mitei アンケートにご協力を | ナノ


▼ お願いしまぁす

「アンケートにご協力よろしくお願いしまーす!」

「………」

「おねがいしまぁす!」

今日もうるさ…。
ヘッドフォン通してもこの音量って何?

そしてこいつの、赤の他人に対するこの距離感は一体何なんだ?

割と大きな駅前のロータリー、通勤通学で賑わうその場所は至るところでティッシュ配りやら何かの募金活動が行われることも珍しくない。

俺も毎朝通るところで、声を掛けやすい顔でもしているのかそういった人々に歩みを止められることも少なくなかった。

初めのうちこそそういった声掛けに対して申し訳なさそうに丁重に断りはしていたものの、時が経つにつれ段々と億劫になり、今ではヘッドフォンをして視線を合わせないようにして、話し掛けるなオーラを放って通り過ぎるようになっていた。

それでも毎朝毎朝、必ず俺にアンケートを求めてくる猛者が一人残っていたのだ。

蛍光色の水色のパーカーに黒いスラックス。顔はちゃんと見たことはないが俺とそう変わらない、若い男性だと思う。

何のアンケートなのか、どうして俺に執拗に声を掛けてくるのかまるで分からないが、分からないままでいい。

その男から出来るだけ遠い場所を通ろうとしても、目線を合わさずに頑なに無視しても毎朝必ずアンケートを求めてくるこの声に俺は正直辟易していた。

もちろん、無視して申し訳ないとは最早全く思わない。思えなくなってしまったのだ。

心が汚れてきてしまった証拠だろうか…。
だけどいい加減しつこすぎる。

大体本当に何のアンケートなんだか知らないが、そんなに書いて欲しいならチラチラ盗み見てるあの女の子達に書いてもらえばいいと思う。

俺は人のビジュアルに関して興味が薄い方だと友人にも言われたことがあるが、そんな俺にも、この水色アンケート男の容姿が平均よりかなり上を行く類いのものであることは分かっていた。

俺は面倒臭くて直視したことはほとんど無いが、周りの反応を見ていればそれくらいは分かる。

それなのに何で俺に頑なにアンケートを書いて欲しがるのか。対象が限られたアンケートなのか?

それなら、老若男女あらゆる人が入り乱れるこの場所はうってつけだろう。
俺みたいな奴も、幾らだっている。

だというのに…。

「アンケート!お願いしまぁす!」

「………」

本当に懲りないなぁ。

自然と、短い溜め息が溢れてしまった。

そうして背中に刺さる視線を無視したまま今日も、俺はいつも通りの道を歩いていった。



「おはようございます!アンケートお願いしまぁす!」

あぁ、今日も居る…。

水色のパーカーのせいかはたまた容姿のせいか、どちらにせよこの人は遠目からでも目立つから俺にとってはありがたい。

駅から出てこいつの姿を視認するとなるべく遠くを歩くようにしているからだ。

蛍光色のパーカーも高い背も、そう思えば良い目印である。

それなのに…。

例え道の反対側に居ようと、俺を見つけるなりダッシュで駆け付けてくるこいつはもう本当に何が目的なのか分からない。

対象が限られたアンケートなのかとは思っていたが、まさか俺限定のアンケートか?

いやいや、そんな馬鹿な話があってたまるか。

俺にしか書けないアンケートってなんだよ。寧ろそんなのアンケートとは呼ばない。もうアンケート言い過ぎてアンケートがゲシュタルト崩壊だ。

面倒臭いな…面倒臭い。

この道を通らずに駅の反対側から出て、迂回ルートを使おうかと考えたこともある。

だけどそれは時間がかかるし、何より何でこんな奴のために俺がそんな労力を割かなければならんのだという怒りすら覚える。

そっか。思い付いた。

寧ろ一回書いてしまえばもう満足して、俺に声を掛けてくることはなくなるんじゃないか?

