mitei 「藤倉くんはちょっとおかしい」についての補足 | ナノ


▼ 彼らについて

澤くんが藤倉くんの好意を素直に受け取れない、或いは受け取らないのは、単に澤くんがはちゃめちゃに鈍感であるということもありますが、もうひとつ、彼の自己評価にも起因しています。

彼は藤倉くんの自身への好意を決して疑っている訳ではありません。
が、「澤くんの自己嫌悪の話」にもある通り、それが自分に向けられることが理解出来ないとも思っているようです。

同性だからとかそんなことは全く関係ありません。よくBL漫画や小説などで見受けられる「男同士なのに」という表現を、「未定」一個人としてはあまり好みません。
過去作の中にはそういった表現を使用しているものもあるかもしれませんが、こういった考えは物語を織り成す過程で緩やかに時間をかけて構築していったものです。

友愛にしろ家族愛にしろ性的な意味を含む情愛にしろ、人を、誰かを好きになれることは奇跡的なことであり、またその人に同じように想われることも奇跡的なことだと感じています。

澤くんは例え藤倉くんが藤倉くんではなく、絶世の美女の「藤倉さん」であっても今と同じような態度を取ると思います。
同じようにあしらい、気を遣い、好意に戸惑いながらも傷口に触れるように恐る恐る歩み寄ろうとします。藤倉くんも澤くんが例え「澤さん」であったとしても、今と全く同じとは言えないかもしれませんが似たような行動を取るのではと思います。
とはいえ聡い彼は周囲の目を気にして少し攻め方を変えるやもしれませんが…ともかく澤という人間を何よりも大切に想い、扱うことは変わりありません。

本編にも登場した通り、澤くんも藤倉くんも自己評価が高い方ではありません。というかかなり低い部類であると思われます。

藤倉くんは育ってきた環境や周囲の対応もある程度関係していますが、澤くんのものの方が厄介です。何しろ彼の自己評価は生来の性根のようなものが根強く関係しているからです。澤優臣という人間は感受性豊かで、周囲に気を配ることが自然に出来てしまう為に「優しい」という評価をよく受けます。

しかしその他人からの評価さえ、彼にとっては疑問のひとつです。
ストイックと言えば聞こえはいいでしょうか。しかし彼のストイックさは度を越えていて、他人に言えば余りにも暴力的である言葉や考えを無意識の内に自分自身に投げ掛けていたりするのです。

幼少期に特別辛い体験をした訳でも誰かに強く罵られた訳でもなく、ただ彼だけが、何故か彼を許せない。何をどう許さないのか分かりませんが、とにかく許してくれないのだと。澤くんは自身のそんな性格を自覚しているつもりですが、氷山の一角かもしれません。もしかしたら自分へ厳しくしている自分というものに酔っているのでは?自己嫌悪というものに囚われた悲劇のヒーローとして、一種のナルシシズムに浸っているのでは?とすら考えることもあります。

それすらも、自身を傷付けているとも思わずに。いえ、解っていながらもそう考えることを止められないのかもしれません。

澤くんは、自分に良くしてくれる人達に苦しんで欲しいなどとは思っていません。もちろん藤倉くんのことも、幸せにいつまでもへらへらと笑っていてくれればと願っています。しかしその幸せの中に自分という存在は投影していません。これは澤くんの幸福を一番に願う藤倉くんにとっても、彼らを取り巻く人々にとっても、自覚していない本人にとっても…非常に由々しき事態です。

澤くんは一途に好意を向けてくれる藤倉くんのことをとても得難く大切に想っていますが、同時に一種の気味悪さも感じています。それは藤倉くんに変態的なところが多々見受けられるからではありません。

「何故、自分などという(無価値とも思える)存在にこんなにも無償の好意を向けてくれるのか」という疑問が解決出来ないでいるからです。

これは藤倉くんの愛情表現などに問題があるのではなく、澤くんの思考回路の方に根強い問題があります。

澤くん同様、とまではいかなくとも藤倉くんも感受性豊かでかなり聡い奴です。澤くんのそんな性格を、疑問を、彼も何となく感じ取っています。

そしてそんな考えを破り捨ててやりたいとも。

藤倉くんは澤くんのように自己嫌悪する性格というより、単に自信が持てない性格とも言えます。
容姿のことも運動も成績も、他人から何をどれだけ褒められたところで「ふうん」以外の感想を持てないのです。他人の評価などに興味が無いから、というのもあります。
現時点、ただ一人の言葉を除いては。

