「お疲れ様でしたー。…あれ?」
店を出ると、またこの感覚。
「…気のせいかな」
誰かに見られているような気がする…。
気になって辺りを見回すが、誰もいない。
「どうしたの?大丈夫?」
店先で立ち止まった俺に心配そうに店長が尋ねる。優しい店長のことだ。
言ったら要らない気を遣わせてしまいそうなのであまり話したくはなかったが、言わないともっと心配させてしまうかもしれない。
「いえあの、俺の気のせいかも知れないんですけど」
「うん」
急かすでもなく、店長はただ静かに俺の言葉を待ってくれている。
「誰かに見られているような、気がして」
「…ストーカーってこと?」
店長が眉を潜めた。
普段凪いだ海のように穏やかな彼がこんな険しい表情をするのは珍しい。
「でもあの、はっきり見たわけじゃなくて、俺の気のせいかもしれないし」
店長が心配そうにじっと俺の顔を見つめた。あぁ、やっぱり言わない方が良かったのかな…。
綺麗な
「それって今日だけじゃないんじゃない?」
どきりとした。何で分かったんだろ。
「実は、そうなんですけど」
「君のことだから『気のせいで心配はかけられない』なんて思ったんだろ?駄目だよ、ちゃんと言ってくれなきゃ」
やっぱり見透かされている…。
もしかして店長も同じような経験があるんだろうか?というか、狙われているのはもしかして俺じゃないんじゃ…。
そう思うと急に心配になってきた。
だってこの人、人には優しいけど自分のことには無頓着そうだもんな…。
「その、店長は大丈夫なんですか?誰かに尾けられてるとか、危ない目に遭ったりとかしてませんか?」
「…俺のこと心配してくれるの?」
店長は一瞬大きな瞳を見開いて驚いたが、しばらくしていつもの柔らかな雰囲気が戻ってきたようだ。
「ふふっ。ありがと。俺は大丈夫だよ?そんなことより自分の心配しなよ」
そう言ってくしゃりと頭を撫でられる。
これまでも何回か撫でられたことはあるけど、これは店長の癖なのかな。
花屋らしく手荒れしているが、温かく柔らかなその手が触れただけで何故だかものすごく安心する。
「帰ろっか。念のため車で送ってあげる」
「…ありがとうございます」
「大丈夫だよ。何も心配しないで」
もう一度、今度は殊更優しく、カサついた手が癖のある俺の髪を梳いた。
くしゃりと撫でられた感覚が残ったままの頭に熱を感じながら、何だか気恥ずかしくて目を逸らす。
こんなことがさらっと出来ちゃうのもこの人がモテる理由の一つなんだろう。
…こんなことで安心してしまう自分が子どもっぽくてやだな。
店長に促され駐車場へと向かう途中もう一度辺りを見渡すが、先程の違和感は消えていた。
「そうだ、明日のことなんだけど、」
「はい、」
店長がぐいっと顔を近づけ、何故か俺の耳元で明日の予定を告げた。
彼が話す度に、息がかかってくすぐったい。内容が中々入ってこないし、普通に言ってくれればいいのに…。
「え、と…じゃあ店には出なくて良いんですか?」
「うん、よろしくね」
そう言ってやっぱりふわりと微笑んだ。
何度見てもこの人の笑顔は眩しい。
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