mitei 時花が咲くまで | ナノ


▼ 4_side.F

色んな部屋から聞こえてくる歌声やら騒ぎ声やらが五月蝿い。

一つの扉しかない個室の中で俺は少しの閉塞感と息苦しさを感じていた。
僅かな疑念と後悔が、渦を巻いて胸を締め付ける。

自己紹介の後一曲だけ歌ってから、何故だかひっきりなしに一緒に歌おうと誘われる。

そんな誘いをのらりくらりと躱しながら、俺は少し前の彼とのやり取りをぐるぐると思い返していた。

よりにもよってどうしてあんなこと…。

いつもならもっと良い考えが浮かぶのに、あの時は咄嗟にあんな言葉が出てしまった。

澤くんがこの場に居ることを一瞬でも想像するだけでどうしようもない嫌悪感が襲ってきてしまって、絶対に行かせたくないと思った結果がコレだ。

でも…俺が提案した瞬間の、あのカオは忘れられそうにない。

呆気にとられ、一瞬何を言われたのか分からないような顔をした後の…あの表情。
彼にそんなカオをさせてしまったのは心苦しくもあったが、同時にどうしようもない嬉しさも溢れてきてしまった。

だけど口に出してはくれないんだなぁ。
「行って欲しくない」、なんて。

無自覚なんだろう。
そこも良いが、彼の堪らなく心配なところのひとつでもある。

俺も今回は少し焦り過ぎた。
焦った結果、澤くんにあんなカオをさせることになってしまった…。

どうしてこうも思い通りにならないのか、彼が絡むといつもみたいに要領良くこなせないのか、己の未熟さが嫌になる。

それでも一度口に出してしまった言葉は取り消せなくて、今に至る。

案の定、放課後になってもメンバーを確保できず困っていたらしい澤くんの友達。

俺が行くと告げると彼らは嫌な顔というより、何かとてつもなく信じられないモノを見た、という珍妙な顔をしていた。

驚きを通り越して何が起こっているのか分からないと、人ってあんなに目を見開くのか。まぁ澤くん以外の表情筋の動きなんて至極どうでもいいが。

彼らの考えてることは分かる。
中学の頃の自分なら有り得ないことだ。
逆に彼らにも、俺の意図することが分かったのだろう。

そうして互いの利害が一致したところで二つ返事で了承され、本来ならば彼と過ごすハズだった俺の貴重な放課後はよく分からない会合に費やすことに相成ったワケだ。

まぁ自業自得…と言えばそうなんだろうけど、澤くんが参加するくらいならばこっちの方が遥かにマシだ。あのままじゃあ彼は自分が参加すると言いかねなかった、様に見えたから。

…興味あったのかなぁ。合コンなんて。

やだなぁ。もやもやする。
それともやっぱ、悩んでるのかな。

あの時のファミレスでも、そういう話題にはついていけてなかったみたいだしな。

あのままでいいのに。
周りと比べなくたって、澤くんは澤くんだから。唯一無二のたった一人。
不器用で優しいお馬鹿な鈍感。

それがいいのに。

まぁ澤くんが急に恋愛事に興味を持ちだしてもそれはそれでウェルカムなのだが。

「あのっ!お隣よろしいですか!」

「………あー」

よろしくねぇよ。

内心そう毒吐きながらも断るわけにもいかず、俺の曖昧な声を肯定と受け取った女子が恐る恐る隣に座ってきた。

それだけで、別のもやもやが心に沸き上がってきてしまう。

表情に出てないといいんだけど。
澤くんにならきっと一発で見抜かれてしまうな。

あのきらきらと光る夜空みたいな黒を思い浮かべていたら、隣からじいっと見上げてくる圧…視線を感じた。

「わたし、他校ですけど藤倉くんのこと、ずっと、格好良いなぁって思ってて!」

「はぁ」

「それでその!ファンクラブにも所属してまして!」

「へぇ」

「だからまさかこんなところでお会いできるなんて思ってなくて…!めちゃめちゃ、う、嬉しい…です!」

「ども」

とりあえずただ声を発するだけの機械と化してしまった俺は、やはり自分が来るという選択肢以外にもやり様はいくらでもあったのではないかと脳内で一人反省会を繰り返していた。

「今日は…一緒じゃないんですね」

「んー」

「わたし実は、藤倉くんファンクラブの他にもうひとつのあの会にも所属してるんですけど…」

「ん?」

もうひとつの…あの会って何?

