mitei ユークレースの温度 | ナノ


▼ day6

「ボク、お金持ってない?」

「………」

学校からの帰り道に、変なお兄さん達に絡まれてしまった。こんなことってある?

普通にいつも通りに歩いてただけなんだよ。それがいつの間にか目の前に上級生らしき集団が来て、広がって歩いてるからぶつからないように道の端に避けて通り過ぎるのを待っていたのに…。何故か向こうの方からぶつかってくるなんて。

とは言っても肩がちょんと触れるレベルだったのだが、何だ何だと集団が集まってきて俺を囲った。正確には、俺たちを…。

昭和だなぁ。今は平成を通り越して令和ですよ、と突っ込んだら余計面倒なことになるだろう。

とにかくたくさん喋るこの人たちの話を要約すると、お金をくれれば許してあげよう、ということらしい。
悪いがよく分からない。

ぶつかられたのこっちだし、そもそもぶつかるという表現が正しいかも分からないレベルの接触だったし、今は所持金三百円くらいだし…いや渡さないけど。

それにさっきから、背後にものすごく嫌なオーラを感じるんだよなぁ。
オーラというか…威圧感だろうか。

この人たちは何にも感じないのかな。
俺はもう鳥肌が立ちそうなくらい、めちゃくちゃ恐ろしい気配を感じている。

俺は、至って普通に普通の男子高校生なのだ。別にケンカが強い訳でもなければ取り立てて肝が据わっている訳でもない。

それなのにさっきからこのチンピラお兄さんたちにこれといった恐怖心を抱けない理由…。

それは非常に単純で、もっと恐ろしいモノがすぐ側にあるからだ。

何が、なんてあまり考えたくはない。けれど俺にだけ分かって他人には分からないモノ…なんて、答えは一つだった。

そう言えば俺がぶつかられてから何となく感じていた気がする。それが今や段々とでかくなって強くなって、漫画とかなら多分「ゴゴゴゴゴ」みたいな効果音がつくんじゃないかなと現実逃避してしまう。

ヤバい振り返れない…。
ショーウィンドウのガラスを見るのも怖い。

「なぁ聞いてんのかぁ?あぁっ?!」

「き、聞いてますぅ…」

なのでこれ以上彼を刺激するのはやめてください、お願いだから…。

俺が怒鳴られた瞬間から、この辺りだけ気温が一気に十度は下がった気がする。俺にしか感じられないのかと思っていた威圧感を、勘の良い数人のお兄さんたちは既に受け取り始めているようだった。頬を引き攣らせ、俺の周りをきょろきょろ確かめる人もいる。

そんな中、空気の読めないお兄さんが遂に俺の胸倉を掴もうとした。
その瞬間に、もうヤバいと思った。

殴られそうだからじゃない。
背後でブチッと、何かが切れる音が聞こえた気がしたからだ。

そうして俺の予想通り、お兄さんの手が届く前にパリンと何かが割れる音がした。
ガラスだ。店の前の、人の何倍もある大きさの、ショーウィンドウのガラスが…。

「ひぃっ!」

「なん、何だっ?!」

「ちょっ、お前そこまでしなくても」

「オレじゃねぇよっ!ってか何か、手が…!」

突然割れたガラスに狼狽えながら右往左往するお兄さんたちに紛れて、すらりとした背中が目に入った。ここ数日でもうすっかり見慣れた姿だ。

結構背が高い彼は集団の中に居てもやっぱり目立つなぁ、なんて考えている場合じゃない。
俺の胸倉を掴もうとしていた人の手を、彼が、ユーくんががっしり握っていた。
何が起きたのか分からず戸惑う彼らに、ユーくんの姿は見えない。よってどうして自身の手が動かないのかもこのお兄さんには分からず、彼はただただ困惑と恐怖で顔を青褪めさせていた。

何だかもうこっちが可哀想になってきたな…。

俺に背中を向けているユーくんの表情は分からない。だけど多分きっと、怒っている。控えめに言っても、怒っている。

激怒しているとかブチ切れているといった表現の方がこの場合適切な気もするが、とりあえずそういうことにしておこう。
だってすげー怖いもん。

「…あの、ユーくん?もういいから」

「………」

俺に絡んできたお兄さんたちの狼狽えようを見ていられなくなって、俺は意を決して激おこユーくんに話し掛けてみた。

すると乱雑だったけど、案外簡単にお兄さんの手は離され、ユーくんの無表情の相貌が此方を向く。無表情…というか、少し眉間に皺が寄っているけど。

それも暫くしたらましになって、ユーくんはやがて困ったように眉を下げた。
俺の方に駆け寄って、しゃがんだり後ろに回り込んだりしながら異変が無いか確認してるみたいだ。…心配症だなぁ。

