mitei プリズム | ナノ


▼ プリズム

別に深く考えた訳じゃない。

ただコンビニの前でたむろする高校生達を見て、「あぁ、ふたつに分かれてるな」と思った。
性別によって違う制服に髪型、仕草や口調とか、そんなのも。

こういう風に捉えちゃうのも偏見に入るのかなーなんて思いながらコンビニの脇を通り過ぎると、暗闇で蹲っている怪しい影が視界に映った。

「わぁ…怪しい」

駅前の明るい通りからほんの少し曲がったところで蹲る人影。ぽつぽつとその側を通り過ぎる人々は皆知らん振りだ。

初めは具合が悪いのかな、と思ったけれどどうやらそういう訳じゃあないらしい。
よくよく見ればその人は手探りで何かを探しているようだった。

大通りじゃないから明かりも少なく薄暗いし、手元がよく見えないのか中々に苦戦しているようだ。というかそもそも、何を探しているんだ?
少し離れたままで凝視していると俺の視線に気付いたのか、蹲っていた人がパッと顔を上げた。こちらに来いという意味なのか、ちょいちょいと手招きされる。
何で人って見られていると気付くんだろう。不思議だな。

どちらにせよ俺はこの道を通らないと家に帰れないから、その人のところへ行かざるを得なかった。というか、気付いてしまった以上はスルーする訳にもいくまい。
それは決して善意からではない。単に気になって後々自分が気持ち悪くなるのが嫌なだけだった。

残念ながら俺は善人の類ではないのだ。それは薄々どころか、ひしひしと自覚している。

そうして手招きをした人物の元へ近寄り俺も同じように隣に蹲ると、その人は俺より幾分背の高い人だと分かった。同じ体勢でも足の長さがこんなにも違うのが何か悔しい。

長いさらりとした髪で半分以上隠れた顔はよく見えなかったが、すらりと骨張った指や少し突き出た喉仏からどうやら男性なのだと分かった。身体は。

「コンタクトを落としてしまったんです。すまないけれど、探すのを手伝ってくれないでしょうか」

低い声でそう言ったその人の瞳は髪が邪魔してやっぱり見えなかったけれど、俺はただ「いいですよ」と答えた。
何度も言うが善意からではない。反射的に断れなかった悲しき日本人の性とでも言おうか。ノーと言えるかどうかは時と場合によるタイプのジャパニーズなのだ、俺は。

それにここまで来て隣に座っておきながら、今更「嫌です」なんて言えまい。まぁ別に嫌じゃなかったんだけど。

…というかマジでいるんだ、道端でコンタクトを探す人って。漫画とかでしか見ないと思ってた。
俺は目が良い方だから眼鏡もコンタクトも必要無いしそういった苦労とかも分かんないけど、落としたコンタクトを拾ってどうするんだろう。

まさかもう一度着けるのかな。一度道に落としたものを?洗ったとしても、ちょっと抵抗があるなぁ…。
でもこうしてわざわざ探してるってことは、そうなのかな。そうなんだろうな。
目が悪い人、俺の無知で不快にさせていたらゴメンなさい。

そんなことを考えているうちにも隣のその人はせかせかと固いアスファルトのどこかにあるのであろうコンタクトを探している。
コンタクトを落としたということは、今はよく見えていないんじゃないか。それなのにあんな透明で小さなものをこの薄暗がりの中で探そうなんて無理ゲーにも程がある。

視力に自信がある俺だってすぐに見つけられる自信は無いんだ。この人は一体どれくらいの時間ここでコンタクトを探し続けていたのだろう。
替えの眼鏡とか持ってなかったのかな。

おっとと、協力するって言っちゃったからには俺も探さないとな。
必死にコンタクトを探すその人をちらりと横目で見ながらすぐに俺も地面に視線を落として、それらしきものが無いか探し始めた。

…そう言えば一度、目が悪い友人の眼鏡を借りて掛けてみたことがあったな。とても度がきつくて、長時間かけない方がいいと言われた。
度が合わないと頭が痛くなることもあるのだとか。

大変なんだなあと思いながらも実際掛けてみると周りが一気にぼんやりと輪郭を柔らかくして、俺はまるで水中にいるような気分になった。
外すとクリアになって、また掛けると水中に戻る。
その違いが面白くて、何度も掛けたり外したりして遊んでいると怒られてしまったけど…。今になってふとあの感覚が蘇ってきた。

この人は今、水中にいるような感覚なのだろうか。

馬鹿な考えが頭を過ぎる。
けれどあの時の逆だと考えると、隣で地面を一生懸命撫でているこの人は今、水中でゴーグルも着けずに小さな小さな欠片を探しているような感覚なのだろうか。
それはとても…難しいことをしているんだな。もし違っていたならゴメンなさい。