流石に気になって女子の方へ視線を向けると、少しぎょっとしてしまった。
その子の眼差しがあまりにも真剣だったから、というのもあるけれど…。その中にどこか俺を責めるような色が見えたからだ。

「あの!どうして…どういう経緯で貴方がここにいるのか、お聞きしても?」

「経緯」

「はい。藤倉くんに会えるのは素直に嬉しいですけど、どうして合コンにいるんですか。はっ、まさか趣向を変えて…?」

何言ってんだこいつ。
てか趣向ってなに。

…答えるのめんどくせぇな。

「別に、何か成り行きで」

「もしかして頼まれたんですか?」

「いや」

「あっ、そう言えば人数が足りなくなるかもって連絡が来てたわ…。もしやそれを偶然聞いた彼が自分が行くって言ったところを、我慢できず代わりに?あ、有り得るわ…!」

「………」

「成り行き」と「別に頼まれてはいない」という情報しか渡していないのに、この女子の頭の中では完璧にパズルのピースが嵌まったらしい。何とスバラシイ妄想力だろう。

まぁ大体合ってるんだけど、澤くんの存在も認識されてるのはファンクラブだからかな。

「藤倉くーん!こっち来て一緒に歌お?」

「もっかい歌ってよ!」

「私たちとも話そうよー!」

隣に座った奴が某少年名探偵並みに俺がここへ来たいきさつを推理しているうちに、別の女子にも声を掛けられた。
正直めんどくさい。

が、自分から行くと言っておいて何にもしないのは流石に…澤くんに怒られそう。

彼律儀だから、自分がやなことでも相手を優先しちゃうんだもんなぁ。
そこも好きなとこでもあるけどちょっと改善?して欲しいとこでもあるんだよな。

今頃何してるかな。
宿題してるのかな。それともいつもの悪い癖で、宿題やる前にゲーム機に手を伸ばしてたりするのだろうか。

今日は確か澤くんが洗濯畳む当番だから、先に家事を終わらせてたりするのかな。

そういや澤くんと二人で、カラオケに来たことなかったなぁ。

あんまり自分から歌いたがらないところをみるときっとそんなに自信が無いのだろう。でも聴いてみたい。

その歌を録音して、隣に居ない時のお守りにしたいなぁ。

「これは…彼のことを考えてるに違いないわ」

「ん?」

「ゴメンみんなー!藤倉くん体調良くないみたいだから、先に帰るって!」

「え」

いいのか。帰っても。

俺が部屋を見渡すと、澤くんの友達は「いいよ」とか、「大丈夫か?」とか、「今日は来てくれてありがとな!本当助かった!」とか、俺を気遣う言葉ばかり掛けてくれた。

類は何とやらってやつかな…。
流石の俺でも少し申し訳なくなってしまう。

女の子達は、名探偵の子以外は少し残念そうにしていたが、しょうがないと言った風に帰宅を許してくれた。

記念にと写真撮影を強請られたのはちょっと勘弁して欲しいと思ったが、ファンクラブの子がすかさず仲介に入ってくれた。

ありがたいが、こういうのどこで訓練されているんだろう。学校でもたまに思うけど…。まぁいいか。

「というワケで悪いんだけど、後は皆で楽しんで」

そう告げてカラオケを後にした。

結局俺は彼の役に立ったのだろうか。
ちぐはぐだった気がする。何もかも。

澤くん以外の人間に対する向き合い方も、まだよく分からない。というより、今の今まで分かろうとする気がまるでなかった。

…このままじゃ駄目だろうか。

彼の、澤くんの隣に立っている為には。

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