俺が今まで頑なに拒否し過ぎていたから、こいつは執拗に俺に構うようになったのかも知れない。

なら、答えはひとつじゃないか。
そのアンケートとやらに回答してやろう。

「アンケートお願いしまーす」

「………はい」

「えっっっ!!?」

「え」

「あーいや、すんません…いつもその、視線も合わせてくれないから…」

それに気づいていながら声を掛け続けるその度胸には脱帽するけども。

「で?何のアンケートすか」

「あ、ハイ!こちらに記入お願いしまーす」

「はあ」

なになに…。

『現在お使いの携帯端末について…』
『最新の機種への興味は…』
『現在のプランよりお得なプランを…』

あれ?案外普通のアンケートじゃないか。
電子機器会社のアンケートかな。

何かもっとこう…よく分かんない感じのものかと思ってたから拍子抜けした。

しかし俺がちまちまと記入している横からは、眩しいほどの笑顔と共に別の質問が投げ掛けられていた。

「オニィサン、いっつも何の音楽聴いてるんですか?」

「はあ…色々」

このヘッドフォンはあんたがうざくて着けてるんですよ、とまでは流石に言えない。

「音楽お好きなんですか?」

「まぁ人並みに」

「学生さんですか?」

「ご想像にお任せします」

アンケートを書きながらも、こいつには一ミリだって俺の個人情報を渡してなるものかという無意識の警戒心はしっかり仕事をしてくれていた。

それでも俺のそっけない返答など意に介さない様子で、水色の変人は質問のボールを投げ続けてくる。

「好きな食べ物は?」

「色々っす」

「じゃ、好きな映画とかあります?あ、趣味は?」

「………色々」

何でそんなこと訊いてくるんだ…。
あまりにも無遠慮に踏み込みすぎだろ、と俺がじとりと視線を上げると、満面の笑みから少し真顔になった水色野郎が視線を絡めてきた。

「…恋人とか好きな人っていたりします?」

「は」

「だから、今、お付き合いしてる人とかー、気になってる人とかいるんですか?って」

「何でそんなこと訊くんすか」

苛立ちを隠しもせずにそう訊くと、男は形の良い唇を緩く持ち上げてこう言った。

「あなたのことが好きだからですよ。一目惚れです」

あ、明日から迂回ルートを使おう。

何を考えるより先に、俺の脳はそう結論を出した。



よし、これでもうあの変態水色アンケート野郎に会うことはないだろう。
多少の早起きは少し腹が立つが、今後の心の安寧のためにも致し方あるまい。

これで漸く平穏な日々が戻ってくる。

そう思っていたのに…。

「あ!はよーございまぁす!!」

本当に営業スマイルなのかと疑いたくなるほどの満面の笑みで俺に挨拶をしてきたそいつは、昨日も至近距離で見た奴だった。

うっっっそだろ?何でいんの?
ここ駅の反対側だよ?

ほとんどの人がこっちじゃない方から出ていくのに、だからこそこちら側は勧誘もアンケート活動の類いもほとんど無いのに。

そんな人気のない道で、何で今日もこいつが居るんだ?

「おにーいさん!また会いましたねぇ」

「………」

「ありゃあ、お気をつけてー!」

その日は無言で通り過ぎ、昨日のことも何事も無かったかのように視線も合わせなかった。

昨日だって意味不明な告白のあと、混乱の余り記入途中のアンケート用紙を彼に押し付けて逃げ去ったくらいだ。

あ…もしかして、たまたま担当区域が変更になったのかな。

俺がわざわざ時間のかかる迂回ルートを通ろうとしたまさに同じ日に、奴も場所を変えることになるなんて。

全く何て奇跡だろう。いや、こんなことは奇跡とは言わない。偶然だ偶然。

歩き慣れない道を踏みつけながら、俺はひたすら自分に言い聞かせた。

明日からはまた、安心していつもの道に戻れるじゃないか。

しかし翌日、俺が迂回ルートをやめていつも通りの出口から駅を抜けるとまた、背の高い水色アンケート野郎が居た。
俺を目敏く見つけてはふわりと微笑んで、遠くから手を振ってくる。

…なんで?

それから次の日は迂回ルートにしてまた奴と鉢合わせ、普通の道に戻せばまた…なんてことを四、五回は繰り返した。

なんで、どうして、どうなってるんだ?