手が自由になり解放されたお兄さんは手首をぐるぐる回して自身の無事を確認すると、物凄く恐ろしいものを見るような目で俺を一瞥してから揃って去っていった。

心外である。
俺は何にもしてないってのに。

ところが。

「こらぁっ!お前らか!ガラス代弁償しやがれぇ!!」

「オレらじゃねぇよっ!!!」

どうやら割れたショーウィンドウの店主らしきおじさんが箒を片手に店から出てきて、お兄さんたちを追い掛けていった。

…昭和の漫画か?
と思わなくもなかったが、ガラス代の弁償が俺の責任にならなかったことにちょっとホッとしてしまった。

ゴメンねお兄さんたち。
と、店主のおじさん。

とにもかくにも、助かった…てことでいいのかな。俺にとっては途中からもうユーくんの方が怖かったんだけど。

目を合わせると、未だ心配そうにおろおろしている彼が何か言いたげに口をパクパクさせていた。

「ユーくん、俺大丈夫だから」

「………」

「本当に。ありがとね、ちょっと結構そこそこに怖かったけど」

「…!」

ちょびっと本音を滲ませると、ユーくんは再び先程のお兄さんたちの方を睨み付けて走り出そうとするので慌てて制止した。

「いや怖かったのはユーくんの方で、あぁもう何でもない!とにかく大丈夫だから、帰ろ?」

「………」

そう言うと彼はほんの少し顔を綻ばせて、俺の隣に並んできた。
後ろじゃなくて、隣。何だかこそばゆい。

「というかユーくん、俺以外にも触れたんだなぁ」

俺にしか触れないと思っていたのに、意外だった。

だけど当の本人も自覚していなかったようで…こてんと首を傾げて俺を見つめるだけだった。

ユーくんが俺以外の人に触れたのもびっくりだが、いきなりガラスが割れたことにも結構びっくりした。

ああいうの、ぽるたーがいすと?っていうんだろうか。

ユーくんはああいうことも出来るんだなぁ。

しみじみしていると、頭上にぽんと何かが乗る感覚がして顔を上げた。ユーくんの手である。

ゆるゆると俺の髪を撫で回してからふわりと微笑んだ、見慣れた青。
見慣れてる筈なのに…。眩しいな、くそう。

また何か落ち込んでるとでも思われたのかな。さっきの出来事で怖かったと本音を吐露してしまったから心配掛けちゃったのかな。まぁ怖かったのは他でもないこのユーくんだったんだけど。

暫くされるがままにわしゃわしゃ撫で回されていると、途端にふっと頭上の感覚が消えた。離された、のかな。

見上げると、何故だかユーくんは驚いたような顔をしている。と思ったのも一瞬で、俺の視線に気づいた彼はまたふわりといつもの笑顔で微笑んでみせた。

何だろう。何かがおかしい。
まるで何かを隠されたような、そんな感じがする。

そうして帰ってからもユーくんの様子は、少しおかしいままだった。



「おっと!」

危ない危ない。ちょっと足が滑って、前のめりに転びそうになった。
すんでのところで持ちこたえたけれどちょっとびっくりした。あのまんま転んでたら顔面からフローリングに…うわぁ、想像だけで痛そう。

だけど不思議だな…。
振り返ると、あわあわと心配そうに手を泳がせているユーくんが居る。

距離的には伸ばせばすぐ届くところにその手があるのに、その手は所在なさげに空を切るだけだった。
一応、助けてくれようとしたのだろうか。

…間に合わなかったのかな。

昼間は、あのお兄さんの手に触れていたのに。

チクリと胸を刺す違和感。

これも気のせい…なんだろうか。

「ユーくんユーくん」

「?」

「えいっ」

「!」

相変わらず俺のすぐ側に側近みたいに控えてる彼を手招きして手の届く範囲まで呼ぶと、俺は悪戯心で彼に向かって手を伸ばした。

それなのにひょいと、いとも簡単に躱されてしまった。

彼のその行動が俺の疑問を確信に変える。
やっぱりおかしい。

頭を撫でられたり寝る前に服の中に手を突っ込まれたりことあるごとに抱き締められたりと、毎日のようにベタベタと触られていたのに…帰り道に撫でられて以降、この日はそのどれもされなかった。

そうしてユークレースの幽霊は、俺に触れることをしなくなった。

一体どうしたんだろう。

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