mitei リナリア | ナノ


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「いらっしゃいませ」

カランカランッと来客を知らせる鈴が小気味良い音を立て、ガラスの扉が開かれる。
映画スターみたいな彼が今日も店にやって来た。

「やぁ。今日はこれを貰おう」

そう言って例の紳士が選んだのは赤いブーゲンビリア。
ほほう、これまた情熱的な。
確か赤は「あなたしか見えない」、だったかな。

ブーゲンビリアは南国原産というだけあって色鮮やかな見た目も特徴的だが、実は色鮮やかな部分は葉っぱで、真ん中の小さな白い方が花だったりする面白い植物だ。種類も多く結婚式にもよく使われるな。

というか、よく調べてるなぁこの人。そういうこと知ってて毎回花を選んでるんだろうか。
これだけ見た目もカッコいいのに頭も良くて気遣いもできるんだとしたらすご過ぎる。

俺が素直に感心していると、情熱的な例の紳士はにこにことこちらに笑いかけていた。
心なしかいつもより機嫌が良さそうだ。
何かいいことでもあったのかな。

「プレゼント用ですか?」

「あぁ。いつも通りよろしくね」

やっぱり今日もプレゼント用。
送られる相手に俄然興味が湧いてくる。
こんなに毎日花を貰っていてはもう部屋が花だらけでそれこそうちの店みたいになるんじゃないだろうか。

それともまさかまさか、実は一人に送ってるわけじゃなかったりして…え、浮気?

ふとそんな馬鹿みたいな考えがよぎって、ラッピング待ちの紳士をちらりと覗き見る。
いやいや、そんなことあり得ない。だってこんなにも誠実そうな人が浮気だなんて。
きっとすごくすごく、一途にその人のことを愛しているんだ。じゃなきゃこんなに毎日同じ花屋に通うなんて中々出来ないだろう。
ひとり納得していると、頭上から声がかかった。

「ラッピング終わった?」

「あ、お待たせしてすいません。丁度出来たところです」

清算を済ませ、レシートを渡すと紳士からスッと手を差し伸べられた。
お釣りを渡し間違えたのかと思ってちょっとびっくりする。

「これ受け取ってくれるかな」

ぽんっと手のひらに置かれたのは、小さな花のブローチ…みたいな。赤いバラが二本あしらわれていてとても可愛らしい。
ネームプレートに付けるにはちょっと大きいかもしれないな。

「ネームプレートに付けるにはちょっと大きすぎるかもしれないけど」

「え、」

びっくりした。考えてることが読まれたのかと思って勢いよく顔を上げると、紳士がふわりと目を細めた。

「あの…お客様、こんな高価そうなもの頂くわけには…」

「いつも可愛くラッピングしてくれるお礼だよ。俺が貰って欲しいんだ」

「だけど…」

「客から貰うのが駄目なら、一人の友人として受け取って欲しい。何なら君が仕事を終えるまで待つよ。終わってからなら、問題無いだろう?」

そこまでして俺に渡したいのか…。毎度情熱的な花を買っていくだけあって何て義理堅いんだろう。俺はただ仕事をしていただけなのに、何だか申し訳ない…。

しかしこのまま断り続けても本当に仕事終わりまで待ちかねない勢いだったので、結局有り難く頂くことにした。

「すみません…。有り難うございます」

「こちらこそ貰ってくれて嬉しいよ。それを俺だと思って肌見離さず身に付けてくれるともっと嬉しい」

「?…どうも」

俺がブローチを受け取ると、彼は心底嬉しそうにふっと笑った。
その柔らかな笑顔に店内の所々からまた溜め息が漏れる。
そうして俺のラッピングした花を持った紳士は今日も満足げに帰っていくのだった。

彼が帰った後、手の中のブローチをもう一度まじまじと眺めてみる。
ちょこんと手のひらに収まるそれは、高価な素材で出来ているのか大きさの割にずっしりとした重さがあった。

赤いバラ二本…。

あの人は赤色が好きなのかな。
偏見かもしれないが仮にも男である俺にこの可愛らしいチョイス。似合うと思って選んでくれたのだろうが、何というかあまりにも俺にはお洒落が過ぎるというか…。
店長みたいな華のある人になら似合うとは思うんだけど。

それとも、このバラにも何か意味が…?
いつもありがとう的な?

まさか関係ないとは思うが、あの小粋な紳士ならやりかねない。
赤いバラは二本だとどんな意味があるんだっけ。
ついつい気になってカウンターの下でスマホ先生に聞こうとしていると、「こーらっ」と後ろから聞き心地の良い声で叱られた。

「仕事中にスマホ弄ったら駄目だよ?」

「店長!すいません、気を付けます」

その後仕事終わりにはすっかり調べようとしていたことすらも忘れてしまい、ブローチにこめられた意味は分からずじまいだった。

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