「………」

「………」

無いなぁ。見つかんない…。
二人して暫く無言で地面を漁っていると、隣から「あっ!」という声が。
つられて俺も、「えっ」という素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ありました!すいません、ありがとうございます!」

「あっ、そうですか。良かった…」

良かったマジで。コンタクトが見つかってこの人も嬉しそうだ。
…結局俺、何の役にも立てなかったな。けどまぁ、見つかったんならいいか。これで俺も心置きなくお家へ帰れる。冷蔵庫で待ってる杏仁豆腐も安心して食えるし録画してる映画も集中して観られるし、めでたしめでたしだ。

「本当に!ありがとうございますっ」

「いや、俺が見つけた訳じゃあ無いですし…」

コンタクトを自力で見つけたそのひとは何度も何度も丁寧にお礼を告げてくれた。

俺、そんなにお礼を言われるようなことはしていないのにな。
見つけたのはこのひと自身だし、俺なんて結局ただ隣で蹲ってたのと実質変わんないし。もしかしたら、ただ邪魔になっていただけかも知れないのに。

「じゃあ」と別れを告げて立ち上がり、その場から離れようとするとするりと細長い指が俺の手首を掴んだ。
コンタクトの人も一緒に立ち上がって、向かい合う形になる。やはり思っていた通り、いやもしかするとそれ以上に背が高い。平均的な身長の俺が少し見上げなきゃ視線が合わないくらいだ。

髪が流れる。
薄暗い夜道では黒に見えるその髪が、本当はどんな色をしているかなんて分からない。

だけどきっと、とても綺麗なのだろう。
その髪の後ろで恥ずかしそうに見え隠れしている瞳も、きっと。

…というか手、離してくれないんだな。

「…あの?」

「ちょっと待って、行かないで」

「いや、もう見つかったでしょ?良かったじゃないですか」

「じゃあ俺はこれで」、と今度こそその場から離れようとするも、やっぱり手を離してくれない。何だ何だ、お礼なんて要らないぞ。

変に首を突っ込んでしまった自分も悪いが、この状況はどうしたものか…。コンタクトの彼はやはり手を離してくれる気配が無い。

「あなたが居てくれて良かった。本当に良かった」

「そんな大袈裟な…。というかあの、手、離してくれません?」

「ありがとう。伝えても伝えきれないよ」

「だから大袈裟すぎ、…る………え」

いつの間にかぎゅううと握られた両手は痛い訳でもなくただ温かくて、他人の温度なのに不思議と気持ち悪くなかった。だけど俺が驚いたのはそこじゃない。

長い髪の隙間から垣間見えたその人の瞳が、一瞬虹のように輝いて見えたから。
辺りの薄暗い街灯の光すらもプリズムみたいに美しく反射して俺に向けられるその輝きは、俺を彼の前に縛り付けるには余りに十分だった。

柔く握ったまま離されない手首の力なんかよりも、ずっと強い拘束だ。
強くてその上、心地が好い。

「あぁよく見える。とてもよく見えるよ」

「え、アンタ目が悪いんじゃあ」

もしかしてと思うけど、見つけたコンタクトもう着けたの?まさかまさか、洗ってすらいないものを。
そんな訳ないのに、コンタクトの彼改めプリズムの彼はじいっと此方を見ている。

少しも見逃すまいという強い意思すら感じてしまう。

「目は、悪いよ。だけどあなたが見つけてくれたから、今はとてもよく見える」

「…?だから、俺は何も見つけてなんか、」

「見つけてくれたよ。たくさんの人が通り過ぎる中でただひとりだけ。あなただけが僕を、見つけてくれたよ」

「え、あの…え?」

動揺を隠せない俺を、どうしてもこの人は離してくれる気が無いらしい。やっぱりおかしな事に関わるべきじゃなかったかと思ったが、不思議と嫌じゃなかった。

だってこの人は見てる。
真っ直ぐにただ、俺だけを見てるから。

どくんと高鳴る心の臓までもを貫きそうな眼差しは、醜い俺の本性まで暴いてしまいそうで。

見えるはずもないものまで見通してしまいそうな輝きが、ガラスの欠片みたいに俺の心に突き刺さった…気がした。

「じゃあとりあえずお名前を教えてください」

「………なんで?」

「もちろん、このままあなたを逃がしたくないから」

いい加減手汗が気になる。
それにただの恩人に向けるにしては視線が熱を帯びている…気がする。

「…逃げていいすか」

「お名前を」

ひぇ…。
にこりと微笑うプリズムの君は薄暗い中でも眩しく輝く。それはもう、恐ろしさすら感じるほどに。

「あの…」

「ん?」

「離して欲しいんすけど」

「あははっ!で?」

「で?」

「おれはねぇ、」

夜なのに眩しい。

どうやら平凡な俺の日常に、突如として異質な光が割り込んできたようだ。

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