやつだ。
それを隠そうともしないこの人は意地悪なのか本当は優しい人なのか。
雪花さんの真意が知りたくて、この時ばかりは俺も超能力者になってみたいと思ってしまった。
「…オススメはしない。でもおれは、本当に良かったなぁって思ってるよ。街中ですれ違ってもきっと、いや絶対に」
見つけてみせるよ。
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