ぐるぐるとそんな言葉が踊る中、思考の深くでは認めたくもない一つの答えがはっきり出ていた。

あいつが、俺を追って場所を変えている…?

自意識過剰かと言われるかも知れないが、あの発言にこの遭遇頻度。
そう思うなと言われる方が無茶というものである。

「おっはよーございまぁす!アンケートに回答を」

「もうしましたよね」

「………!!!」

「…何すか」

「おれに…話し掛けてくれた…!」

「アンタがしつっこく話し掛けてくるからだろっ!!」

もう敬語とか必要ないと思う。
ヘッドフォンを外して思いっ切り睨みつけてやると、それなのに水色野郎は嬉しそうだった。

「あぁ…おれのこと覚えてくれてたんすね…うわぁニヤけるぅ」

「もう俺に構わないでくれ」

「やです」

「はっ!?アンケートなら答えただろ!」

「記入漏れがあったので。またお願いしまぁす」

「ざっけんな、もう書かない!というか何でそんなに俺に話し掛けるの」

「言いませんでしたっけ?一目ぼ、」

「あーっ!!!いい、いい、言わなくていいからもう諦めてくれ!」

「恋人でも?」

「…いないけど」

「じゃあ好きな人が?」

「そ、れも…いないけどっ!」

くそぅ、何でこんなことこいつに教えなくちゃならないんだ!
と思いながら地面を見つめていると、頭上から遠慮のない笑い声が降ってきた。

誰のものかなんて考えなくても分かる。

「あっははははは!ぶ、くくっ…ふふっ」

「んだよっ!」

「いや、ふふふっ、すんませ…かんわいぃ…」

「だから、何なんだよ!馬鹿にしてんのか?」

「違…違いますよぉ、ぶふっ…はーぁあ。いやぁ、そんなこと馬鹿正直におれに話さなくても、恋人が居るーとか適当に嘘吐けば良かったのになぁって」

そう言うや否や男はまた肩を震わせて笑い始めた。よく見ると色素の薄い瞳には、笑い過ぎで涙が滲んでいる。

しまった…嘘吐きゃ良かったんだ…。

その手があったかと俺が項垂れたのを見て、男がまた嬉しそうに微笑みかけてくる。

「どうしよ。まぁた好きになっちゃった」

「諦めてください…」

「何で?男は対象外?」

ぶっちゃけそういうことは分からない。
だって今までろくに誰かを好きになったことなんてないのだから。

だけど…。

「何かアンタはイヤだ」

「えぇ、傷付くなぁ」

「アンタこそなんで俺なんすか。他にいっぱいいるでしょ」

「きみはここにしかいないでしょ」

「ああ言えばこう言う…」

もうやだ、と溜め息を吐くと、水色アンケート変態失礼男がふと意味の分からない言葉を吐いた。

「おれ、ワイヤレスイヤホン?苦手なんすよねぇ」

「は?」

「一回買ってみたんすけど案の定なくしちゃってー、ワイヤレスじゃない普通のイヤホンでもいいけど耳が痛くなったりするし?」

「なんのはなし…」

「ヘッドフォン着けてるきみ、すんごくグッときたんだよなぁ」

………?

世の中には、色んな人がいるんだなぁ。

価値観が違うことは多々あれどその人の価値観を無闇に否定することはしちゃいけないよ、とばあちゃんのお言葉を思い出した。

それが例え自分と正反対の考えであっても、と。

………無理だよばあちゃん。
だってこのひと、意味分かんなさ過ぎるよ。

否定とか肯定とかそれ以前に、俺の理解の範疇を軽く越えてるよ。

暫くの沈黙が流れる。
俺も水色以下略さんも、何も言わなかったからだ。

「…じゃあヘッドフォンやるからもう構わないでくれって言ったら、聞いてくれんの」

「ヘッドフォンくれるんすか?!やっっったぁ!!!あ、洗ってない?洗ってないよね?電子機器だもんね、結構使い込んでる?ってことは…やったぁ、使用済みヘッドフォンゲットだ、」

「あ、やっぱいいです。あげねぇよ」

このひととは関わっちゃいけない。
悟りを開いたような表情をしているだろう俺はまた、そっと音楽の中に思考を投げた。

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