澤くんの言葉が藤倉くんを救うように、縛るように、慈しんでくれるように。彼もまた、澤くんにとってのそんな存在になりたいと強く強く想っています。努力もしています。
自信など微塵もありませんが、それでも藤倉くんは澤くんの隣という立ち位置を譲るつもりはこれっぽっちもありません。

これは多分、藤倉くんの我が儘です。だけどその我が儘に実際澤くんはかなり救われ、藤倉一織という人間に惹かれています。

ここで冒頭の問題に戻ります。
澤くんは別に同性でも異性でも何なら異種間でも、他人の恋やら愛やらに偏見はありません。単に興味が無いからというのもありますが。
例えば友達に「恋人が出来た!」と嬉しそうに報告されたとして、それが彼氏だろうが彼女だろうが澤くんは同じ顔で「おー、おめでと」と言い放つでしょう。もしエイリアンなら、少しは驚くかもしれませんが。

とは言え偏見が皆無な人間など存在しません。暴論かもしれませんが、誰しも視点が違えばレイシスト…差別主義者になり得ます。
ただ恋愛という面に於いては、澤くんという人間はそういう視点を持っているようです。

長々と面倒臭い、一体何が言いたいんだと飽き飽きされるでしょうか。すみません。

澤くんが藤倉くんの好意を素直に受け取れないのは、単にその好意が「理解出来ない」ものであるからです。

自分が疎ましく思うものに対して「大好きだ、あいしている」と言う人を、「…何だこのひとは」と思う感覚に似ています。
自分が好きだと思えないものを好きだと言う彼を、藤倉一織という人物を澤くんは不思議に思っています。

こういった観点からすると、澤くんは差別主義者かもしれないですね。他人の好きなものを否定することは、一種の差別行為にもなり得ることでしょうから。
ただその「好きなもの」が澤くんに関係の無いものであれば、「ふうん、そうなんだ」で終わるでしょう。でもそうではなかった。その「好きなもの」はまさに澤くんが何故か許せないままでいる存在そのものを指すのですから、藤倉くんの「あいしてる」の意味が理解出来ない訳です。

或いは本当は理解はしていても、「そんなことは有り得ない」と無意識の内に蓋をしてしまっているのかも知れません。

厄介かつ面倒臭い性格は藤倉くんもですが、澤くんの方こそ厄介です。
だけど彼らは確かに互いを大切に想っています。相手が苦しんでいる時に、本人以上に苦しんでしまうくらいには。相手が笑うとこの上ない幸せを感じてしまうくらいには。

いつか手を離してしまう時が来たとしても、一生相手のことを想い続けるくらいには。(とは言え澤くんが全身全霊で拒絶しない限り藤倉くんがその手を離すことは有り得ないので、余り心配する必要の無い事態でしょうが。)

ただ何故だか自分を許せずにいる澤くんが、馬鹿で優し過ぎる澤くんが、へらへら笑う変態の真摯な想いと心からの言葉に絆されていけばいいなと思います。

がんじがらめに絡まってしまった糸を、ふたりで丁寧にほどいていくのだと思います。澤くんがあぁやっとほどけたと安堵していたら知らぬ内に互いの手を固く固く結ばれていた、なんて事態になるかもしれませんが。

藤倉くんの世界に色を塗ったのは確かに澤くんでした。では今度は澤くんの世界にスパンコールを散りばめる役目を彼が果たすでしょう。言われなくても、それはもうきらっきらに、自己嫌悪なんてものは見えなくなってしまうくらいに。

「こんなんじゃよく見えねぇよ、バカだなぁ」って笑いながら泣く肩を、ほどいた糸でぐるぐるになった手で引き寄せて離さないつもりでしょう。

ハサミで切れる糸でしょうか。
意外と簡単に切れるかもしれませんね。

何回も何回も切って繋いで、その度に強度を増してやがて柔らかいものになればいいなと思います。細くて固かった糸が、肌に食い込んで跡を残していた糸が、やがて柔く太く、誰にも、本人達にも切れない繋がりになるのだろうと思います。

周りの人々もそんな風に、誰かと糸を繋いでいくのだろうと。ただその一部分にいる澤くんと藤倉くんという不器用なふたりがその先駆けになればいいなと思います。

澤くんが自分のことを許してあげられますように。
藤倉くんが心から自分のことも愛せるようになりますように。

お互いを大事にする想いを、同様に自分自身にも向けてあげられますように。自分が幸せであることが相手にとっての幸せの条件であるということを、これでもかと自覚してくれますように。

がんばれー。という感じです。

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