mitei ユークレースの温度 | ナノ


▼ day3

今日はクラスの友だちに誘われて放課後にカラオケへ行った。よく行くメンバーで俺もウキウキである。

空は青く澄み渡り白い雲はふわふわと気持ち良さそうに空を散歩し、鳥達はチュンチュンと多少五月蝿いくらいに元気にさえずり、そして…。
俺の背後には当たり前だと言わんばかりに奴が張り付いていた。

カラオケにも、ついて来るんだ…。

「次お前の番だぞー」

「何入れる?やっぱアレ?あのドラマのやつ」

「なぁコレ頼もうぜ!みんな食うよな?」

わいわいと騒がしい密室。
その一角に、俺の視線は釘付けだった。

歌詞やミュージックビデオを映し出す大きな画面の横には、ポカンと隙間が空いていた。恐らくドアを開けるためのスペースなんだろうけど、奴はその隙間にすっぽり挟まってじいっと部屋全体の様子を眺めているようだった。

トイレやら飲み物の追加やらでドアが開け閉めされる度に要らぬ心配をしてしまうのだが、奴は幽霊。するりとすり抜けてしまうらしい。

分からないけど、俺には触れられるのにどうして他のものはすり抜けてしまうんだろう。逆にどうして俺にだけは触れられるんだろう。

…何でなのかなぁ。

ぼうっとしているのがバレたのか、友だちの一人が心配そうに俺に話し掛けてきた。

「おいどうした?何か一点見てぼーっとしてっけど…まさかあそこに何か見える…とか?」

うん。見える。すげーよく視える。

とは言えず、俺は咄嗟に作り笑いを張り付けた。

「あっはは、そんなワケないじゃん!ちょっとぼうっとしてただけ!大丈夫だから」

そう繕うと、友だちは少し心配そうな色を残しつつもそれ以上は追及しないことに決めてくれたらしい。申し訳ないが、ありがたい。

そうして今度はお前の番だと、マイクを渡された。

「お前歌上手いからなぁ、百点狙えよ」

「いや百点はちょっと…」

何を隠そう、俺は歌うことが好きだ。
上手いかどうかは分からないが、下手な方ではないと思う。いや、上手いと言ってくれるのならばその言葉を信じよう。
こういうのは自己陶酔が大事なのだ。

マイクを受け取り曲を予約し、俺は再びちらりとドア近くの隙間へと視線を投げた。

「えっ」と驚いて声が出そうになったのを堪えられたのは、自分でも本当に偉かったと思う。

視線を投げたその先に居るのはやっぱりあの謎の存在。謎だらけのユーくんなのだが…。

薄暗い室内でもその存在感を遺憾なく…まぁ俺限定だが…発揮している彼。その手が何故だかやたらと青く発光していると思ってよくよく見てみると、光っているのは彼の手ではなかった。

「どしたん?部屋の端っこなんか見て」

「や、やっぱり何かいるのか…?」

「えっ!いやいや何でもない!本当にちょっとぼけっとしてただけだから」

友達にそう取り繕うも、内心は戸惑いで溢れていた。

部屋の片隅でぼうっと存在感を放つ青い光。その、正体。

ペンライト…だと?
待てよ、しかも二本?両手持ち…?

いや何でだよ。

一体どこから出したんだ、というか何だその「いつでも来い」みたいな臨戦態勢は。

そうこうしている内に、演奏が始まる。
画面に目を遣るとどうしても青いあいつが映ってしまうけれど、俺は何とか歌に集中しようと頑張った。それはもう、頑張ったと思う。

だけど完全に無視することは流石に出来なくて…どうしても気になってしまう。

何でそんなに完璧なんだ。
ペンラを振るタイミングとかリズム感とか、まるで本物のライブ感覚じゃないか。

というかそもそも何でペンライト持ってんの?常備してんの?幽霊の間では常識なの?あの青い光は、俺の友だちにも見えてるのか?

駄目だ気になる。
一挙手一投足がめちゃくちゃに気になる。

「ふう」

歌い終わって一息吐く。
あいつはどうしているだろうかとまたちらりと目線だけで確認すると、また声が溢れ落ちそうになってしまった。

嘘だろ。な、泣いている…。
何でかは分かんないけど、ペンライトを両手に持ったまま彼はその白く艶やかな肌にはらはらと透明な液体を流していた。

氷が溶けて、雪解けの水が流れ出したみたいだ。

幽霊でも泣くんだな…なんてしげしげと眺めていると、ユークレースの瞳とぱっちり視線が重なった。

すると彼はこくこくと人形のように首を縦に振り、ペンライトを放り出してパチパチと拍手をした。ペンライトは投げられた瞬間に煙のように消えてしまって、その代わりにこれでもかという力強い拍手の音が鳴り響く。

これは…。
感涙した、と解釈していいのだろうか。
俺の歌のどこに感涙するほどの要素があるのかさっぱり分からないんだが…。

というかこの拍手の音は、他の皆には聞こえているのだろうか。

気になって部屋を見渡してみるも、皆は特に気にすることなくお喋りを続けている。

「やーっぱお前の歌最高だわ!」

「どうも。…あのさ、何か拍手の音とか、しない?」

「あーそう言われてみれば何かするかも?隣の部屋じゃね?」

「分かる!お前の歌聴いて感動した隣の部屋の人だよ多分!俺も拍手しよう!」

そう言って友だちも皆パチパチとふざけ半分の拍手を始め、彼の拍手の音はその中に混じって消えてしまったのだが…。一応聞こえてはいたのか。

またちらりと隙間に視線をやる。
まだ泣いているままの彼は、やんわり微笑んで俺を見つめ返していた。

その優しすぎる笑顔にどきっとしてしまったのは恐怖からなのか、それともそれが…あまりにも美しかったからなのか。

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