「店長、最近あのお客さん来ませんね?ほら、毎日違う花買っていってた紳士的な人」
「そうだねぇ。失恋しちゃったのかもね」
「えぇ…そうなのかなぁ」
あんなに毎日熱心に花を買いに来ていた人が…。折角映画のようで素敵だなんて思っていたのに。本当にそうなんだとしたら何だか残念だな。
そう思って俺がしゅんとしていると、直ぐに店長が付け足した。
「分かんないよ?引っ越しちゃっただけかもしれないし」
「そう、なんですかね」
実際のところは分からないが、そうだったらいいな。いや、もう会えないのかなと思ったら残念ではあるけど、彼には彼の事情があるだろうし仕方ない。
店長がボソッと「その両方かもしれないけどね」なんていたずらっぽく呟いたが、どうせ分からないなら良い方に考えることにしよう。
「落ち込んでるの?」
「いえ、別にそこまでは…」
店長はいつも通りの柔らかな笑顔で、やっぱりくしゃりと俺の頭を撫でる。
ぴょこんと少しだけ跳ねた俺の寝癖をくるくると弄る姿はとても楽しそうだ。
…ただの店員にもこれだけの甘さなんだ。
きっと恋人にはもっと優しくするんだろうなぁ。
「…そういえば店長ってお付き合いされてる方とかいらっしゃるんですか?」
「お、初めてそんな話題振ってくれたね。付き合ってる人はいない、かな。だけど…」
「だけど?」
「可愛いなぁって思ってる子はいるよ?」
「へー!知らなかった!どんな人なんですか?」
「そうだなぁ…。純粋で一生懸命で、ちょっと鈍感なところもあるけど優しくて…守ってあげたくなる感じかな」
「へぇ。店長しっかり者だし、何だかお似合いそうですね」
「まだ、俺の片想いなんだけどね」
え、嘘。
あの紳士といい店長といい、こんな素敵な人たちでも片想いなんてするのか。
何だかすごく、いやかなり意外だ。そんなこともあるんだな。
「店長が片想いなんて…何か意外です」
「ふふっ。そうかな?」
「…店長だったら、告白すれば相手の人もきっとオーケーしてくれそうですけど」
「君がそう言ってくれるなら、そうなのかもね」
「早く振り向いてくれるといいなぁ」なんて。そう言って優しく目尻を下げる店長はとても幸せそうで、本当にその人のことが好きなんだなと思った。
なんだろ、胸の辺りがちょっと重い気がする。
「その人のこと、大好きなんですね」
「うん。だぁいすき」
そう言って店長は、この店のどの花よりも美しく微笑んだ。
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