mitei ユークレースの温度 | ナノ


▼ day7

やっぱり、ユーくんの様子がおかしい。
今まで鬱陶しいくらいに俺に張り付いてきてたのに、今日は更に何処か余所余所しいというか、何というか…。

目を合わせても寂しそうな、それでいて心許ない笑顔を向けられるのみだった。

本当にどうしたっていうんだろう。
今日は朝起きてから学校でも、帰ってからだって一度も俺に触れてこようとしなかった。

おかしい。明らかにおかしい。ユーくんの今までの挙動からは考えられない事態だ。

夜になっても、彼はどこか一線を引いた距離を保ち続けている。

「ユーくん?どっか悪いの?」

「………」

幽霊に体調不良なんてものがあるのかと思わなくもないが、他にどう訊けばいいか分からなかった。

「俺寝るよ?布団、来ないの?」

「………」

聞いてもさらりと色素の薄い髪が彼の顔を隠すだけ。僅かに見える口元だけが、噛み締めるように引き結ばれている…気がする。

「何か…俺に隠してる?」

「………」

彼は首を振らず、視線も合わせなかった。
この沈黙はきっと肯定だろう。

「それって俺に触らなくなったのと関係あること?それとも…」

手を伸ばす。するとまた避けるように一歩、ユーくんは後退した。

「触れなく、なった?」

本当は気づいてた。
段々と彼の身体が透けていたこと、俺にも触れられない瞬間が増えてきていたこと。
きっとそういうことを悟られたくなくて、この幽霊は俺を避けていた。

避けるったって、手を伸ばせばすぐ触れられそうな距離に居たくせに。

離れなかったくせに。

「ねぇ、こっち来て」

懇願するように手を伸ばすと、ユーくんはそろそろとベッドまで近づいてくる。
伸ばした俺の手の平には、月の光が落ちていた。泉のようになった青白いそこに彼の細長く美しい指先が置かれる。
感覚はない。触れられているのかも、分からない。

つうっとなぞってすぐに離されてしまったから。

それからユーくんは俺の居るベッドにのしかかってきた。

そうしてゆっくりと、俺の上に覆い被さるように乗りかかってくる。俺よりも大きい身体がもう一つ分、安い作りのシングルベッドに加わる。

それなのにベッドが受け取る重さは一人分だけ。

俺一人分の、体重だけで。

上半身だけ起こした彼の腹の辺りに、もう一度手を伸ばす。

すると何に跳ね返されることなく、俺の腕は関節を伸ばしきることができてしまった。

あぁ、やっぱり。

俺の手を通り抜けた身体で寂しそうに唇を歪める彼を、その輪郭を、月が照らした。

今夜は満月なのだろうか。
部屋の中がやけに明るい。

ベッドから舞い立つ埃が月光の中できらきら輝いて、目の前の不可思議で奇妙な光景をこれでもかと神秘的に煌めかせていた。

こんなにも綺麗なのに、触れられない。
すぐ側に居るのに。透けているとはいえ、まだ姿形もはっきり視えるのに。

あの痛いまでに透き通った青が、確かにそこにあるのに。

俺を…見ているのに。

「ユーくん…どうして」

震える声で問い掛けると彼は起こしていた上半身を倒して、完全に俺の身体に覆い被さる形になった。

頬に当たっている筈の、さらりと揺れる白銀の感触も分かりやしない。
匂いも温度も、声すらも…。

俺はこのひとを、本当に何も知りはしなかったのだと改めて思い知らされた。

抱き締めたって俺の腕は簡単にすり抜けて、ただ空気だけを掻き抱くようになってしまう。

ユーくんが僅かに顔を上げた。

こんな時だってあのユークレースの瞳はきらきらと輝きを失わないのだから、本当に宝石が嵌め込まれているんじゃないかと思う。

その宝石が俺を映したまま、ユーくんは口を開いた。

薄い唇の形が確かに言葉を紡ぐ。

「す」

「き」

「すき」、と。

月明かりがやけに明るいこの部屋で、不思議な存在に抱き締められながら俺の目からは滴が落ちた。

寄せられる髪の柔らかさも俺じゃない体温も、触れたはずの唇の感触も何も感じないのに。

なのに、初めて重ねたそこはやけに熱を持った。

ぱたぱたと布団が濡れていく。
俺の頬から伝う透明な滴を拭おうとして、透けた指先が空を切る。

あぁ、もう本当に触れることすら許されないのか。

やだ、やだよ。だってやっと、こんなに…。

こんなに…?

「え、まって、ユーくん?」

「………」

身体がどんどん透けてゆく。
俺に覆い被さっていた白い肌の向こうに青白い天井が見えて、景色が彼を飲み込んでいく。

飲み込んでいってしまう。

「待って、やだっ、ユーくん!」

「………」

寂しそうな笑顔に月の光が刺さる。
そうしてじっくりと、ただでさえ白い頬が月の色に染まってゆく。
まるで月が彼を連れていこうとしているみたいだ。

かぐや姫のように。

「待って!行かないで、行くな!行くなよ!…いくなぁ」

泣き喚く俺をもう触れられない腕で抱き締めるように包み込みながら、ユークレースの瞳が揺れる。

唇の動きがまた確かに告げた、最愛の言葉。

「す、き」

満足気に微笑んだ彼が透けてゆく。
どんどん見えなくなってゆく。

「待って、お願いだから、なぁ、まって」

「………」

そんな風に笑わないで。

「………すき」

すき、だなんて。
どうせ居なくなるのならそんなこと言わないで欲しかった。初めから、俺の前に現れないで欲しかった。

そんな顔で微笑まないで欲しかった。

なのに。

その一言はまるで永遠に抜けない棘のように俺の真ん中に突き刺さって、抜けなくなってしまったんだ。

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