あのひとが眠る姿を、おれはずっと見ていた。
寧ろいつ起きているんだろうと不思議に思うほどに、そのひとはとにかく眠り続けていた。
いや、そういうと少し語弊があるかもしれない。
かれは日が出ているときに眠りにつくことが多い。
その代わりに日が顔を隠した夜の暇には眠れないのか眠らないのか、ぼうっと煙るような眼で空を見上げていることが多いのだ。
選択しているようだ。
まるで、昼に起きて夜に眠ることも出来るのに敢えてそれをしないような。
夜に眠れなくなることを承知の上で昼に眠りにつくことを自ら選んでいるような、そんな気がした。
真昼間が、怖いのだろうか。
日が射して誰も彼もが当たり前のように「日常」を送るその時間帯が、かれには怖いもののように映っているのかもしれない。
そういえばあのひとは言っていた。
「夜が、すきなのだ」と。
「明けない夜はない」とか、「夜明け前が一番暗い」とか、「止まない雨はない」、だとか。
よく聞く言葉だ。それはきっと励ましの言葉で、もしかしなくても誰かの背中を押すために紡ぎ出されてきた言葉たちだ。
「夜」や「雨」は所詮比喩に過ぎなくて、とどのつまりは「今ある苦しい時間も悲しい時間もすぐに過ぎ去ってゆくよ」と。
そういうことが言いたいんだということはよく分かっている。
あのひとはきっとそういうことも分かっていて、言った。
「それでもおれは、夜がすきなのだ」と。
それは決して苦しむことが好きだという訳ではないと思う。ただ単純に、本当に純粋に好きだと思ったのだろう。
赤い色よりも青い色の方が好きだという人がいるように、誰にだって食べ物の好みがあるように。
ただ単純に、昼よりも夜の方が好きなのだと。
そう、言いたかったのだろう。
だからかれは昼に眠って、夜に起きていることを選んだ。
あの言葉たちに倣って言うならばかれにとっては、「明けない夜はないように、暮れない昼もない」のだ。
多分、そう思っているだろう。
何が怖いのか、本当に怖いのかも、かれじゃないおれには分からないけれど。
夜空を見上げる瞳にはきっと無数の星が映り込んだんだ。
だからあのひとの瞳はあんなにも、きらきら眩しいんだと思う。
おかしな話だろう。
眩しい真昼間が苦手なあのひとは、無意識のうちに星の眩しさをその瞳に閉じ込めてしまった。
太陽の光が苦手なのだというまるで吸血鬼みたいなかれは、気づいているだろうか。
笑うだけで、髪が揺れるだけで、その光景を見ているだけで。
まるでこちらにもその星々が移り住んでしまったように思うんだ。
おれだって太陽は苦手だよ。
昼間よりも真夜中の方がずっといいよ。
暗くてまともに見えなくても、あなたが起きている真夜中の方がずっとずうっとだいすきだよ。
明けない夜はない。そして暮れない昼もない。
止まない雨はないけれど、晴れたままの空もきっとない。
あるかもしれないけど、今はそういうことにしておいて欲しい。
つまりはどっちでもいいんだ。
昼でも夜でも、雨でも晴天でも、どっちつかずの黄昏どきや曇天の空でも。
おれにとってはどっちでもいいんだ。
あのひとの眠る姿を、ずっと見ていた。
起きた姿も、ずっと見ていたい。
できればでいい。
暗闇の中でも、ふわりと月下美人がその花を開く瞬間のようなあの顔を、あの神秘的な表情を見せて欲しい。
本音は、両方だいすきになれればいいと思う。
なってくれればいいのになと、晴れた空の痛いくらいの青を目に焼き付けながらそう思ったことは、あのひとにはまだ内緒だ。
青い色が好きならば、きっとこの天色もすきになってくれるだろう。
優劣なんてつけなくていいから、どっちの方が、なんて決めなくていいから。
ただそっと、青を繰り返す空にそう願った。
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